27.離宮の礼拝室
部屋にも浄化をかけ、視界が晴れると、部屋の隅に杖が転がっていた。
仕込み杖だったようで、鞘の部分と剣の部分に分かれている。
騎士達も浄化を受けて意識を取り戻した。
皆一様にフィーネに感謝しつつ、公爵に遅れをとったことを悔いているようだ。
「反省は後だ。まずは公爵の確保を優先しよう。杖はこちらにある。きっと遠くへは行っていないはずだ」
指示を出すジークベルトの横で、フィーネは気がついたことを言う。
「陛下。瘴気が導のように残っています。後を追えるはずです」
「……わかった。フィーネには安全な場所で待っていてほしかったのだがな」
「また先程のように公爵が瘴気を使ったらどうするおつもりですか。一緒に行きます」
「そうだな……。だが、絶対に私の側を離れるな。案内を頼む」
そうしてオーギュスト公爵の後を追った。
オーギュスト公爵が逃げ込んだのは、離宮内にある礼拝堂のようだった。
中に公爵がいるのだろうと用心をしながら扉を開くと、予想に反しそこには誰の姿もなかった。
そして、本来ならば太陽神が祀られているはずの場所は空っぽだ。部屋中に瘴気が満ちており、公爵の痕跡を瘴気からたどるのは諦めるしかなさそうだ。
「誰も、いない……? 瘴気はここで途絶えていたのに……」
「もしかしたら隠し部屋があるのかもしれない。特に瘴気が濃い場所などはないか……?」
「ここは礼拝堂と思えない程に瘴気が満ちているので……。強いて言うならあちらの辺りでしょうか……」
ジークベルトが、フィーネが指さした付近を重点的に探すように騎士達へと指示を出す。
「陛下! 仕掛けがあるようです」
瘴気が濃いのは教壇の周辺だが、騎士はその奥、神像が祀られる祭壇の方で仕掛けを見つけたようだ。
騎士によって仕掛けが起動され、教壇が動き地下への入り口が現れる。
途端、鼻を覆いたくなるような臭気が広がった。
「な、なんだこれは」
「嫌な臭いだな……」
フィーネも気がつくことがあった。
「……濃い瘴気も混じっているようです」
「公爵はこの先で、何を……」
嫌な予感が広がる中、全員に瘴気からの影響を防ぐ魔術をかけていく。
そうして、部屋の奥へと進んだ。
地下へ向かう階段には明かりがない。
騎士が魔術で明かりを灯し進んでいった。
進むほどに臭いが強くなり、建物でいう一階半くらいの距離を降りると、一枚の扉が見えた。
「これは……」
扉の隙間から、臭いと共に瘴気が染み出るように漏れ出ている。
皆、この先にある物が、心地よい物ではないと予想はついているようだ。
覚悟を決めた顔で、騎士が扉を開く。
中は、廊下とは違い、明かりが用意されていた。
魔術灯の白い光の中、部屋の中央に祀られた神像の前にはミイラのように干からびた遺体が安置されている。
その前で公爵はひたすらに祈りを捧げていた。
本来であれば神聖な行為であるはずなのに、ひたすらにおぞましいと感じる。
公爵が祈りを捧げる神像は、フィーネの背丈の半分程の大きさで部屋の中央の台座の上に置かれているのだが、何かわからないものの血で穢され、その足元にも血がついた魔石が山と積まれていた。
神像から離れた場所には、血を抜かれた生き物の死体がそのままの状態で放置されており、礼拝堂にまで漂っていた臭いの原因はそれらのようだ。
(酷い……)
なぜ、このようなことができるのだろう。
そして、改めて神像を見て、フィーネは気がつく。
「陛下。呪いの核は、あの神像です」
「……わかった」
ジークベルトの言葉に、こちらに背を向け神像に一心に祈りを捧げていた公爵が振り返る。
「……わざわざ、この場所へと来てくれて感謝する」
「オーギュスト公爵……」
公爵はわざとらしい笑みを浮かべていた。
「お前をどうやってここまで生きたまま連れてこようかと、これでも悩んでいたんだが、手間が省けた」
「どういうことだ?」
「今日、ここでお前にかけた呪いが成就し、我が妻ジェシカが蘇るということだ――!」
「なっ――!?」
「私から皇帝の座も、妻も、奪うばかりだった太陽神だが……。最後は役に立ってくれた」
そう言うと公爵はテーブルの上にあった神像を打ち倒す。
魔石の上に落ちた神像は、ガチャンと鈍い音を立てて割れた。
途端、神像から湧き上がった瘴気がジークベルトに殺到する。
おそらくは、あの足元にあった沢山の穢れた魔石は、その魔力を神像に取り込まれ、呪いを強化していたのだろう。
「なっ――!」
「陛下!」
ジークベルトが胸を押さえうずくまる。
フィーネも浄化をかけているが、追いつかない。
長い年月をかけ神像へと積み重ねられた瘴気が、それを留める入れ物をなくしたために一気にジークベルトへ襲いかかり、フィーネ一人の力では間に合わないのだ。
「はははは! これで呪いは完成する! 憎き神の加護が、私にジェシカと栄光をもたらすのだ! ……うぐっ」
「陛下をお助けする方法を言えっ――!」
「……そんなものはない!」
護衛としてついてきていたウィリアムが公爵の元に走り、胸ぐらを掴んでいる。
ジークベルトが、苦しげな息をこぼしながらとうとうその場に崩れ落ちる。
(このままでは、陛下が……。陛下まで、私を置いていかないで――!)
フィーネは後のことなど考えず、ありったけの魔力を込めジークベルトに浄化の魔術をかけた。
「月の女神様。お力をお貸しください――」
力を強めた浄化の光が瘴気をジークベルトから押しだしていく。
(でも、まだ、足りない……。どうしたら……)
必死で他に方法がないかと考えていた、その時だった。
ジークベルトが薄く目を開き、金色の瞳と目が合う。
途端、金色の神気があふれ、力強く、眩しい程の力がフィーネへと流れ込んできた。
(これ……太陽神様の神気……? 太陽神様が、お力を貸してくださっている、の――?)
確信はない。
だが、深く考えている場合ではないと、フィーネは流れ込んできた力を使って全力で浄化を試みた。
すると、まるで真昼のような明るさが、地下室に満ちる。
「なっ……! なんだこれは……!」
オーギュスト公爵の戸惑う声が響き、一瞬の後、元の暗闇に戻った部屋の中で、ジークベルトの呼吸は穏やかさを取り戻していた。
瘴気は消え、呪いも全て解けているようだ。
「フィーネ……?」
「陛下……! 大丈夫ですか?」
「あぁ……。フィーネのおかげだ」
ジークベルトが、体を起こす。
ほっと息を吐いた時だった。
オーギュスト公爵の悲鳴のような声がその場に響く。
「ジェシカ――! な、なぜだ!」
振り返ると、神像の前に安置されていた遺体が、さらさらと崩れていっていた。
公爵は一瞬呆然とした表情を浮かべ、すぐにウィリアムを振り払うと、その場で膝をつき、崩れていく体をなんとか止めようとしている。
しかし、どうにもできないと思うと、灰を手でかき集めはじめた。
その頬には滂沱の涙が流れている。
「うそだ……。うそだ――!」
そんな公爵の姿に、フィーネは胸が痛む。
「公爵を拘束をしろ。詳しい話は、地上で聞こう」
立ち上がったジークベルトが騎士に指示を出し、公爵は捕縛されたのだった。




