2.帝国行き
呆然としたまま、無意識に部屋への道を歩いていたのだろう。
気がつくと自室に戻っていた。
(私、帝国へ死ぬために連れて行かれるの……?)
流石に、神官長から死んでこいと言われたのは衝撃だった。
だが、部屋に入り、今朝準備していたぬい達の服を見て我に返る。
(そうだ……。ぬい達をそのままにしていたわ……。お着替えをしてあげないと……)
こんな時でも、いや、こんな時だからこそ、だろうか。
フィーネは、無意識にぬい達とその服に手を伸ばした。
フィーネの推しは、聖典にも描かれている三柱の神々だ。
この世界を作ったとされる創世神クレアシオン。
創世神が最初に創ったとされる太陽神ソルスティス。
そして太陽神の次に創り出され、フィーネに加護を与えてくれた月の女神ディアーナ。
他にも数多くいる神々の中で、最初は創世神と月の女神だけが推しだった。
加護をいただいた女神様のおかげで、フィーネは両親がいなくても飢えたり辛い思いをすることなく生きてくることができた。
そして、その女神を生み出したのは創世神だ。
それで二柱が最初に推しになった。
しかし、神話を収めた聖典を読んでいると、女神と対のようにして太陽神が書かれているのだ。
瘴気を浄化し人々に癒やしを与える女神に対し、太陽神は時に試練を与えながらも人々に希望と祝福を与えている。
そして、苦難にくじけず真っ直ぐに生きることを望まれる。
幼い頃は厳しい面もある太陽神のことは少し苦手だった。
でも、何度も繰り返し聖典を読む中で、厳しくあるからこそ、人々に成長を促そうとしておられるということが読み取れるようになり、気がつけば太陽神のことも推しになっていた。
無心で手を動かして、取り込んだ小さなお洋服に着せ替え終える頃には心も落ち着いていた。
目の前には、フィーネが作った三体のぬいが夏服姿でこちらを見ている。
(やっぱり推ししか勝たん……!)
絵心があれば、彼らの姿を残せたのにと悶えていると、先程モルガンに言われたことさえも気にならなくなってくる。
いつの間にか心が元気を取り戻していたようだ。
(そうよ! どうせ、加護がなければ私は早々に死んでいたんだもの。これは、太陽神様が与えられる試練に違いないわ! 太陽神様は、乗り越えられない苦難はお与えにならないと聖典にもあるじゃない。これは私に聖女としてもっと成長しろということよ!)
後ろ向きにしか考えられなかったのに、気がつけば前向きに考えられるようになり、やりたいことも浮かんでくる。
そう。折角、帝国に行くのだ。
どうせなら一生無理だと思っていたことも、実現できるかもしれない。
(帝国は、あの神話をモチーフにした絵を描かせれば並ぶ者はいないという巨匠メルキオッレ先生の生誕の地。所蔵してある絵画も多数あると聞くわ! どうせ死ぬなら、その前に一目だけでも見せてくれないかしら……? いえそんな弱気でどうするの! 私は皇帝陛下の呪いの犠牲になるのよ。陛下にお願いして、なんとしてもメルキオッレ先生の絵画を見せてもらうのよ……!)
推しのぬい達を見ていると、不思議なことにきっと大丈夫と思えてくるから不思議だ。
改めて、ぬい達を祭壇に飾り、フィーネは胸の前で手を組んだ。
(推し様達、ありがとうございます……! おかげで元気が出ました! 『推し』という概念を広めてくださった先々代の聖女様も、本当にありがとうございます!)
先々代の聖女様にまで祈ると、フィーネは立ち上がる。
まずは、ぬい達の保護材を探すことにした。
移動で『祭壇』が壊れたり『推しぬい』達が怪我しないように、厳重に荷造りをする必要がある。
もうここに戻ってくることはない。
今生が長くないとしても、ここに置いていけばフィーネの作ったぬい達も、彼らを飾る祭壇も捨てられてしまうだろう。
となると持って行く一択だ。
自分の荷造りはその後でも十分間に合う。
(最期の願いとして、お墓にぬい達を入れてくださいって頼んでみようかしら)
そんなことを考えながら、夕飯すら抜いて、荷造りを急ぐのだった。




