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不運の王子と幸運の鍵  作者:
4章
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10 橋上の攻防

「リークは俺の騎士で、エリカは俺の魔法使いだな。――この場は任せた!」

 魔物に剣を向けたシャンテルの背をじっと見つめてそう言ったアリステアは、返事を待たずに駆け出した。迷いの無いアリステアの背中に、リークも覚悟を決める。

「エリカ。これからは、この剣はお前が使え」

「……なに、それ。僕はそんなのいらないよ。魔法使いだもん」

 腰に帯びた剣を鞘ごと外して差し出すと、エリカはふい、と目を逸らし、迫る魔物に自分の短剣を構えた。

「今更なにを言ってる。俺もお前も、いい加減に現実を見るべきだ! どうせ俺たちに肩書に沿った才能なんてない、だったら――」

「リークはさ、確かにばかだよ。君が本気で魔法に打ち込めば、きっと歴史に名を残す魔法使いになれる。それなのに、十人並以下にしか使えない剣にこだわって、才能を捨ててる愚か者だ」

「……そうだよ。同じ失敗はもうしたくない。だから俺はもう、剣を――」

「でも、僕は君が少し、羨ましい」

 意外な言葉に、リークは魔物に向かうことも忘れ、ぽかんとエリカを見つめる。

「僕は剣が得意だけど、好きなわけじゃない。それに、リークが剣を好きなようには、魔法だって好きじゃない。魔法院に留まってるのは、騎士団の規律が合わないってわかってるからで、魔法に対する愛着じゃない」

 強く地面を蹴って跳躍した魔物を少ない動きで一閃し、エリカは淡々と続ける。

「僕は、やりたくないことは分かるけど、やりたいことがわからない。……ばかでかっこ悪いけど、大切なものがあって、そのために侮蔑も謗りも跳ね返してがんばる君が、僕は羨ましかったし――たまにだけど、かっこよくも見えた。アリスもきっと、そう思ってる。……今、アリスは君を、なんて呼んだ?」

「…………!」

 言われてようやく気付く。アリステアは、リークを騎士と呼んだ。――俺の騎士、と。

 初めてアリステアと会った日のことを思い出す。あの日はそう、たしか王宮の庭で手合わせをして、リークは年下の王子に見事に負けた。苦笑に塗れた大人の視線の中で、アリステアは言ったのだ。嘲るでも奢るでもなく、心底感心した声で。――君は諦めない人だな。三本勝負で二本負けても諦めない。強いんだな、と笑ったのだ。

「諦めるのは賢い選択で、時にはそれも勇気かもね。でも、僕は、諦めないことが強さだと思うよ。報われなくても、無駄だと笑われても――自分がそれを誇れるなら、それが強さだ」

 エリカに向けたままだった剣の柄を握る。鞘を払って、剣先を持ち上げる。そして、手に馴染んだ剣で、エリカの背後を狙って跳ねた魔物を切り払った。

「――俺に助けられるなんて、らしくないぞ。喋りすぎじゃないか」

「こんな魔物を一撃で倒せないなんて、やっぱリークはよわよわだねえ」

 起き上がる魔物に、エリカはそっけなく肩を竦めた。

声だけが、笑みを含んで弾んでいた。


□□□

 橋が大きく揺れたのは、襲ってくる魔物を数匹倒した後だった。

 橋に詰めた魔法使いの放ったものなのだろう大掛かりな火炎球が、シャンテルのごく近くに落ちた。一帯の魔物を焼いたそれはしかし、橋の欄干と床面までも破壊した。

「きゃあっ!?」

「シャンテル‼」

 爆風と瓦礫に足を取られ、海に落ち込んだシャンテルの手を、崩れる橋の縁に留まったアリステアが掴んだ。シャンテルの体重を支えた腕がぴんと張る。

「――アリス、離して! このままじゃあなたも落ちるわ! 大丈夫、私は『金の林檎』よ。落ちたって死にはしないわ!」

 虚勢ではなかった。現に、胸にはすでに幸運の兆しが灯っている。だが、アリステアは迷いなく、嫌だ、と言った。

「君が林檎なら、俺はカンパネラだ。君を守る。君に誓った」

「こんな時に何言ってるのよ、迷惑なのよ! あなたが――『呪いの王子』が一緒じゃ、助かるものも助からないわ!」

「それでも、塔から落ちたとき、俺の手を掴んでくれただろう。――嬉しかった」

「え……?」

 ぽかんと目を見開くシャンテルに、アリステアは更に言う。声は明朗だった。

「今、手を離せば君は確実に助かる。俺が一緒ではわからなない。……だからこれは俺の我侭なんだが、俺は君を一人で海に落としたくはないんだ。だって、君はいま、怖いんだろう?」

 繋いだ手の平が汗で滑り、がくりと更に一段、体が落ちる。とっさに縋るように見上げた先には、ほらな、と笑う水色の目があった。明るい光を宿したその目に悟る。彼はもう、諦めてはいない。

