8.ジークベルト回想
早世した父に代わり、ジークベルトが皇帝の位に就いたのは、十六歳になったばかりの頃だった。
即位した途端、山のようにやってきた暗殺者に、それまで一人前のつもりでいたのは父の庇護があってのものだったのだと現実を知ることになった。
そして、幼い頃から厳しく魔術や剣術を教えられたのもこの時のためかと得心した。
暗殺者への対応にも馴れ、十九歳になった頃、この身に呪いを背負うことになった。
最初は病だと思っていた。
次第に悪くなる体の調子に疑いもせず医務官を呼んだ。
しかし、体には悪いところはないと言われ、おそらくは呪いではないかという見解を聞かされた。
そちらの方面は、医務官ではどうにもならず神殿を頼った方がいいと言われた。
今の神官長は父の弟――叔父が就いている。
足を悪くして、ここ数年は表舞台に姿を現さない。
それでも何か手がかりを掴めればと、苦しい中でも手紙を書き、力を貸してほしいと手紙を送った。
しかし結果は惨憺たるものだった。
――お前は国の守護神たる太陽神に呪われていて、人の身では呪いを解くことはできない。
そんな手紙だけが届き、叔父が宮殿に現れることはなかった。
太陽神の加護をいただく国の皇帝が、国の守護神たる神に呪われる。
そんな不始末をしでかした甥の顔を、見たくもなかったのだろう。
私自身には、神に呪われるような行動に、思いあたる節などないというのに……。
ただ、現実は無情だ。
どんなにこれは何かの間違いではと思おうと、光を浴びると皮膚が焼けただれ、触れた相手にも怪我を負わせてしまう。
(こんな人間が、皇帝であっていいのだろうか……)
いっそ、自ら命を絶った方が、周囲に迷惑がかからないのではないか。
側近のウィリアムをはじめ、わずかだが私が生きることを望んでくれる人がいなければ、早々に生きることさえ諦めていたように思う。
ウィリアムが必死でジークベルトを助ける方法を探してくれたが、それは誰かを犠牲に生き延びることだった。
神に生きることを望まれていないのだ。
誰かの命を犠牲に生き延びて、果たしてそんな者が導く国の民は幸せを得られるのだろうか。
理想としていた、民の暮らしを守るために尽力していた両親とは全く違う自分の姿に、乾いた笑いがこぼれる。
一つ、安心できることがあるとしたら、犠牲となる者の条件が厳しいことだろうか。
神の加護を得た者は、国に様々な益をもたらす。
そんな者を各国が手放すとは思えないし、どうせ見つからないだろうと楽観していた。
(ウィリアムには申し訳ないが、私はこのまま朽ちるだけだ――)
そんな時だった。
エルマーナ王国の聖女が、犠牲になると手を挙げたのは。
人々の命を救い、浄化をもたらす聖女がただ呪いの犠牲になって死ぬために寄越されるなど、信じられなかった。
(本人の希望とは聞いたが、きっと押しつけられたのだろう。私が死ぬまで彼女を保護し、死した後は生き方を選べるよう手配しておかねば……)
そんなことを、朦朧とする意識のなか考えていた。
しかし、やってきたのは予想の上をいく人物だった。
月光の中、太陽神の神像を一心に見つめるその清廉な姿は、まさに月の女神の化身のようだ。
彼女は不思議な存在だった。
呪われているはずのジークベルトを怖がらず、それどころか太陽神がジークベルトを呪うなどあり得ないと憤慨していた。
「推しの汚名は、私がこの手で雪ぎます!」
意味はわからなかったが、そう宣言し、自ら傷つくことも厭わず長年苦しめられてきた瘴気を浄化してみせた。
太陽神が人を呪うわけがないと真っ直ぐ信じるその姿は、まさに神の加護を受ける聖女と呼ぶにふさわしかった。
そして、そんなフィーネに、ジークベルトは心を掴まれてしまった。
人々に安らぎをもたらすという月の女神の化身のようでありながら、その心には太陽のような輝きを秘めた、己に光をもたらしてくれた存在に、気が付けば強烈に心が引き付けられている。
(どうしたら、全てが終わった後も彼女は側にいてくれるだろう……)
そんなことを考えながらも、手始めに、約束をした彼女が気に掛けているメルキオッレの作品を見せようと、手配を進めるのだった。




