6 急襲
治療を終え眠り込んだ年かさの方の男――レザックという名らしい――とマルティナ、そしてシャンテルを乗せ、幌を下ろした馬車は静かに進む。ゴトゴトという車輪の音がやけに耳につくのは、誰も言葉を発しないからだろう。
怖かった、とアリステアには大げさに泣き付いていたマルティナはしかし、こうして隔離されるやいなや、剣呑な目でシャンテルを睨んできた。予想通りの反応に思わず引きつった頬を押さえつつ、シャンテルは口を開く。黙っていても仕方がない。
「……そもそも、どうして私たちを追いかけてきたの」
「決まってるわ。私はあなたを認めてないからよ。前にも言ったでしょう? 誰があなたを認めたって……アリステア様の『魔法』を解くのはあなたしか居ないと言ったって、私はそんなの、絶対に認めないわ」
「ちょっと待って……どうしてあなたがアリスの『魔法』を知ってるの!?」
「アーヴィン様の手紙にあったからよ。……お兄様に宛てられたものだったけれど」
「……手紙? マルシリオ宛ての? ……どういうこと?」
混乱するシャンテルに、マルティナは物分りが悪いわねとでも言いたげに眉を寄せ、あっさりと言った。
「お兄様があなた達を追っていたのは、アーヴィン様のご依頼だからよ」
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「つまり、君らが俺たちを追っていたのは、兄上の差し金ということか」
御者を務めるリークの隣に座ったアリステアは、信じているようないないような、曖昧な口調でそう言った。穏やかだが感情の読めない声色をどう捉えたのか、馬に乗り馬車と並走するマルシリオは、ええ、と大仰な仕草で肩を竦める。
「殿下の館から追い出さ……おっと、自邸に戻ると、何やら荷物が届いていましてね。なんとそれはアーヴィン様の……ユリシーズの新作原稿だったんですよ! そして、同封されていた手紙には、原稿をユーリ=プテルスの出版元まで届けてほしいという旨と、殿下の魔法に関するあれこれが書かれていまして……」
「平たく言えば、原稿を届けるついでにアリス――殿下の後を追えと言われた、ということですね」
要領を得ない説明を遮ってまとめると、マルシリオはむっとしたようにリークを睨んだが、アリステアの存在を意識したのか、しぶしぶと頷いた。
「……まあ、そういうことです。シリエル皇女がきっと何か仕掛けるだろうから、付いていって見守って、可能なら助けてやってくれと」
「えー、マル様、魔法に乗じてアリスを亡き者にして、次期の王位を狙っちゃったりとかしてるんじゃなかったっけ?」
「な、なんだその安い設定は! 僕は自分が王の器でないことくらい知っている!」
「意外と身の程はわきまえていらっしゃるのがマルシリオ様の数少ない美点です。アーヴィン様のご依頼に浮かれ、騎士団の公務もすっぽかして犬のように馳せ参じた主の姿を知っている私としては、ぜひ皆さんにも信じて頂きたいですね。犬のような主のことを」
「あああもう、黙れ、スター、メルヴィル!」
同じく馬に乗ったエリカとスターに会話を混ぜっ返され、マルシリオは怒鳴る。
にわかに喧しくなった道行きにため息をつくリークとは対照的に、アリステアは楽しげに笑った。
「マルシリオは昔から性格と言動はちょっとアレだが根はまじめだし、割合に素直だもんなあ。兄上にも懐いていたし、ユリシーズの愛好者でもある。うん、だから、信じるよ」
「殿下……」
ちょっとアレ、の意味をどう受け取ったのか知らないが、マルシリオは感じ入ったようにアリステアを見る。……こういう所が割と素直でちょっとアレなのだろう。主筋に対して思うことでもないが。
「良かったですね、マルシリオ様。――これで私も安心して仕事が出来ます」
馬をマルシリオの近くに寄せ、優しげな顔でスターは言った。ああ、と頷くマルシリオに更に寄る。馬同士が触れるほど近くまで距離を詰めたスターを、マルシリオはさすがに怪訝な顔で見つめた。――その時だった。
「ぐあっ!?」
唐突にマルシリオを馬上から蹴り落としたスターに、全員が息を飲んだ。
高く鳴く馬に我に返ったとき、スターはすでにリーク目掛けて短剣を振り上げていた。
とっさに腰に帯びた剣に手をやるが、間に合わない。せめて急所は外そうと捻った体が
唐突に横から突き飛ばされた。
「アリス!?」
短剣が、アリステアの頬を掠ったのが見えた。そして視界は反転する。
揃って馬車から転落したアリステアとリークを追って、スターも馬から飛び降りる。更に繰り出さた剣戟を食い止めたのは、同じく馬を捨てたエリカだった。
「……これを使え、エリカ‼」
力負けしたのだろう。短剣を捨て後ろへ飛んだエリカに、鞘ごと剣を投げ渡す。振り向きもせずに剣を受け取ったエリカが鞘を払うのと、スターが再びエリカに向かい走ったのは同時だった。
ギン、と刃の擦れあう音を聞きながら、倒れたままのアリステアを引き起こす。
「……っ……」
薄く開いた水色の目に安堵して、引きずるようにして道の脇へ移動し、スターから距離を取る。
「……大丈夫か? リーク」
「それはこっちの台詞だ、バカ」
血の滲む頬で、それでも笑って案じるようなことを言うアリステアに、リークは内心歯噛みする。
(……バカは俺だ。俺は魔法を使うべきだった)
そうすれば、こんなことには――アリステアが自分を庇うような事態には、ならなかっただろう。どうして自分は魔法を使わなかった。――なぜ、剣を抜こうとした?
ちっ、とひとつ舌打ちして、呪文を紡ぐために口を開く。前方で、スターとエリカはまだ切り結んでいる。スターが襲い掛かってきた理由はわからないが、馬車の中の三人も守らなければならない。そう思った時、高い声が響いた。
「何をしているの! アリステア様に怪我をさせるなと言ったでしょう、スター‼」
意外な言葉に、その場の全員がぽかんとマルティナを仰ぎ見る。スターもエリカと距離を取り、剣先を下げた。
「マルティナ……? 一体なにを……!?」
呆然としたアリステアの言葉はしかし、突然疾走を始めた馬車にかき消され、最後まで発されることはなかった。走り出した馬車を操るのは、休ませていたはずの傭兵だ。
「マルティナ――シャンテル‼」
はっとしたように身を起こし、アリステアは疾走する馬車に手を伸ばした。
その手が届くはずもなく、マルティナ、そしてシャンテルまでもを乗せたまま、馬車はみるみるうちに遠ざかり、視界から消えた。




