26.オーギュスト公爵
オーギュスト公爵を待っている間に、お茶が出される。
しかし、誰も口をつけようとしない。
公爵が来る前に、ジークベルトが短く尋ねる。
「どうだった」
静かに首を振ると「そうか」とジークベルトは静かに頷く。
公爵が呪いをかけたのだと、伝わったようだ。
(結果的に、陛下を落胆させることになってしまった……)
ジークベルトはこの結果を予想していたのだろう。
よく考えると、今日護衛として伴われている騎士の数も、血縁の公爵の暮らす場所を訪れるには多いように見える。
(希望を持っていたのは、私だけだったのね……。でも、こうなったら、陛下の呪いは必ず……)
落ち込みながらも決意をしていると、公爵がやってきた。
「陛下。先程は執事が失礼いたしました。わざわざ我が宮にお越しいただく程のことがございましたかな。このように、体が満足に動きませんので、ご用件を済ませた後は早くお帰りになっていただけると助かるのですが」
執事に負けず劣らず慇懃な様子だが、ジークベルトは気分を害した風でもなく言う。
「本日は叔父上に彼女をご紹介したかったのです」
「ほう?」
「彼女はエルマーナ王国の聖女です。私が三年もの間苦しんだ呪いから解放してくれました。長年、寝付いておられる叔父上のご体調をご回復する助けになればと思い、同行を願いました」
「ご紹介にあずかりました、フィーネと申します」
公爵はフィーネの挨拶に頷くと、ジークベルトを見る。
「私に聖女の治療は不要だ」
「彼女の能力は確かなものです。何かご心配なことが?」
「疑っているわけではない。ただ、私は、早く妻のジェシカと再開を果たしたいのだ……」
ジェシカというのは、十二年前に亡くなった奥方だろうか。
既に鬼籍に入った妻との再会――つまりは、死を望んでいるという公爵にジークベルトは言いつのる。
「叔父上のお気持ちは、尊重したい……。ですが叔父上を慕い周りにいる者の気持ちはどうなるのです」
「私を慕っているというのなら、私の気持ちも尊重できよう」
公爵の後ろに佇む執事がつらそうな表情をしている。
その言葉に、ジークベルトも説得を諦めたようだ。
「……では、一つだけ教えてください。三年前、なぜ叔父上は私の呪いを『太陽神によるもの』だとおっしゃったのですか」
「言葉の通りだからだ」
「私の呪いは人の手によるものです。実際、神の呪いではなかったからこそ、今このように回復しております」
公爵は忌々しげにジークベルトを見る。
「皇族は皆、太陽神に呪われているというのに、知らぬのだな」
「それは、どういう……?」
「ああ、だから、聖女などという存在にお前は救いを求めたのか」
「わかるわけがありません。太陽神は、我々と国を守る神です!」
「違う。皇族の不幸が、かの神はお望みなのだ。だからこそ、私もお前も、私から皇帝の座を奪い取った兄でさえ、誰一人幸せな者はいないではないか!」
公爵は続ける。
「太陽神の守護をいただく国というのなら、なぜ、加護の強さで皇帝が決まらぬ――! 兄のもとにお前が生まれなければ、私がその次に皇帝になれたのに……! なぜ、お前は何一つ苦労することなくその地位を手に入れ、私は全てを失わねばならん――!」
「なっ――」
激高したオーギュスト公爵に、ふとフィーネは気がつく。
「陛下。公爵様は瘴気の影響が出て情緒が乱れているようです。一度、浄化をいたします」
「だが、あの様子……。近づくことは許可できない」
「直接公爵様に触れて浄化するのではなく、この場全体にかけてみます。少しは、落ち着かれるはずです」
「わかった。頼む」
だが、そんな会話を聞いていたのか、オーギュスト公爵がフィーネへと視線を向ける。
「私は、ジェシカのためにやり遂げねばならんっ――。私は皇帝となり、蘇ったジェシカが皇妃となる! 邪魔を……、するなっ!」
瞬きをする間のことだった。
公爵から瘴気があふれ、咄嗟に公爵を拘束しようと前に出た騎士がくずれ落ちる。
無事なのはフィーネと、浄化の魔石を持つジークベルトだけだ。
視界を黒く染め上げる程の瘴気が部屋に満ち、視界を奪われた中で、不意に銀色の輝きが見えた。
「危ないっ!」
次の瞬間、固い物がぶつかったような、キンという音が響く。
ジークベルトがフィーネを庇うように前に出て、公爵の剣を自分の剣で受け止めてくれたようだ。
フィーネは後ずさりながらも、部屋に満ちた瘴気の浄化を始める。
数度の打ち合いの後、固く重い物が床に落ちる音が響いた。
「公爵、抵抗はやめろ。この件について話を聞かせてもらおうか」
瘴気が薄くなり、朧気にジークベルトとオーギュスト公爵が対峙している姿が見える。
「――っ、この程度で!」
「なっ――」
公爵がジークベルトの顔をめがけ瘴気の塊をぶつけ、途端、ジークベルトが咳き込む。
「陛下!」
騎士が動けず、唯一動けるフィーネもジークベルトに気を取られた。その隙に、公爵は身を翻す。
「だ、大事ない――、ぐっ」
瘴気が体内に入ってしまったのだろう。
ジークベルトが顔を青くし口許を抑える。
そうしながらも、逃げた公爵を気にしているようだ。
「それよりも公爵を、追いかけねば……」
「まずはお体を優先してください! それにお一人でいかれるつもりですか!」
「すまない。……焦っていたようだ。騎士達にも浄化を頼めるか」
頷くと、ジークベルトに浄化をかけた後に、倒れた騎士達にも同じ事を行った。




