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すももドロップス03



 それから七日ほど経ったが、結局あたしは城で暮らしている。帰りたいとは言わなかった。気を使っているわけでもなく、そう思わなかったからだ。でも帰らないとも言っておらず、なんとも宙ぶらりんな立場だった。

 言葉がわかってからの生活はより楽しかった。もう大袈裟な態度で心意を伝えるということはしなくてもいいのだけれど、なんだかみんなあたしのことを実年齢よりずいぶん年下だと思っているらしく、すごく子供扱いをする。あたしはもう十五なんだぞ。と思ったが、なんだか悔しいので言わずにおいた。そうしてあたしは傍若無人な振る舞いを自分に許している。

 まあ一度ぐらいはきちんと振る舞ってもみたのだ。「閣下、本日はお日柄も良く、ご機嫌麗しゅうございます」とかなんとか。ドレスの裾をつまんだお辞儀付きで。するとものすごく渋い顔をされたのでさっさとやめた。あたしには似合わないってことだろうか。

 今日はなんだかバタバタしていた。なにやら城内が妙な気配に満ちているかと思えば、にーさんらはそろってこう言った。

「しばらく城を空けるから、いい子で待ってろ」って。

 あたしの表情は強張った。なにそれ、そんなの聞いてない。よってたかってあたしを手なずけておいて、なんであたしを置いていこうとしてるの。

「どこ行くの」震える声であたしは尋ねる。

「戦に」さらっと答えられた。

 あたしは言葉に詰まる。このにーさんらにとっては普通のことなんだろうか。あたしはその非現実さに、頭がガンガンするというのに。

「それってどうしても行かなきゃいけないの。自分たちの存亡がかかってるとか、そういうこと?」

 ああ、目の前が白くなる。あたしには戦なんて見当もつかない。我侭だってわかってる。でも「行かない」って言ってほしくて、言わせたくて堪らなかった。

「そういうわけではないが」

 それがどうかしたか、という調子で言われる。なんでこの人たちはこんな涼しい顔をしているんだ。あたしの気持ちには微塵も気がつきやしない。知らずまた涙腺が緩む。ここに来てからあたしは泣き虫になった。おかしい。あたしはこんなに弱くなかったはずなのに。

 人恋しい。

「じゃあ、行かないで。ここにいてよ。あたしやだよ、みんなが怪我したりいなくなったりするの。やだ……」

 思わずレイの服の袖をつかむと、なにを思ったか彼はふふと笑った。

「じゃあ、やめるか」

「え、いいの……?」あまりのあっさり具合に、あたしは耳を疑ってしまう。

「構わん。どうせ放っておいても煩わしいだけで害はない。人間どもなど見逃してやってもよい。新しい娘などさらって来ずともスモモがいることだしな。おまえ以上に懐く娘がいるとも思えん」

 ちょっと待て。待て待て。話についていけませんが。

「えっと……レイってなんの王様でしたか……」

「魔王陛下だ。なにを今更」

 さらっととんでも発言ですよシュラさん。まおーですか。

「…………」

 黙ってしまったあたしを見て、どうやらこの娘知らなかったらしいぞ的な空気が流れている。

 魔王って、魔王って黒髪だったり赤い瞳だったり耳が尖がってたりするもんじゃないのか。しないのか。なにげにあたし、世界を救ってしまいましたか。

「なんだそりゃ……」

 脱力して、それからあたしはけらけらと笑い出してしまった。だってあたし、忌み人は自分の方なんだと思ってた。害のない子どものふりを続けていたら、きっと受け入れてもらえるんだと思ってた。なのに取り越し苦労だったなんて。そんなのひどい。

