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不運の王子と幸運の鍵  作者:
4章
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4 それぞれの夜

「……思いの外いい感じですね。王子と『鍵』の娘さん」

「おー、いい感じにいちゃついてんなあ。可愛いねえ、青春だねえ。いいなあ、若人は」

「レザックさんもまだお若いでしょう?」

「いやぁ、もう三十路も越えたおっさんだぜ、俺はよ。お前さんこそいい人はいねえのかい、スターさんよ? 見たとこ二十半ばだろ、いい年頃じゃねえか」

「お恥ずかしながら、そういう話にはとんと縁がなくて。マルシリオ様がいい逆玉話を持ってきてくれないかと日々待ち構えてはいるんですけどね。ねえ、マルシリオ様。美人じゃなくても性格がアレでもいっそ身分がなくても構わないので、お金持ちのお嬢さん、私に紹介してくださいよ」

「お前ら、少しは静かにしろ! いいか、僕らは隠密で彼らの追跡をしているんだぞ!」

 王子一行の泊まる宿屋の斜向かい、喧騒にまみれた酒場の二階の露台に陣取って双眼鏡を覗き込みながら、マルシリオは好き勝手な会話を繰り広げる二人組を怒鳴りつけた。

 お前が一番うるさいと言うように揃って口に指を当てた二人の連れに、マルシリオはうう、と唸る。自分の手下はどうしてこう、言うことを聞かないのだろう。

 二人の手下のうちの一人、若い黒髪の男はスターといい、マルシリオの近侍を務めている。鋭い目と細長い体躯を持つ、やけに見目のいい男だ。だが彼は自他共に認める守銭奴でもあり、付き合いは長いながら、あまり心を許す気にはなれない従者だった。

 対するレザックは、この『任務』のためについ先日雇ったばかりの男だ。金にでも困っていたのか、やたらと強く自分を売り込み、半ば強引に雇わせた彼の年は自分でも言っていた通り、三十をいくつか過ぎたあたりだろう。短く刈り上げた焦茶の髪に、よく鍛えた大柄な体、身に着けた簡素な防具は、見るからに傭兵だ。背負った剣だけは上物らしく彼の装いから浮いていたが、問い詰めることはしなかった。それほどの興味はない。

「いいか、お前たち。物見遊山のつもりなのかもしれないが、これはあの方から直々に頼まれた大切な仕事だ。無事に終えたら報酬は弾んでやる。だから真面目にやれ!」

「へいよ、ご主人。それはそうと、酒頼んでいいか?」

「お金さえいただければ、私は何でもやりますよ。ついでに給金も上げてくれると更にやる気が上がります」

「…………」

 連れの協力を得るのは諦め、マルシリオは再び一人で双眼鏡を覗いた。ふわふわと漂うおかしな光球に照らされたアリステアとシャンテルは相変わらず手を繋いだまま、静かに庭園に佇んでいる。手下たちの言うとおり、たしかにいい雰囲気だった。

 こんな覗きのような真似をしたくはないが、これが自分に与えられた役目である以上、仕方がない。数日前、王子の館から追い出されるように退出させられた後、戻った自邸に届いていた書簡を思い出し、マルシリオは挫けた気持ちを盛り上げた。そう、これは『あの方』に任された重要な任務だ。そのために騎士団の公務を仮病を使って抜け出して、こんなうらぶれた酒場でこんな真似をしているのだ。

 うんうん、と自分を鼓舞するように頷いたその時、喧騒を割って甲高い声が響いた。

「……やっと、やっと追いつきましたわよ、お兄様! そそくさと怪しい挙動で居なくなったと思ったら、やっぱりアリステア様を追ってましたのね!」

「お、おまえ、マルティナ!? なぜここに!?」

「お出かけになったお兄様の部屋から、怪しい手紙が出てきましたもの。私を置いていくなんてひどいわ、あの女とアリステア様の二人旅なんて、見逃せるものですか! なんとしても引き裂いてやるわ! お兄様、私も付いていきますわよ!」

 勝手に人の部屋を漁るなとか王子とシャンテルは決して二人旅をしているわけではないとか言いたいことはたくさんあったが、とりあえずマルティナが今現在、いい雰囲気で手を繋いでいるアリステアとシャンテルに気付いていないことにほっとする。

 だが、マルシリオがこっそりと双眼鏡を背中に隠した途端、マルティナは叫んだ。

「……あそこに見えるのはアリステア様……って、何ですの、あの女! アリステア様と公衆の面前で手、手を繋いでいるなんて……! とんだ痴女だわ! ちょっとお兄様、離してちょうだい! アリステア様を痴女の魔手から救うのよ!」

「へえー、純情だねえ。お嬢様ってのは、人前じゃあ手もつなげないもんなのかい?」

「自分のことは棚に上げる性質なんですよ、うちのお嬢様は」

「ちょ、マルティナ、落ち着け! ここに居るのがばれ……って、お前らも止めろー‼」

 ちゃっかり頼んだらしい酒を飲みながらまったりと話す従者たちに、マルシリオは再び大声で怒鳴った。暴れるマルティナを羽交い絞めにして必死に止めながら、心中でぼやく。

(ああもう! 最初からこんなことで、あの方の期待に沿えるだろうか……)

腕の中で暴れ続ける妹に、マルシリオの胸中に芽生えた懸念は大きくなるばかりだった。



□□□

「マルさまたち、見事に追ってきてるねえ」

 目を瞑り、タマオを通してぼんやりと見えた光景に、エリカはそう呟いた。てっきり驚くと思ったのに、窓辺に立ったリークはそうらしいな、とそっけなく頷くだけだ。

「なんでわかるのさ」

「なんでって……この窓からも丸見えだからな、お二人は。奥に居るのはスターと……もう一人はわからんが。アリスとあいつはどうだ? そろそろ戻さんと」

「なんかね、いい感じに手とか繋いでる。……あ、マルさまに気付いた。戻ってくる」

「……聞いといてなんだが、お前、覗きは大概にしろよ」

「大丈夫、アリスもシャンテルも、タマオのこの使い方は知らないから」

「余計だめだろ! ……というか、俺が思うに、お前のそれは光球じゃない、絶対に」

 ぶつぶつと呟くリークに、エリカは肩を竦める。光る球が光球でなくて、一体なんだというのだろう。頭がいいと面倒くさいことばかり考えるようになるらしい。

「光球だよ? とりあえずシャンテルに懐いてるから、しばらく預けとこうかな。いろいろ見られて楽しそうだし。近くに居ないと駄目なのが残念だけど」

「……人の話を聞け、とお前に言ったところで無駄なんだろうが、話を聞け!」

 諦めと怒りの混ざり合った複雑な顔をしたリークが怒鳴ったそのとき、彼の背後の扉が勢いよくバタンと開いた。同時に上擦った声が響く。

「そ、外にアルティエリ兄妹がいるわよ!? どうして!?」

 よほど慌てていたのだろう。

 繋いだ手もそのままに部屋に戻ったシャンテルに、リークは呆れ半分に肩を落とした。手を引かれたアリステアは、照れたようにいやあと笑って頭をかいている。

「……や。おかえり。仲いいね?」

 ここは言ってやるべきだろう、と片手を上げてそう告げる。

繋いだままの手の平にやっと気付いたシャンテルは、真っ赤になって黙り込み、しばらくその場に立ち尽くしていた。


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