1.生け贄の聖女
「お前が、生け贄になるという不幸な犠牲者か」
深夜。
呼び出された宮殿の祈祷室にて、フィーネはソレイユ帝国皇帝ジークベルトと対峙していた。
月光の中でも煌びやかに輝く金髪に、真実を射貫くような金色の瞳がこちらを見ている。
まるで目の前の太陽神の彫刻に命が吹き込まれ、顕現したかのような美丈夫だ。
その容姿から、フィーネは彼がこの国の皇帝ジークベルトであると判断した。
(王族は守護を与える神の容姿が出やすいと聞くけれど、本当にソルスティス様みたいな容姿の方なのね……!)
金色の瞳を凍てつかせ、ジークベルトは何の感情も浮かべない冷たい眼差しでフィーネを見つめている。
(それにしても、すごい瘴気の量……)
呪いを受けている彼のために、フィーネは国を超えてやってくることになったのだ。
ありえない量の瘴気をまとう彼の姿に少々驚きを隠せない。
瘴気は人に害を与え、少量でも体調を崩す。
あれほどの瘴気を帯びて、生きていられることの方が信じられなかった。
(噂は、本当のことなのかしら……)
ジークベルトは不幸な事故により前皇帝である父親を亡くし、十六歳という若さで皇帝の地位に就き、現在は二十二歳になるのだそうだ。
即位したばかりの頃は、前皇帝の遺志を引き継ぎ民のことを思う政策を進め、人気があったという。
だが三年前、彼が十九歳の誕生日を迎えた後、突然表舞台から姿を消した。
表向きには体調を崩し療養のためと発表されているものの、いつの頃からかとある噂が国外にまで広がっていた。
――曰く、太陽神に守護されるソレイユ帝国の現皇帝は、太陽神に呪われているらしい、と。
この世界では、王族・皇族は神々と契約し、国に加護を与えてもらうことで、災害や瘴気などから国を守ってもらっている。
それなのに、その皇族が国の守護神に呪われているなど信じ難いことだったが、噂では、皇帝は太陽の光を浴びるとその部分が焼けただれてしまうとか、魔に魅入られて夜しか活動できないとか好き放題言われていた。
噂が真実を語っているとは思わないものの、実際、彼がまとう尋常ではない瘴気の量に、フィーネは目を瞬かせる。
(これ程の瘴気を放ちながら、この方はどうして無事に立っているのかしら……)
思わず考え込むフィーネにジークベルトが言う。
「恐ろしさに、声も出ないか」
無感情のまま、一歩分、ジークベルトがフィーネに近づく。
「安心しろ。そう、長くかからずお前の役目から解放されるだろう。すぐに終わる。それまでお前の神に祈っているといい」
フィーネに向かって手を伸ばす彼を黙って見つめる。
逃げようとは思わなかった。
なぜなら、彼の呪いをこの身に引き受け、代わりに死ぬためにフィーネは遣わされたのだから。
◇
フィーネが帝国行きを命じられた日。
その日は、指名を受けて向かった貴族の治療から帰宅し、神殿の敷地内にある自室に戻ろうとしていたところで、神官長様から呼び出しを受けた。
(また、お叱りの言葉かしら……。今日は、早く部屋に帰ってぬい達のお着替えをさせようと思っていたのに……)
部屋に帰ったら、ぬい達に夏のお洋服に衣替えをしてもらおうと思っていた。
ここ数日、いつもより早く起きて、去年作った夏服を陰干しして今年仕様にいくつか変更を加えていた。
ようやく昨晩準備が整い、最後の仕上げをしたところだ。
朝からお着替えをしてもらうには時間が足りず、戻ってからの時間を楽しみにしていたのにと残念に思う。
『推し』という言葉は、先々代の聖女が広められた概念の一つだ。
先々代の聖女は、不思議な知識がおありだったらしい。
生活に便利な道具や仕組みを沢山残され、その時代にエルマーナ王国は飛躍的に暮らしやすい国に変わったのだそうだ。
一言で表すと『推し』とは心の支えである。自分が好きな人や物を『推し』と言い、彼らを心から応援する活動を『推し活』と言う。
推しや推し活が広まったことにより、人生にやる気と張り合いが増え、毎日が充足感に満たされた人も多いという。素晴らしい概念であり、活動だ。
今では推しも推し活も、この王国中に広がっている。
(あぁ……無念……。でも、こんな時、太陽神様なら、やるべきことをやってから個人の趣味に励むようにと言われるはずよ。うぅ……仕方ない。急ぎましょう)
神官長の呼び出しを無視するわけにはいかない。
遅くなればなるほど機嫌を損ねるだろうと足早に神官長の部屋に向かった。
フィーネは、五歳の頃に両親を事故で亡くし、物心ついた時には孤児としてエルマーナ王国の王都にある神殿で暮らしていた。
エルマーナ王国は、浄化と癒しを司る月の女神ディアーナに守護をいただく国だ。
王族・皇族が神との契約を行う恩恵として、それぞれの国では契約を結んだ神の加護を持つ者が生まれやすい。
おかげで、この国ではディアーナ様に加護をもらった人が多く生まれる。
そうした者は神殿に籍を置き、聖女としてその力を役立たせていた。
両親を亡くし行く当てが無かったフィーネも、女神様の加護があったおかげで神殿で保護され、聖女として育てられてきた。
