7.太陽神の食堂
食堂は白と金の装飾で統一された豪華な部屋だった。
ダイニングテーブルの上に大きなシャンデリアが吊されている。
ジークベルトの正面の椅子にエスコートされながら、フィーネは落ち着きなく食堂の様子を眺めていた。
(ふぁぁぁ! このお部屋、太陽神様の神話をモチーフにしているわ……!)
この宮殿自体、太陽神を象徴する白と金色をふんだんに装飾に取り入れている。
だが、この部屋はそれだけではなく、壁には神話の一幕をモチーフにした太陽神の絵が飾られ、窓枠や部屋の柱の彫刻には、太陽神の愛馬として有名な白馬の彫刻や、神話の場面が刻まれていた。
それらを見て、フィーネが平静でいられるわけがなかった。
「何か気になるものがあったか?」
ジークベルトの質問に、フィーネは勢いよく頷いた。
「はい! この食堂の内装が、太陽神様や神話をモチーフにしてあって! 大変感動しています!」
「先程神話を描いた絵に興味を持っていたようだから、この部屋を手配させた」
「あ、ありがとうございます! とても嬉しいです!」
「フィーネは聖女だけあって、信心深いのだな」
ジークベルトが思わずというようにクスリと笑う。
「信心深いかはわかりませんが、太陽神様は私の推しの一人なのです!」
「推し? そういえば、先程も推しといっていたな。推しとはなんだ?」
「推しとは、私の心の癒しです!」
ジークベルトの質問に、意図せず気合いが入ってしまったようだ。
勢いよく答えたフィーネに、ジークベルトは怪訝な表情を浮かべている。
そこで、先々代の聖女様が広められた概念であることや、説明を行った。
「つまり推しは、人に勧めたいほど好きで、見て癒やされたり、元気をもらったりする対象。推し活は、推しを応援したり、推しのことを思ってする活動なのだな」
「そうです! 推し活をすることで、心の英気が養われるのです! 私の推しは神様ですが、故郷では婚約者や家族、王族、役者などを推す人がいました」
「なるほど。それで、この部屋を見て興奮していたと。だが、エルマーナ王国は、月の女神を信仰していただろう。太陽神が推しなのか?」
不思議そうに言うジークベルトにフィーネは勢いよく答える。
「正確には、太陽神様は推しの一人です! 他に、月の女神様、創世神様を推しています!」
「創世神が世界を生み、次に太陽神と月の女神が生み出され、世界に昼と夜を与えた、だったか。創世神と月の女神はわかるが……、そういえば月の女神は太陽神とも関わりが深かったな。もしや、それでか?」
「さすがですね! 陛下も、聖典をお読みになっているのですか?」
「教養として流し見た程度だが」
それぞれの国で違う神々を守護神として祀っているため、各国で知られている神話は結構違っていたりする。
やはり祀っている神が単独で成した偉業や、活躍する話の方がそれぞれの国では好まれるのだ。
もともと聖女は治療を求めて訪れた他国の人とも関わることがあるため、全ての神話を知っている方が好ましいとされており、学ぶ機会もあるが、フィーネは推しの世界の話として全ての神話が頭に入っていた。
そんな話をしていると食事が運ばれてきた。
焼きたてなのか湯気を立てるパンとスープ、卵料理に肉料理、ヨーグルトや新鮮な果物も並んでいる。
神殿の質素な食事に慣れているフィーネにとっては、驚愕の質と量だった。
「ご、ご馳走ですね!?」
思わず口から出た言葉に、ジークベルトは頷く。
「そんなに驚くことか? 恩人との朝食だ。最高のものを準備するに決まっている」
「恩人、ですか? お礼に絵も見せていただくのに、いただきすぎではないですか?」
「そんなことはない。これでもまだ足りないくらいだ」
信じられない気持ちでジークベルトを見つめるが、彼にとってはむしろそんなフィーネの反応こそが不思議なようだった。
神殿にいた頃は、孤児のフィーネは結果を出せなければ――人を救えなければ、どんなに信仰に篤くとも価値はないと言われていた。
その価値観でいうならば、ジークベルトの呪いを完全に解くことができなかったフィーネは聖女としては不合格だ。
首を傾げたままのフィーネにジークベルトが言う。
「フィーネにはこう言った方がわかりやすいだろうか。昨晩の働きは、私にとって、まさに月の女神の導きのようだった。神話の一幕にそのような話があるだろう?」
「その神話に心辺りはありますが、私の行動が月の女神様の導きのようだなんて恐れ多いです……!」
その神話は、太陽神の試練で夜の砂漠で途方にくれた若者に、月の女神が水の在処と進むべき道を示し希望を与え、若者は無事太陽神の試練を乗り越えるというものだ。
フィーネも、普段は推しならどう行動するか、推しだったらどう判断するかなどを考え、積極的に行動の指針に取り入れてきた。
だからこそ、その判断基準は、誰よりも深くフィーネの内に根付いていると自負している。
それでもやはり、人の身で神の導きに例えられたり、神と比べられるのは違うのだ。
「照れているのか?」
「違います! ただ、月の女神様がもしあの瞬間に降臨されたならば、陛下の治療だけではなく、核の場所がわからずとも、きっとその呪いを跡形もなく浄化されると思います。女神様の偉大なお力には、人である私は到底及ばないのです」
フィーネの信じる月の女神ならば、どんなに解くのが難しい呪いでも、あっさりと解かれるに違いない。
その言葉のままに発言したが、直後、流石に皇帝相手に言葉が強かったかもしれないと背筋をひやりとしたものが走り、即座に謝罪する。
「も、申し訳ありません。強く言いすぎました」
いきなり罰せられることはないだろうが、それでも皇帝相手に言葉が過ぎたかもしれないと謝罪する。
神殿では、フィーネの推しへの愛が暴走することはあったが、皆、神に仕える身だ。
多少、神のことで暴走しても信仰心が深いのだと受け止められていたが、先程のような言い方をすれば、きつく咎められ生意気だと罰せられていた。
実際、ウィリアムはフィーネを鋭い眼差しで見ている。
だが、ジークベルトはむしろ感心したように頷いていた。
「いや、謝罪の必要はない……。フィーネの言う通りかもしれん。月の女神への理解が、私には足りなかったようだ」
その言葉に、気分を害していないようだとわかって、フィーネは驚く。
(今ので、怒らないの……?)
ジークベルトを見つめるフィーネに、彼は続ける。
「ただ、私を救ってくれた恩人はフィーネだ。あなたは呪いが人の手によるものだと告げ、瘴気を浄化し、呪いが解ける可能性を示してくれた。その行動により、私の心もまた生きる希望を抱くことができたんだ」
穏やかに言われ、フィーネは呆然とジークベルトを見つめる。
「だから安心して、もてなされてほしい。さ、冷めないうちに食事をいただこう」
食事への感謝を捧げフォークを持つのだった。