「あーおかしい」

 目尻の涙を拭った。なんだかしてやられたような気がして、ものすごく悔しい。あたしは負けず嫌いなんだ。レイのポーカーフェイスを崩してやる。

 あたしは気を取り直して、にーさんらにビシッと指を突き付けた。

「ひとつ言っとくけど。あたしもう十五なんだから、いつまでも子供扱いしないでよね!」

 そう言われた時のやつらの顔は見物だった。



「ねえレイ、あたし帰る」

 部屋に入るなりそう言うと、にーさんらの目が一気にこっちを向いた。

「帰るって」何かの聞き間違いか、というようにリキが口を開く。

「うん、だから元の世界に帰るよ」

 あたしはできるだけ淡々と聞こえるように言った。ここで感情をにじませてしまっては駄目だ。

「帰れるんだよねえ」

 椅子の上のレイの足に手を置いて、見上げるようにそう言うと、レイはふっと息を吐いた。「ああ」

 それだけ聞けば充分だ。顔を上げるとあたしはすでに着替え終わっていた制服の腰に両手をあてて、にこっと笑った。

「スモモ、帰りたくないのではなかったのか?」

 シュラの瞳が心配げに歪んだ。初めて会ったときは、なんて冷たい目をしてるんだろう、なんて思ってしまったシュラは、実はいちばん過保護っぽい。

 あたしが一度も「帰りたい」なんて言わなかったから、依存するぐらいここの人たちに馴染んでしまったから、あたしの言葉はにーさんらにとって青天の霹靂だったのだろう。

「なにか不満があったか」ぽつりというレイに、

「ううん、そんなんじゃないよ、あたしは、帰らなくちゃいけないの」ただ明るく答えた。

 伯母さんや従兄弟たち、先生や同級生があたしのことを心配しているかもしれない。あたしに関心があるわけない、って思ってたけど、そんなことわかりやしないじゃないか。だっていままで、わかり合おうとしたことなんてないんだもの。たとえ心配なんてこれっぽっちもしていないとしても、あたしが突然いなくなれば迷惑をかけることは事実なのだ。

「あのねえ、あたし、ここが大好き。みんなが好きだよ」大事なひとことを形にするために、あたしはすうっと息を吸った。「――だから、ここにいることを逃げにしたくないの」

 このまま状況に流されていたら、あたしは嫌なこと全部放り出してここにいることになる。逃げるためにみんなを利用していることになる。

「だからあたしは自分で選びたい。逃げなんかじゃなくて、自分の世界と向き合ってみて、それでもやっぱりここがいいんだって、胸張って言えるようになりたい。そのために帰るの」

 あたしはいままで、なんにもしないでただ待っていたんだ。ここへ来てやっと、自分から感情を素直に伝えることを学んだ。それを試しもしないで、あの世界に見切りをつけるにはまだ早い。自分から関わろうとしないで、世界と繋がっていられるわけはないんだ。

「ねえリキ、あたしの世界に通じる召喚陣覚えたよね、あたしが呼んだら迎えに来てよ。レイ、あの部屋はあたしのだからね、別の女の子なんか入れちゃ駄目だよ。シュラ、心配しないで、これみんなで食べてね」

 あたしはシュラの手に、残り半分ほどになったドロップスの缶を押し付けた。あたしは、こんなものなくてもやっていける。だって、世界のどこかにあたしのことを思ってくれている人たちがいるってことを知ったんだもの。

「ささ、未練が残らないうちにぱぱっとやっちゃって」

 なにを言っても無駄と悟ったか、レイが椅子から下りると床にしゅっと光る円をかいた。その向こうに、ここに来る直前にいた学校の図書館が見える。さっすがレイ、お手軽だな。

「スモモ」

 情けなげに眉を下げるにーさんらを振り返って、あたしはしばしの別れとばかり一人ひとりに抱きついた。

「大丈夫」

 大丈夫だよ、あたしは。親からもらったのは名前だけじゃない。この身体で、手で声で耳で、あたしは世界と繋がっていける。大人になったらもう何に縛られることもない、あたしは自由だ。だからそれまで、あたしはあたしの世界をちゃんと見ようと思う。

「スモモ、必ず迎えに行くから」

 レイの声を背にして、あたしは光る円の中に足を踏み入れた。



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