だが、女神の加護を持つ者が多数いれば、神殿内で序列も出来る。
加護の力が強い者と、弱い者。
貴族出身者とそうでない者。
加護の力が強く高貴な生まれの者ほど、神殿内で尊ばれた。
フィーネは女神様の容姿と同じ銀髪に青い瞳をしている。
加護の力も強いと、髪や瞳の色に加護を与えた神様の色が現れやすくなるらしい。
実際、フィーネの加護は強い方に入るようだ。
正確に競ったことはないが、神殿内でも上位の実力を持っているのではないかと思っている。
けれど、身よりがなく、後ろ盾がないフィーネが大きな加護を持つことを好まない人達もいる。
特に貴族出身の聖女達には目障りだと煙たがられていた。
彼女達は聖女としての力を役立たせると同時に、よい嫁ぎ先を見つけることを重視している。
聖女として成果を上げれば、より高位の家から縁談が持ち込まれるらしい。
フィーネの存在のせいで「平民聖女よりも加護が薄い」と言われるのが腹立たしいらしく、顔を合わせれば嫌味を言われ、時には暴力を振るわれることもあった。
本来は中立の立場で、聖女の世話をしてくれるはずの神官も庇ってはくれない。
なぜなら貴族聖女達の生家が、神殿に高額の寄付をしているからだ。
そしてフィーネは、神官長のモルガンからも目の敵にされていた。
モルガンからはいつも「もっと立場を考えて力を使え」とか「貴族出身の聖女様達がご活躍できるよう力を抑えろ」と指導を受ける。
けれど、力を抑えていれば聖女の治療を求めて神殿に来る人達を助けられない。
実際、貴族聖女の治療を受けたのに、再発したからと神殿にやって来る人もいる。
そういう人に対して、力を抑えて治療をすることはできなかった。
女神ディアーナ様が加護を授けてくださったのは、貴族聖女の引き立て役になるためではない。
多くの人を救うためだ。
聖典でも、女神様の加護は「苦難が多き人の子に与えられた女神の慈悲」と言われており、その力を誰かのために使うことを推奨している。
フィーネは基本的には波風を立てないよう頭を下げてやり過ごしてきたのだが、加護を使っての治療については聖典の言葉を盾にして、必要としている人に対して力を使い続けた。
それが余計に疎まれる理由になるとわかっていても、目の前で苦しんでいる人を見ない振りはできなかったのだ。
モルガンの執務室に向かうと、彼は苛立たしげな顔を隠しもせずに待っていた。
「フィーネ、遅かったな」
「……申し訳ありません」
「まあいい、お前の顔を見るのもあとわずかだ。フィーネ、お前は帝国に行き、皇帝のためにその身を捧げよ」
意味がわからないフィーネに、モルガンは続ける。
「帝国の皇帝が病により伏せっておられるという話は聞いたことがあるだろう。どうせすぐに知ることになるだろうが、皇帝は病ではなく太陽神様の呪いを受けているのだそうだ。あちらでは呪いを身代わりの者に負わせるという魔術があるらしく、生け贄になれる者を探しているらしい」
「生け贄になれる者……、ですか」
「条件があるそうでな。そのような者がいないかと内密に打診を受けたのだ」
モルガンはフィーネに歪んだ笑みを向け、生け贄の条件を口にする。
その条件とは、ただ一つ。
神の加護を受けていること。
加護を受ける神はどの神でもいいらしい。
帝国からは神の加護を受けた犯罪者がいないかというような打診だったようだが、神の加護を受けている者で、法を犯すような者はほとんどいない。
罪を犯したり、神の意に反する行動が続けば加護は消えるとも言われていて、大抵がその加護をなくさないように行動する。
長年苦労していた神殿内のいじめが、比較的軽い物で済んできたのは、その言い伝えのおかげもあるだろう。
だがそういった言い伝えがあるからこそ、なかなか条件に合う者が見つからないようだ。
何故そんな話をするのだろうと思っていると、モルガンが歪んだ笑みを口元に浮かべる。
「お前ならばそのお役目を喜んで引き受けるだろうと思ってな。帝国には自ら志願したと伝えてある」
「えっ……?」
「常々、お前が言っていたことではないか。加護は人を救うために授かったのだと。よかったな。お前の力を必要とする人の元に行けるのだ。これで、神殿内も秩序を乱す者はいなくなり、こちらも平和になる」
衝撃を受けるフィーネを見て、モルガンは微笑みを浮かべたままだ。
「これまでお前を養育した費用については気にする必要はない。犯罪者ではない者を差しだすのだからと、帝国からはたっぷりと礼金をはずんでもらった」
どれだけの金貨が支払われたのだろう。
フィーネに対して、常に不満げな様子を隠さなかったモルガンの上機嫌さが不気味だ。
モルガンがふと表情を消す。
「ああ、そうだ。逃げようなどと考えるなよ。そうすれば、犯罪者として国を渡ることになる。お前は、このエルマーナ王国の聖女として、皇帝のために立派に死んでくるのだ」
明日には出発すると告げられてフィーネは執務室を追い出された。
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