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不運の王子と幸運の鍵  作者:
4章
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3 庭での逢瀬

 日暮れ間際になって、馬車はようやくひとつの町へと辿り着いた。

 ほどほどに大きく賑わうその町は、どうやら乗合馬車の中継地ともなっているらしく、宿泊施設も多くあった。リークは迷いなく一番上等そうな宿屋へ向かい、一番上等そうな部屋を選んだ。

「……でも、部屋は一室なのね」

「アーヴィン様は俺たちが追ってきてることを知っている。何も起こらないとは限らないんだから、お前ひとりを分けるわけにはいかないだろ」

「それはそうだけど……」

 男兄弟の居ないシャンテルとしては、年の近い男三人と同室というのは、どうにも構えてしまう。渋る理由を察したのか、はっと馬鹿にしたようにリークは笑った。

「安心しろ。お前みたいなちんちくりん、誰も女と思わない」

「ななな、何ですって!?」

「いや、僕はぜんぜん許容範囲だよ? シャンテル胸あるし。ねえ、アリス」

「俺は許容範囲どころか大歓迎だけどなぁ。いっそ二人部屋がいい」

「……あのねえ……」

 がっくり肩を落としたシャンテルは、ふざけた調子で言ってみせるアリステアをこっそりと窺う。出発からこちら、彼が沈んだ顔をしたのは、馬車で見せた一度きりだ。後はこんなふうに、久しぶりの遠出にはしゃいだ様子でよく喋り、よく笑っていた。それもこれも、無理をしているとわかってしまえば白々しい。余計に心配を煽られる。

 整えられた庭園に面した宿の一室に落ち着いたあと、だからシャンテルは、アリステアにこう声をかけた。

「ちょっと庭に出てみない? 今日は天気が良かったから星もきれいよ、きっと」

「……うかつな行動はするな。行くなら俺も」

「ちょっと、気を利かせなよ、リーク。そんなんだからもてないんだよ。……アリス、いいから行っといで。暗いからタマオ貸したげる」

 口を挟んだリークに肘打ちをくらわせたエリカは、きょとんと目を開くアリステアに、行ってらっしゃいと手を振った。

 タマオの後についてやってきたアリステアの先に立って、シャンテルは庭に出た。咲き初めた花を眺めつつ、しばらくは黙って庭園を歩く。円形に開けた一角に辿り着いたあと、ようやくアリステアを振り向いて、シャンテルは口を開いた。

「落ち込んでるのは、やっぱりお兄さんのこと?」

「…………」

 前置きなしにそう問うと、アリステアはぱちぱちと何度か瞬きをした後、逡巡するように目を伏せた。やがて諦めたように息をついて、小さく笑う。

「君はするどいなぁ、シャンテル。弱ったな、これじゃあ嘘もつけない」

「つかなくていい嘘なら、つかない方がいいと思うわよ。……心配かけたくないって気持ちはわかるけどね」

「あいつらには、もう充分に気をもませているからな。これ以上、俺のことで煩わせたくない。……でも、ばれてしまっているのなら、君には言ってもいいかなぁ」

「どうぞ?」

 促すように小首を傾げて、わざと軽く答えると、アリステアはうん、と笑みを深くしてから、ぽつぽつと語り始めた。

「俺は兄上が好きだ。色々とおかしな所はあるし、我侭で自分勝手で王子としてはどうしようもない人なんだが、彼は彼なりに俺を可愛がってくれていた。俺も思うままに生きているあの人を、そうだな……ある意味、尊敬していた。だからまあ、なんだ。……俺のこの不運が兄上の望んだものなのだと思ったら、少し堪えた。それだけなんだが」

 シャンテルから目を逸らし、アリステアは夜空を見上げる。つられるように、シャンテルも空を見た。月はいびつな半円を描いており、星は明るい。雲は少なく、穏やかな風にゆっくり流れている。それらを眺めながら、シャンテルは言った。

「私はあなたのお兄さんが気に食わないから、正直すごく疑ってるし腹も立ててるわ。でも、あなたまで無理にそうする必要はないわよ。信じたいなら、信じればいいわ」

「……シャンテル?」

「お兄さんが首謀者っていうのもよく考えれば動機に欠けるし、根拠もない。それに、あの人はばれてもいないあなたの『魔法』とシリエル皇女の繋がりを、私たちに提示した。罠って可能性もあるけど、それは結局、行ってみなきゃわからないことよ。――だから、本当のことがわかるまでは、あなたの思いたいように思えばいいんじゃないかしら」

 視線をアリステアに戻すと、彼は水色の瞳を眇めて、どこか眩しそうな顔でシャンテルを見つめていた。目が合うとごまかすように頭をかいて、やがて、うん、と一人頷く。何をやっているのかと首を傾げたシャンテルに、彼は唐突に言った。

「なあ、シャンテル。キスしていいか?」

「……は!? だ、だめよ、なに言ってるの!?」

「じゃあ、抱きしめていいか?」

「か、からかってるの!? いきなり何言うのよ、あなた!」

「いや、そうじゃない! そうじゃないんだが……なんだか、こう……」

 思わず一歩後ずさるシャンテルに、アリステアは困ったように眉尻を下げた。途方に暮れたような顔のまま俯いて、ぽつりと呟く。

「……うれしくて、そわそわする。……君に触りたい」

 俯いて流れる金髪の隙間から見えた彼の耳は、赤く染まって見えた。

 それに気付いたシャンテルは、ぎこちない動きでそっと、俯いたアリステアの手を取った。弾かれたように顔を上げたアリステアに、今度はシャンテルが俯く。おそらく、今の自分はものすごく、みっともない顔をしている。幸運の兆しなど比べ物にならないくらい、胸も顔も熱くほてって、鼓動もばかみたいに早い。

「…………」

 何か言われたらどうしようかと思ったが、アリステアは微かに笑ったような気配を漂わせただけだった。ただ黙って、繋いだ手に力を込めた。


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