25.オーギュスト公爵邸訪問
数日後。
フィーネはジークベルトと共にオーギュスト公爵の離宮へと向かっていた。
ジークベルトは、今まで何度も訪問を計画したものの、その度に断られているため、今回は直前で先触れを出し、相手が返事をするのを待たずに訪問するのだそうだ。
本来であればマナー違反なのだが、オーギュスト公爵の長年にわたる体調不良を心配した聖女にジークベルトが見舞いを依頼したことにして断行するらしい。
ここ最近、フィーネが貴族への治療活動を始めていたこともあり、急な訪問を周囲に不審に思われることもないらしかった。
思い詰めた顔で馬車の進む先を見つめるジークベルトをこっそりと伺う。
呪いの核が見つかれば、彼は実の叔父に呪いをかけられていたということになる。
叔父が「太陽神の呪い」だと言った件があるので、ジークベルトはその可能性が高いと思っているようだが、あえて疑いを確かめるために動く、その心理的な負荷はいかばかりだろうか。
自分が勧めたものの、考えが足りなかったかもしれないと、後になって反省した。
(どうか、この訪問がいい方向に進みますように……)
フィーネは、ジークベルトに加護を与えた太陽神に、ジークベルトにとっていい結果がもたらされるよう祈るのだった。
オーギュスト公爵の暮らす離宮は、帝都から三時間程馬車を走らせた場所にある。
森に囲まれた離宮で、門をくぐると美しい庭が目に入った。
しかし、フィーネは庭を眺めるどころではない。
(これは……、すごい瘴気だわ……)
建物全体から立ち上るように、瘴気が溢れている。
驚いていると、隣にいるジークベルトが言う。
「どうした?」
「お屋敷全体から、陛下に初めてお会いした時以上の瘴気を感じます」
「それは……」
「瘴気が濃すぎて、核があるのかさえわかりません……」
呪いの核があるのかどうか探るにしても、離宮の中に入り、この瘴気の元凶をどうにかするしかないようだ。
(これだけの量の瘴気……公爵様はご無事かしら……)
会った時のジークベルトの状態を思い出すと、公爵のことも心配だ。
ジークベルトは馬車を降りると護衛の騎士に気を引き締めるように伝えていた。
護衛の中には、ウィリアムの姿も見える。
そうしていると、中から出迎えのために執事が姿を現した。
初老の執事は、瘴気の影響を受けているのか顔色が悪く頬がこけていた。
ジークベルトが皇帝であるということは理解しているようだが、その姿に動揺することなく慇懃に言う。
「申し訳ございません。先触れをいただきましたが、あいにく旦那様は陛下にお目にかかれるようなご体調ではございません。お返事をする間もなくご到着になったため、この場でのお伝えになり誠に申し訳ありませんが本日はお引き取りいただきたく存じます」
「気遣いは不要だ。エルマーナ王国から来た聖女殿が公爵の不調を知ってな。私の叔父であることから治療を特別に試みてくれるという。だから聖女殿の気が変わらぬうちにと思って参った次第だ。公爵の元まで案内せよ」
わずかに眉を寄せ執事は頭を下げる。
「格別のご配慮痛み入ります。ですが、陛下と聖女様をお迎えする準備もなく、また旦那様のご体調は当家の問題にございますれば、聖女様の治療はご遠慮いたしたく存じます」
「公爵の長年体調がよくないという言葉に、夜会への参加も免除してきた。だが、聖女の治療が不要と言うなら、今度の夜会には出席せよ。また、公爵には、お前の私への対応を鑑み、執事への教育を怠り私への不敬を働いた罪で、宮殿へ来て釈明を要求する」
「なっ――」
「我が言葉を、一介の執事が断れるとでも思っているのか。それとも、貴殿は公爵に対し、わざと聖女の治療を受けさせず、公爵の命を縮めようと企んでいるのか。そうであるならば、私も容赦はしない」
淡々と告げるジークベルトに、背後に立つ騎士達が一歩圧をかけるように近づき、執事は顔色を青くする。
その時だった。
「アーサー、お前はいつの間に私より偉くなったつもりだ」
ホールにある階段の上から厳しい声が響く。
ジークベルトと同じ金髪ながら、その髪には白いものが多く混じっている。さらには、右目を眼帯で覆い、杖をついた痩せた男性がそこにいた。
残された左目は、金というよりは黄色く濁っている。
(彼が、オーギュスト公爵……)
その身には、ジークベルトと最初に会った時以上の瘴気がまとわり付いていた。
(何年分の瘴気かしら……。とてもここ数年の様子ではないわ)
フィーネの目には、彼の姿はともすると黒い塊として見える。
そして公爵のまとう瘴気は、時折ジークベルトへと襲いかかるように吹き上がり、彼の体へと入り込もうとしていた。
ジークベルトがそれらを浴びて無事なのは、念のため以前ぬい活教室を開いた際にシャルロットからもらっていた『聖女の加護石』と同じ効果を持つ魔石に浄化魔術を込めたものを渡しているからだ。
(呪いはオーギュスト公爵が仕組んだものなのね……)
そう理解せざるをえない。
ジークベルトは気づいているだろうか。
隣を窺うが、静かな横顔には何の感情も浮かんでいなかった。
「旦那様……! お目覚めになられて……! わ、私は、ただ……」
「言い訳はいい。客人を応接室に案内せよ」
「――畏まりました」
執事は、フィーネ達を離宮へと迎えいれた。




