12 クリスタベルの離宮
辿り着いた湖水のほとりで、シャンテル達を待ち受けていたのはレザックだった。
おそらく、アーヴィンの持っていたものと同じ、転移石を使って先回りをしたのだろう。衣服すら改めていた彼は、すでに傭兵ではなく騎士だった。
「揉め事はなしにしようぜ、殿下。嬢ちゃんを無理に攫ったことは詫びる。今度はきちんと、客人として招待しよう。……だから剣を納めてくれねえか」
歩み寄ってきたレザックを見た途端、アリステアは眦を鋭くして剣を抜いた。レザックの軽口にも言葉を返さず、警戒を怠らない。見知らぬ顔を浮かべるアリステアに、シャンテルは少し戸惑う。
「……ご招待を受けましょう、アリス。どうせ行くところだったんですもの」
庇うように前に立ったアリステアの袖を引いておずおず言うと、彼は少しの間のあと、存外素直に剣を納めた。レザックは、怖い怖い、とおどけて肩を竦めて見せる。ひょうきんなのは演技ではなく、元の性格らしかった。
「……では、案内をお願いしようか、レザック殿。くれぐれも、彼女の扱いは丁重に」
剣を納めた途端、アリステアは普段の明朗な口調に戻ってそう言い、笑みを作る。
レザックはもう一度、今度は頬を引きつらせて、怖い怖い、と呟いた。
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ほとりの村を抜けた先、薄霧の漂う湖の向こうに、皇女の館はあった。
跳ね橋を渡り、静謐な雰囲気を纏う白亜の館へ足を踏み入れる。大理石の床には毛足の長い深紅の絨毯が敷かれ、内部の壁も支柱も、外見と同じく真っ白い。橋での騒動ですっかり汚れてしまった服で歩くのが申し訳ないほどだ。
明るく眩しい館は人の気配があまりなく、美しいが、がらんとした印象だ。声もよく響きそうで、だからこそシャンテルは、皇女の部屋へ辿り着くまで一言も口を開くことができなかった。隣を歩くアリステアも喋ろうとはしない。きっと、思うことがたくさんあるのだろう。
館の奥、白塗りの上に金の縁取りが描かれた大きな扉の前で、レザックは足を止めた。そして、騎士らしく厳しい声で、扉の内へと声をかける。
「アリステア殿下――及び『幸運の鍵』をお連れしました」
「どうぞ」
扉の内から返ったのは、どこか幼い響きを残した高い声だった。
レザックは慇懃に扉を開いた。彼が来るのはどうやらここまでのようで、開けられた扉はシャンテルを促している。やっと辿り着いた皇女の元へ、シャンテルはしかし、足を踏み出すことができなかった。今更に、緊張を思い出したのだ。
固まる背に、不意に暖かい何かが触れる。――アリステアの手だった。
シャンテルよりよほど緊張しているはずの彼はしかし、シャンテルに向けて緩く微笑んで見せた。相変わらずなその笑顔にふとおかしさが込み上げて、シャンテルも小さく笑う。運試し、不運の王子との婚約、旅立ち、そして途中で攫われて、魔物とだって戦った。ここまできて怯むなんて、今更だ。
足を踏み入れた部屋は広かった。扉のある面以外の三方に大きな窓があり、そこから見える緑と湖面がまぶしい。そこかしこに花が飾られ、中央にはちんまりとした白塗りの円卓が置いてあった。卓を囲むのは、三脚の赤い布張りの椅子だ。その中の一脚、いくつも置かれたクッションに埋もれるようにして、皇女は座っていた。
「よくおいでくださいました。お久しいですね、アリステア殿下」
シリエル皇女は愛らしいひとだった。
ふわふわと波打つ柔らかそうな白銀の髪、白亜の館と同じくらい白い肌。ごく薄い青い瞳は大きく、猫のように吊っている。その輪郭を縁取るまつ毛は重たげなほど長く、濃い。
小柄なシャンテルよりも更に小さな手足は華奢で、とても二十歳を越えているようには見えない。まるで少女のようなその人は、たしかにこの湖のように清らかで美しかった。
「約束を、違えてしまってごめんなさい。その節は、あなたにも貴国にも、無礼な真似をいたしました。何のお力にもなれず、申し訳ありません」
「いえ。大切な姫君を不運の王子に嫁がせるなど、親ならば誰でも拒むものでしょう。――ですが今日は、その『不運』の話をしに参りました」
「私があなたに魔法をかけたのではないか、ということですね。アーヴィンからお聞きになったのかしら?」
「……貴女が行ったこと、と明言はしませんでしたが」
言葉を濁すアリステアに、皇女は首を傾げて、にこりと愛らしく笑う。
「言外には、言っていたということね。――魔法の『鍵』が無くなったときから、こうなるような気はしたの。予想よりもずいぶん遅かったけれど、私が油断するのを狙ったのかしら?」
「――シリエル皇女?」
笑みを深くしたシリエルの言葉は徐々に不穏な響きを帯びる。
それを察したのだろう、アリステアが不思議そうに名を呼ぶと、皇女はふと我に返ったように、瞳を和らげた。
「立ち話もなんですし、お座りになって? 長い道のり、お二人ともお疲れでしょう。アリステア殿下も――魔法の『鍵』も」




