6.推しの神絵が見たいです!
一旦、侍女が呼ばれ、三人の前に淹れ立てのお茶が置かれる。
侍女が部屋を出るのを見送った後、ジークベルトが口を開いた。
「フィーネに、尋ねてもいいだろうか」
「なんでしょうか……?」
「昨日、フィーネは呪いが人の手によるものだと言っていたな。そのことについて詳しく聞きたい。どうして、そう思ったのだ?」
「神気で判断いたしました。陛下からは太陽神様の加護が感じられましたが、呪いからは神気が感じられませんでしたから」
フィーネの答えに、ジークベルトは驚いた様子だ。
「私に加護がある、と?」
「はい。お気づきではなかったのですか?」
「だが、ならどうして私は呪いなどに……」
「太陽神様の加護とはいえ、全ての災難から御身を守るものではありません。私はあの状態で生きておられたことこそが、加護の証ではないかと思います。太陽神様のご加護は、生きることへの祝福であり、健やかな心身を授けるものが多いとされます。だからこそ陛下は三年もの間、呪いに耐えることができたのだと思うのです」
ジークベルトは複雑な表情で黙り込む。
ずっと呪いは太陽神のものと言われていたのだ。
そうではないとは納得してもらえたが、更に加護もあったのだと言われたら、流石に急には納得できないのだろう。
代わりに、ウィリアムが発言する。
「では、本当に呪いは人の手によるものなのですね」
「間違いありません」
そこは絶対に間違わない。
フィーネが断言すると、ウィリアムが尋ねる。
「呪いは、どうやったら解けるのでしょう。フィーネ様は、何かおわかりになりますか?」
「昨日は浄化に手一杯でそこまでは……。よろしければ今、直接、お手に触れて拝見してもよろしいでしょうか」
ジークベルトが頷くと、フィーネはジークベルトの隣に移動してその手を取る。
長く日に当たっていないせいか、その手は恐ろしく白い色をしていた。
雑念を追い払うように首を振ると、呼吸を整え魔術を使う。
ジークベルトの身体に魔力を巡らせ、返ってくる反応で状態を確認しつつ、呪いの本体が体内にないか探っていく。
深く集中し、全力を使ったものの、呪いの本体は見つからない。
この状態で呪いを解こうとしてみたが、やはりうまくいかなかった。
「――直接、陛下の体に呪いが仕掛けられたわけではないようです。ということは、どこかに呪いの本体……核のようなものがあるはずです。そちらを浄化しないと、解けないようになっているようですね」
ジークベルトが無言で頷くのを見て、フィーネは続ける。
「それと、呪い自体は周囲の瘴気を引き寄せ、命を奪うもののようです。昨日、陛下のお体の外にあふれていた分については浄化しましたが、まだ体内に長年蓄積した分が残っています。しばらくは朝晩、浄化をした方がよろしいでしょう」
「そうか……。では、そのように頼む。世話をかけるな」
「私の力で呪いが解ければよかったのですが……。今朝の分はこのまま、浄化をいたしますね」
昨日のように、触れれば肌が焼けるほどの瘴気はまだ集まっていない。
ただ、ジークベルトの体内を傷つけないように慎重に浄化をし、浄化した場所に癒しをかけていった。
(こんなにも、太陽神様に愛されておられるのに、今まで気づいておられなかったのね……)
ジークベルトが、日の光を浴びれなくなって三年は経つと聞いている。
加護がなければ、早々に命が尽きていただろう。
もったいない、というのがフィーネの正直な感想だ。
フィーネは既に月の女神ディアーナの加護をいただいている。
流石に二神の祝福を受けるのは、身にあまる光栄すぎるし、それを望んでいるわけではない。
しかしここまで強い加護を受けるのは、滅多にあることではないのだ。
フィーネがジークベルトの手に触れたまま黙り込んでいたせいか、ウィリアムが見かねて口を開いた。
「フィーネ様。浄化は終わられましたか?」
その声にはっとして、触れていた手を離した。
「も、申し訳ありません」
「浄化の負担が大きいのだろう。気にするな」
本当はそうではないが、ただ考え事に沈んでいたとは言い出せない。
そんなフィーネに、ジークベルトが言う。
「フィーネには呪いが解けるまでは帝国にいてもらうことになる。何か不都合はあるか?」
「特にはございません……」
「そうか。では引き留める詫びと言ってはなんだが、この国での暮らしで苦労がないように手配しよう。それと今回の件、個人的に何か礼がしたい。何か望む物はないか?」
「えっと、先程、そのお気持ちは呪いが解けてからと――」
「誰にもどうにもできず、命さえ諦めていたところを救ってくれたのだ。呪いが解けた暁には、またきちんと謝礼をするつもりだが、まずは昨晩の件、私を暗闇と孤独から救ってくれたことについて、礼をしたいのだ」
そこまで言われたら、断るのは失礼だろう。
何かないだろうかと考えて、はっと気が付く。
(これは、願いを叶えるチャンスでは……!?)
そう思った途端、フィーネの願望は口からこぼれ落ちていた。
「では推しの神絵が見たいです!」
「推し……? 神絵……? それは何だ?」
疑問符を浮かべるジークベルトに、説明し直す。
「し、失礼しました。帝国は、かの巨匠メルキオッレの生誕の地と伺っております! ぜひ、彼の作品をこの目で拝見したく存じます! 特に神話モチーフの物を拝見したいです!」
「メルキオッレの絵画か。そのようなことでいいのなら、すぐに手配しよう」
「ありがとうございます!」
フィーネの勢いに呑まれていたものの、ジークベルトはふっと相好を崩す。
そうしていた時だった。
不意に、強い空腹を覚える。
朝食いただいたが、ジークベルトの呪いを探り、瘴気を浄化をして魔力を使ったため、思ったよりも早くお腹が減ってしまったようだ。
「さて、フィーネ。これから一緒に食事をどうだ? ……いや、フィーネの命を犠牲に生き延びようとした私とでは、流石に不快か」
「えっ……? いえ、陛下に誘っていただけるのは光栄ですが……私でよろしいでしょうか」
フィーネは、今のところジークベルトに対して負の感情は抱いていなかった。
呪いの身代わりとして犠牲になるため、成り行きで帝国に来ることになったものの、それはモルガンの計略でジークベルトには関係ない。
そもそも、彼は加護持ちの犯罪者を探していたと聞いている。
むしろ、聖女とは言え平民のフィーネでは不快にさせることが多いのではないかと心配になる。
「誰かと食事を取ることすら、ここ数年できなかったのだ。折角なので、付き合ってほしい」
皇帝なのに、フィーネそんな風に言われてしまうと、断りづらい。
フィーネは、ジークベルトの誘いに頷くのだった。




