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長編版 王太子に婚約破棄されましたが幼馴染からの愛に気付いたので問題ありません  作者: 天田 れおぽん @初書籍発売中


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和やかな家族

 ひとり娘であるアリシアとの結婚により、レアンは婿養子になった。


 それはひとり娘の婿としてダナン侯爵家に寄り添う生活の始まりでもある。


 今日もレアンは書斎で前ダナン侯爵であるリチャードから仕事を教えられていた。


 天井近くまである大きな窓の外は明るい。


 太陽の光が窓の近くに置かれた執務机にまで届いている。


 その執務机を挟んで、リチャードとレアンは向かい合って座っていた。


「……と、今日はこんな所かな」


 トンッと書類をまとめるとリチャードはフゥーと溜息をついた。


「ありがとうございます。だいぶ分かってきました」


 執務机に座って作業していたレアンが笑顔で言う。


 新しいダナン侯爵が執務机の椅子に座り、その前にいるリチャードは予備の椅子に座っている。


 椅子は簡単に換えることができるが、仕事はそうはいかない。


「同じ屋敷に住むだけでなく、仕事も手伝っていただけて助かります」


「いやいや。私としてもアリシアと離れてしまうのは寂しいから嬉しいよ」


 にっこり笑って言うリチャードにレアンも笑顔を返した。


「でも仕事は伯爵として役割を果たしてきたアナタなら簡単でしょう?」


「いえいえ。領地の広さも商売の内容も違いますから毎日が勉強です」


「ならば、アナタは優秀な生徒さんだ」


「ありがとうございます」


 レアンを見つめていたリチャードはふっと表情を引き締めて、改まった調子で聞く。


「ところで……王家からは何も言ってはきませんか?」


「はい、リチャードさま。いまのところ私には何の接触もありません」


「そうですか。それなら良いのですが……」


「何か気になる事でも?」


 思案深げな表情を浮かべたリチャードに、レアンは問いかけた。


「んー……レアンさま?」


「何でしょうか、リチャードさま」


「そろそろ、義父(ちち)と呼んでくださいませんか?」


「あっ……」


 チロンと上目遣いでこちらを見てくるリチャードに、レアンは不意を突かれたような表情を浮かべた。


 家柄もよく優秀な貴族でもあるリチャードは、年齢に見合わずお茶目な所がある。


 命を守るために身を隠すようにして生きてきて常に緊張感のあるレアンとは違う社交術を使うのだ。


「アナタも婿に入って我々と家族になったのだから、義父(ちち)と呼んでくれてもよいのではないですか?」


「あっ……あっ、そうですね」


 レアンはポンッと赤くなる。

 

(言われてみればそうだ……リチャードさまは私の義父(ちち)上になったのだ)


 生まれた時には実父を亡くしていたレアンには、父と呼んでいた人物はいない。


(祖父と祖母はいたけれど、父は……ああ、母もだ。生きている人に、その言葉を使ったことはない)


「では、リチャードさま……いえ、義父(ちち)上。私のことはレアンと、敬称なしで呼んでいただけますか?」


「はい、レアン」


 照れくさそうに自分を呼ぶレアンに、リチャードはふんわりした笑顔を浮かべた。


(やはり親子だ。アリシアと笑顔が似ている)


 リチャードの笑顔を見ながら、自分もダナン侯爵家の一員になったのだとレアンはくすぐったい思いがした。


 そこへアリシアとニアが、お茶の乗ったワゴンを引く侍女を引き連れてやってきた。


 書斎の隅に飾られた白いアリウムと紫のラベンダーが揺れる。


 にこやかにニアが言う。


「そろそろ休憩されるでしょ?」


「ああ、そうだ。流石のタイミングだな、私の奥さんは」


「まぁ、ふふふ」


 リチャードが言えば、まんざらでもなさそうにニアは笑う。


 仲の良さそうな両親を眺めてアリシアが言う。


「ふふ。わたしたちもあんな風になりたいわね」


「ん……そうだね」


 レアンは心の底からそう思った。


 ハーブの良い香りが書斎に漂う。


 ふんわりと笑みを浮かべたニアが言う。


「今の時期は紅茶よりもハーブティーの方が良いかと思って」


「我が家は毎年、そうなのよ。夏は良い紅茶の葉が手に入りにくくなるから」


 アリシアの説明に続いてニアはレアンに聞く。


「レアンさまは、ハーブティーお好きかしら?」


「はい、好きです」


 マリーゴールドにカモミール。透明なティーポットのなかで花や緑の葉が揺れる。


「さぁ、こちらでいただきましょう」


 ニアが応接セットの方へ皆を誘う。


「さぁさ、レアンさまはそちらに……」


「あっ、あの……」


 言われるままアリシアの隣の席に座りながら、レアンはニアに言う。

 

「何でしょうか?」


「あの……私のことはレアンと、敬称なしで呼んでいただけないでしょうか? それで……あの……ニアさまのこと……義母(はは)上と……お呼びして良いでしょうか?」


 頬を赤く染めたレアンが少しどもりながら伝えると、ニアは驚きに目を見開いて両手で口元を押さえた。


 ニアはしばしレアンをじっと見つめる。


 そして、大きな青い目を潤ませて、


「っ……ええ、ええ……」


 と、何度もうなずいた。


 涙ぐみながらうなずくニアに、どうすればよいのか分からないといった風におろおろするレアン。

 

 その光景を、リチャードとアリシアは笑みを浮かべて見守っていた。


 レアンは婿養子としてダナン侯爵家のひとりになった。


 それはダナン侯爵家の人々がレアンに寄り添う生活の始まりでもあった。


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