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不運の王子と幸運の鍵  作者:
4章
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28/33

11 案内人

 無骨な石組みが上に見える、薄暗く湿った空間。おそらく、ここは大橋の下だろう。

 唐突に変化した風景にぽかんと目を瞠ったシャンテルとアリステアに頓着した様子もなく、アーヴィンは夕飯の献立を告げるように軽く言う。

「この先の街道沿いを行けば、半日もせずにクリスタベルに着く。とりあえず湖水のほとりの村へ行け。そこから先は、皇女が案内するだろう」

 それだけ告げて、じゃあな、と手を振り背中を向けるアーヴィンを慌てて呼び止める。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あなた、全部知ってるんでしょう!? 追手のことも、皇女の目的も、アリスの魔法についてだってずっと知っていて、それでも黙っていたんでしょう!? いい加減に、きちんと説明するのが筋なんじゃないの!?」

「……シャンテル」

 憤るシャンテルを宥めようとしているのか、アリステアは肩に手を置いてくる。

それを無視して、背を向けたままのアーヴィンに更に詰め寄る。

「――それとも、アリスの不運は本当に、あなたの仕組んだことだと言うの」

「俺はさぁ、家族は好きなんだよ」

「……は?」

「ロアもいい国だと思うし、国民だって幸せになってくれればなーと思うし、王様だってさ、別になりたくないわけじゃなかった」

「……何の話よ」

 尖った声を出すシャンテルを気にした風もなく、アーヴィンは背を向けたまま、感情の読めないとぼけた声で、ひとり言のように続ける。

「でも、俺は作家になりたかったんだよ。他の何よりも強くさ。しがらみを持たずに世界を見て、色んなことを知って思って考えて、それを誰かに伝えるって仕事を、したかったんだ。国を治める片手間とかじゃなく、俺なりの覚悟を持ってさ。だから、捨てた。国も家族も、俺にとっては捨てられるものだった。――でも、大事じゃないわけじゃ、ないんだよ」

「何が言いたいの?」

 焦れて尋ねれば、アーヴィンはようやくこちらを振り返った。肩を落として息をつき、芝居がかった仕草で大げさに片手を上げて、言う。

「アリスに魔法をかけたのは俺じゃない。だが、王位を押し付けたことも含めて、原因は俺にあるとも言える」

「……兄上? それはどういう……」

「お前も俺に対して思う所はあるだろう。魔法の兆しが見えてから四年、よくもまあ、俺を疑わなかったもんだ。――いや、疑いたくなかっただけかな? お前のそういう強いんだか弱いんだか、寛容なんだか卑屈なんだかわからない所は作家としては興味深いが、兄としては歯痒くて、少々心配だったよ。まあ、今はもう、乗り越えたみたいだが」

 そこでシャンテルに視線を移した彼は、に、と唇を吊り上げた。

「――俺の見つけた『鍵』は当たりだったろう。こんな短期間でお前を変えた」

「あなたが……見つけた……?」

 意味のわからない言葉に、どうしてか胸が騒いだ。じわりと鈍く熱が滲む。

 感覚を持て余すシャンテルが続く言葉を持てないうちに、アーヴィンは再びくるりと背を向けて、今度こそ歩き出した。

「説明は、役者が揃ったら必ずすると約束しよう。だから今はシリエルの館へ向かえ。最初はお前たちだけの方がいい。ああ、そうそう。俺のお願いは覚えてくれているかな? ――頼んだよ、『幸運の鍵』」

 遠ざかる背中を止めることは、もう出来なかった。


□□□

 大橋の下を苦心しながら通り抜け、街道に出たところで、ちょうどほとりの村へ向かう荷馬車に出会えた。馬車を操るのは人の良さそうな初老の男で、荷台に乗ることも快く承諾してくれた。

 荷馬車に詰まれた藁束に寄りかかり、逆向きに流れる風景をぼんやり眺めつつ、シャンテルは口を開いた。

「――でもまあ、なんだかちょっと、ほっとしたわね」

「……何の話だ?」

「あなたのお兄さんのことよ。色々腹は立つけど、魔法を解こうとしてくれてるのは確かみたいだから」

 きょとんと目を瞠ったアリステアに笑う。

「やっぱり、お兄さんがあなたの不運を望んでたなんて、嫌だから。私にも姉がいるけど、もしそうされたらと思うと、やっぱり悲しいもの」

 言って、シャンテルは思う。不幸を望んだわけではないが、姉の幸せを祝福してやれなかった自分も、同じなのかもしれない。姉がシャンテルの気持ちに気付いていれば、きっと、悲しい思いをしただろう。

(でも、今なら言えるわ。姉さんにも、ユイにも)

 緑に溢れるおだやかな風景にふと故郷を思い出し、シャンテルは空を見上げた。次に帰ったら、ちゃんと言おう。おめでとうと伝えよう。そう心に決める。

 その時、荷台の縁に下ろした膝の上に、ぽすりと金色の頭が乗った。

「……アリス?」

「着くまで寝てもいいかなあ。……君に会えたら気が抜けた」

 返事を待たずに目を閉じるアリステアに嫌とは言えず、シャンテルはもう、と息をついた。

 けれど、膝の上に無造作に散った明るい髪の隙間から見える顔はたしかに疲れていた。ろくに休まずに、攫われたシャンテルを追いかけてくれたのだろう。

「……ありがとね、アリス」

 細い髪を撫でながら小さく告げると、くすぐったそうな身じろぎが返ってきた。


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