「やっぱりばかよ、あなた……!」

 うん、と目で頷いて、アリステアは傾ぐ足場を捨て、シャンテルと共に海へと落ちた。

 しっかりと抱き込まれ、胸の温みはすっかり失せる。無駄だ、とシャンテルは思う。アリステアの行動は、ただ、無駄なだけだ。二人を危険に晒すだけだ。なのに。

(ばかなのは、私もね)

 幸運の兆しとは違う、自分自身から溢れるもので、胸が熱い。胸どころか目も頭も熱い。鼻の奥もつんとする。しっかりと回された腕が心地よく、とても安心して、反面、鼓動が早くなる。

 恐怖ではなかった。それよりも更に強く、シャンテルは喜んでいた。本当に無駄でしかないアリステアの行動が、自分を守るという言葉が、何よりも嬉しかった。

(……負けないわ。カンパネラのようには、あなたを死なせない。守るわ。守ってみせる。――私の『幸運』に、あなたを巻き込んでみせる)

 ぐ、と強くアリステアを抱きしめる。胸に、温もりが蘇る。初めてだった。シャンテルは初めて自らの意思で『幸運』を呼んでいた。

 胸に宿した兆しは、どんどん熱く、大きくなる。その熱量に思わず喘いだその時、水面に接する寸前、ぐん、と視界が歪んだ。唐突に、体が浮く。そして視界は白く染まった。

「――久しぶりだね、幸運の鍵、それにアリス。こんなふうに追いつかれるとは思わなかったけど」

 光に眩んだ目がぼんやりと映したのは、薄暗い石組みの空間だった。歌うようにそう言った黒ずくめの男は、見覚えのある透明な石を手の平に持ち、にんまりと笑って立っていた。


□□□

「これは一体どういうことなの!?」

 スターの腕の中でマルティナが目覚めると、周囲は惨憺たる有様だった。乗っていた馬車もぼろぼろで、レザックも姿を消している。

「かくかくしかじかで、殿下とシャンテル様が行方不明らしいです」

「おまえ、説明が面倒なだけでしょう!? そんなんじゃ何も伝わらなくてよ!?」

 端折りすぎた説明をするスターに詰め寄ると、背中から兄の声が聞こえた。

「マルティナ、無事か!? まったく、お前はなんでそう後先を考えずに行動するんだ……! 僕らが来なければ危なかったぞ!」

「まあ、マルシリオ様が馬車で突進してきてくれたおかげで、残った魔物も散りました。しばらくは餌場を変えるでしょうし、とりあえず今は安全ですよ」

「リーク……何を落ち着いているの。アリステア様とシャンテルが居なくなったままなのでしょう? 探さなくては――」

「エリカを捜索に出していますが、おそらく見つからないでしょう。二人が落ちたとき、魔法の気配がしました。アーヴィン様の部屋にあったものと同じ、ユーリ=プテルスの転移術式です」

「……どういうこと?」

 淡々と言うリークに、首を傾げる。事態がさっぱり飲み込めない。

「俺にもわかりません。ですが――二人はきっと、アーヴィン様が導くでしょう」

「導くって……つまり……」

「殿下の『幸運の鍵』は、シャンテル嬢だったということだ。……いい加減に殿下のことは諦めろ、マルティナ」

 マルティナの隣にしゃがみ込み、あやす様に頭に手を乗せて、兄は言う。嫌よ、と反論する前に、石畳に涙が落ちた。

「まあまあ、お嬢様、元気出してください。今回の報酬で甘いものでも買って差し上げますから。私が奢るなんて滅多にないんですよ?」

 子供の癇癪をなだめるように言うスターに、マルティナは涙に濡れた目を上げる。

「……その報酬は誰からもらうつもりなの?」

「それはもちろんお嬢様です」

「お、おまえ、本当に慰める気があって!?」

「だって、私はちゃんと言いつけ通りに働きましたよ。お嬢様、成功報酬とはおっしゃいませんでしたし」

 両手で襟首をがくがくと揺さぶられても、スターは顔色も変えない。むしろ面白がるように口角を上げ、黒の瞳を細めている。腹は立つが、元気を出せと言っているのは本当なのだろう。

 その表情に、気持ちが少しだけ持ち上がる。そう、今回は遅れを取ったが、まだ負けたわけではないのだ。シャンテル自身が言っていたではないか。――魔法を解いたからといって、好きになるとは限らない、と。

「……いっそ魔法が解けてからの方が、手っ取り早いかもしれませんわね。あんなちんちくりん、『幸運』さえなければ公爵令嬢たる私が劣るわけありませんわ! そうと決まれば、また計画を練らなくてはね!」

「その際のご用命は、ぜひ私に。今回の二倍で請け負いますよ」

「……一.五倍で手を打ちなさい」

 こそこそと打ち合わせを始めたマルティナとスターに顔を見合わせ、マルシリオとリークは、揃って深くため息をついた。


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