7 意外な使者
「……一体どういうことなの」
疾走する馬車の中、シャンテルは低い声で、向かいの席で俯くマルティナに訊ねた。
「…………」
「あなたのせいでアリスが怪我をしたのよ? なんでこんなことするのよ。こんなことをしてまで、王太子妃の位が欲しいの!?」
答えないマルティナに苛立ち、詰問するような声が出る。
びくりと肩を跳ねさせて顔を上げたマルティナは、震える声で叫び返した。
「そんなんじゃないわよ! 王太子妃の位なんて、そりゃ、あるに超したことはないけど、でもそんなものが欲しかったわけじゃないわ! ……私はただ、アリステア様が好きなだけよ。あの人の隣に居たいだけよ。それがいけないの!?」
「……あなた、アリスを好き……だったの? 身分目当てじゃなくて、本当に?」
思いがけない言葉に目を丸くしたシャンテルを睨み、マルティナは更に言い募る。
「あなたとアリステア様がシリエル皇女のもとへ辿り着けば、全ては解決するってアーヴィン様は仰ったわ。でも、じゃあ、あなたが魔法を解いてしまったら、そうしたらもう、婚約は覆らないじゃない。それなのに、何もせずにただ見ていろって言うの!?」
青い目から、ぽろりと涙の雫が落ちる。
それを見て、シャンテルの怒りはすっと冷えた。
身勝手ではた迷惑なのは確かだが、マルティナはとても一生懸命で、ひたむきだ。
(この人は、とても真剣に恋をしているのね。……何もしなかった私とは、違って)
少し、羨ましい。嫉妬のような感情すら生まれる。
傷付けても、傷付いても構わないくらい、手段なんて選んでいられないくらい懸命に、誰かを好きになれるマルティナに。――それでも。
「……それでも、あなたのしたこと、私は認められないわ。私は――私だって、あの人の傍にいたいもの」
ぱちぱちと瞬くマルティナに、傲然と微笑んで見せる。
そう、それでも、もう迷わない。覚悟はとっくに出来ている。
「私は、あの人にかかっている魔法を解くと決めた。あの人のことを、もっと知りたいと思った。――アリスのことを、好きになると決めたのよ。私はあの人の『金の林檎』になる。アリスの魔法を解くのは他の誰でもない、私だわ」
「……腹の立つ女ね、あなた」
ぐい、と手の甲で涙を拭いて、マルティナは言った。
「よくってよ。じゃあ、どちらがアリステア様の魔法を解くか、勝負しようじゃない。私だって、あなたに負けない『幸運』の持ち主よ。勝った方があの方の妃になるのよ!」
「……まあ、もしあなたが勝っても、アリスがあなたを選ぶとは限らないけど」
「なによ! 本当に腹が立つわね、ちんちくりんのくせに!」
甲高く叫ぶマルティナは、すっかり元の傲慢な調子を取り戻している。
それに安心したところで、シャンテルはふと、走り続ける馬車に気が付いた。
「それはそうと……この馬車、どこに向かっているの?」
マルティナは、問われたことに驚いたというように、きょとんと目を瞠る。
「私が知るわけないじゃない。私が命じたのはスターにだけよ? あなたとアリステア様を引き離して、私が一緒に皇女のところへ行こうと思ったの。私が魔法を解けば、アリステア様の『幸運の鍵』は私でしょう?」
「……腹の立つ計画だけど、今は置いといてあげるわ。でも、じゃあ結局この馬車はどこへ……レザックさんだって、誰の命令で?」
「やっと俺のことを思い出してくれたな?」
幌を捲り、御者台から振り返ったレザックは、悪びれた気配もなく笑う。
「……あなたの目的は、なに」
人の良さそうな顔の、けれども得体の知れない大柄な男を睨みつけながら、シャンテルは問う。
「そう怖い顔をするなよ、せっかくの可愛い顔が台無しだ。悪いようにはしないさ。名乗りは――あげといた方がいいのかな?」
にっと笑みを深くして、声を厳しくしたレザックは言った。
「ユーリ=プテルス第三皇女、シリエル皇女付護衛団近衛隊隊長、レザリアン・ドイル。通称はレザックだから、そのまま呼んでくれて構わんよ。――皇女の命により、姫君方を主の館へお招きいたします」




