3.推しの汚名は、私が雪ぎます!
二週間に及ぶ移動の後、フィーネは帝国の皇帝が暮らす宮殿に到着した。
どうせ死ぬことになるからと、国境まで簡素な馬車で送られて、そこからは帝国の迎えに引き渡された。
(今日からここでお世話になるのね……。道中、なんとか噂を集めてみたけれど、エルマーナ王国で聞いたものとそう変わらなかったし……。呪いは、本当に噂通りのものなのかしら?)
フィーネは聖典を読み込み、太陽神を推しとしても崇めてきた。
そんな神様が加護を授ける国の、しかも契約をしている国の皇帝を呪ったりするだろうかと思っていたが、結論は出なかった。
帝国側の都合で、謁見は夜に行われるそうだ。
その時に噂が真実かどうか、自分の目で確かめることになるだろう。
その日の深夜。
呼び出されたのは、宮殿内にある礼拝堂のようだ。
フィーネを連れてきた侍女はここで待つようにと告げて退室し、一人残される。
謁見の間ではなく、この場所に連れてこられたことに対して疑問はあったが、それよりも奥の壁際に祀られた彫刻が気になり、興味のままにそちらに向かった。
(ふぁぁぁ! さすが太陽神様が守護なさる国! エルマーナ王国とは趣きが違うわね! 本当に見事な彫刻! 顔の彫りも繊細で、まつげまで再現しているのではないかしら……!)
太陽神ソルスティスの彫刻が月明かりに白く輝いている。
きっと名工の手によるものだろう。
神々の中でも最も容姿に優れているという太陽神の魅力をあますところなく引き出した素晴らしい彫像だった。
(巨匠メルキオッレ先生意外にも、素晴らしい芸術家がいたのね……! なんて眼福……!)
じっくりと目に焼き付けるように眺めていると、不意に扉が開く音が響く。
振り返ると、そこには美の化身がいた。
まるで太陽神さながらの容姿を持った皇帝が、凍てついた眼差しでフィーネを眺めている。
「お前が、生け贄になるという不幸な犠牲者か」
フィーネはといえばありえない量の瘴気をまとう彼の姿に、少々驚いていた。
「恐ろしさに、声も出ないか」
じっと見つめる視線の先で、無感情のまま、彼が一歩分、フィーネに近づく。
「安心しろ。そう、長くかからずお前の役目から解放されるだろう。すぐに終わる。それまでお前の神に祈っているといい」
フィーネに向かって手を伸ばす彼を黙って見つめる。
彼はここで呪いを押しつける儀式をするつもりだろうか。
だが、逃げようとは思わなかった。
なぜなら彼の呪いをこの身に引き受け、代わりに死ぬためにフィーネは遣わされたのだ。
(でも、これは話が違うわ!)
彼の容姿からして、違和感があった。
その髪色と瞳の色は太陽神の加護が強いことを表している。
偶然の一致で神々と同じ色味を持つことはあるが、それならば彼から加護の証でもある神気を感じる理由がない。
生来の加護と、長年、聖女として修行を積んだことで、フィーネは加護持ちを神気の有無で見分けることができる。
フィーネにとっては、修行も推し活の一環だった。
最初は推し様に授かった加護の力を使いこなしたいという気持ちから始めたことだったが、次第にのってきて『推し様の気配を感じられたら最高!』と、神気を感じる練習にハマったのだ。
そして、大事なことだが、瘴気から神気は感じなかった。
万が一に、太陽神がその加護を与えた人を呪った場合、呪われた人からは加護は消え、瘴気に神気が混じるだろう。
(推しが加護を与えた人の子を呪うだなんて、どうして誤解されているの! 太陽神様への侮辱じゃない……!)
フィーネは、こみ上げてくる怒りに震える。
「推しの汚名は、私が雪ぐしかないわ!」
突然声を上げたフィーネに、ジークベルトが伸ばしかけた手を止める。
しかし、それには構わず、荒ぶる感情のままフィーネは言う。
「陛下!」
「…………なんだ」
「その呪いは太陽神様の御業ではありません! 陛下は本当に、そのように信じていらっしゃるのですか!」
フィーネの投げかけた言葉に、ジークベルトは眉を寄せる。
「噂は聞いているだろう。あれはほぼ本当のことだ。私の皮膚は太陽の光に当たれば、火傷のように焼けただれる。さらには、誰にも触れることはできない。私が誰かに触れれば、触れた部分から瘴気が入り込み、皮膚がただれ、その者は酷く苦しむことになる。それらは全て、私が太陽神に呪われているからだ。この呪いを見て怖じ気ずいたか……。だが、今更未来は変えられない」
「いいえ! 私にはそうは見えないから、尋ねております」
「何をふざけたことを――! ……そうか、恐怖のあまり、混乱しているのか?」
「違います! 推しは……太陽神様は人を呪うようなことはなさいません! ましてや、加護を与える国の皇帝陛下を! その呪いは、絶対に太陽神様のものではありません!」
「は? やけに自信に満ちているが、仮にそうだとして、私がそれを信じる根拠はない」
鋭い眼差しを向けてくるジークベルトに、フィーネは真剣な表情で告げる。
「もちろんです! 今から、それを証明いたします。もし、ご納得いただけましたら、御身の呪いが太陽神様によるものだというお言葉を訂正してください」
「……何をするつもりだ」
「神の呪いならば、人には手出しできません。しかし、人が行う呪いであれば、私でもお力になれます。今、ここで、それを証明いたしましょう」
そして、ジークベルトが止める間もなく、フィーネは彼の手首を掴んだ。
途端、焼け焦げたような匂いが広がる。
彼が言っていたように、呪いのせいだろう。
「なっ――!」
焦げていく手に動揺し、ジークベルトはフィーネの手を振り払おうとする。
だが、フィーネはその手を強く掴み直した。
「動かないでください!」
そしてフィーネは強引に浄化魔術を発動した。
淡い銀色の輝きがフィーネごとジークベルトを包み、瘴気を浄化していく。
ジークベルトに集まっていた瘴気を浄化し終えたところで、フィーネは魔術を解いた。




