24.ネックレスの来歴
当時、社交界はジークベルトの父である皇太子派とその弟――現オーギュスト公爵の皇弟派に別れており、皇太子派で、オーギュスト公爵とのつながりがないフィーネの母が侍女として宮殿へと上がることになったそうだ。
だが、どうして貴族の生まれで侍女として仕事もしていたのに、全てを捨ててエルマーナ王国で暮らしていたのだろうか。
疑問を浮かべるフィーネに、ジークベルトが言う。
「母は結婚して数年、子ができないことに悩んでいたらしい。しかし、フィーネの母が飲み物に、妊娠を阻む性質がある毒物が含まれていることに気がついたのだそうだ。そのことで、私の母が褒美としてイヤリングを渡したらしい」
それで魔力を通すと、皇族の紋章が浮かび上がるような特別な品をいただいたのか。
「侍女となり、そのような功績を立てたのに、母が身分を捨てエルマーナ王国に向かった理由は、何だったのでしょうか」
「……実行役は捕まえたものの、毒を仕込むよう指示した者は捕まえることができなかった。おそらくは身の危険を感じることがあったのだろうな。ある時、突然侍女を辞め、国を出たそうだ」
「それで……」
「フィーネの母君を守り切れず、遠くに追いやるような結果となってしまい、本当に不甲斐ない……。フィーネの母君がいなかったら、私は生まれていなかったというのに……」
「へ、陛下! 顔をお上げください。陛下のせいではありませんから!」
「……そう言ってくれるか。だが、過去のこととはいえ、もし当時フィーネの母君を守れていたら、フィーネも貴族として生きていたかもしれない」
申し訳なさそうにするジークベルトに、フィーネは言う。
「いいえ。もしそうであれば私の父とは出会わず、私も生まれていないかもしれません」
フィーネの父はエルマーナ王国で町の警備に携わっていたらしい。
母が困っていた時に助けてくれたことが、出会ったきっかけだと聞いている。
「私が覚えている限り、母は幸せそうでした。きっと、つらいことばかりではなかったと思います」
母は、帝国を離れたものの、エルマーナ王国で幸せを見つけた。
だからこそ、こうしてフィーネが生まれているのだ。
そう思えば、過去のことはなるべくしてそうなったのだと受け入れられる。
(それに、女神様の加護をいただけたのも、私がエルマーナ王国で生まれたから……)
もし何かが違って、帝国で貴族として生まれていたら、女神の加護は授かっていなかっただろう。
神々は国を超えて加護を授けることもあるが、それは滅多にあることではない。
そうなれば、推しに出会うこともない人生を送っていたはずだ。
(それとも、両親もいて、推し活にも目覚めて、いつかエルマーナ王国に行きたいと思って生きていたかしら……?)
考えても、わからない。
ただ、ジークベルトの話には気になることがあった。
「ところで、陛下のお母様――皇妃様に毒が盛られたのに、真犯人は捕まらなかったのですか?」
「叔父のオーギュスト公爵が一番に疑われ、調査をしたようだ。だが証拠が見つからず、別の人間の犯人説が浮上し、そちらを重点的に調べたと聞いている。ただそちらも、犯人ではなかったようだ。そうする間に、関係者が殺され、調査が行き詰まってしまったらしい」
ということは、フィーネの母も逃げていなければ、殺されていた可能性もある。
そのことを考えると、心の奥にひやりとしたものを感じる。
「……では、陛下の呪いについては、どうなのですか? オーギュスト公爵はご関係がないのでしょうか」
思わず聞いてしまったが、聞くべきでは無かったかもしれない。
ジークベルトが珍しく表情を固くしている。
「断言はできない……。ただ、限りなく、疑わしいのではないかと思っている。呪いが太陽神によるものと言ったのは、公爵なんだ」
目を見開くフィーネに、ジークベルトは淡々と言う。
「三年前。私の体調不良が呪いだとわかった際に、まず王都の神殿を頼った。神官長である叔父は伏せっていると聞いていたため、神殿を頼ろうと思ったのだ。だが、神殿からは、神官長たる公爵が『現皇帝は太陽神に呪われているから、力になれない』そう言っているため、助けることはできないと拒絶された」
ジークベルトはつらそうな表情で続ける。
「どういうことか話を聞こうと、公爵に何度も面会を求める手紙を書いた。だが、無視され続け、ようやく届いた返事には『お前は国の守護神たる太陽神に呪われている。どんなにあがこうと、人の身で呪いを解くことはできない。諦めろ』ということが書いてあった」
「――え、そんな……」
「そして、その頃には、私は太陽の光を浴びることもできず、人に触れることもできなくなり、生きる気力を無くしていた」
出会った時の、どこか人を拒絶した雰囲気をまとったジークベルトを思い出す。
呪いのせいもあるだろう。
でも、それ以上に、身内である叔父や、助けを求めた神殿に拒絶されたことが、大きかったのかもしれない。
「フィーネに呪いが人の手によるものだと言われてから調査を始めたが、証拠はまだ出ていない。一応、他に怪しい者がいないか、呪いの核を探すのと並行して調査をさせている。だがどんなに調査を進めても、他に怪しい者は出てこないのだ。だから、叔父が主犯の可能性は高いのではないかと思っている」
そういえば、ジークベルトに呪いの核の調査状況を尋ねた際に、返事にどこか違和感があった。
それはこのことを、フィーネに黙っていたからなのだろう。
ジークベルトにとって、オーギュスト公爵はたった一人、この世に生きている血縁だ。
父親と叔父の間に確執があり距離を置かれているとはいえ、その人を疑い、証拠を探す作業はどれだけ心に負担をかけただろう。
ジークベルトは今まで、その苦悩を見せないように振る舞っていたのだと思うと、フィーネはじっとしていられなかった。
「確かめに、行きましょう!」
「確かめる……?」
「私は、母がどんな気持ちでエルマーナ王国に向かったのか、わかりません。私や父に向かって微笑んでくれながら、内心、故郷に戻りたいと思っていたかもしれない。もうそれはどうしたって、わからないのです。だから、聞けるうちに聞きましょう! 公爵様の気持ちは、聞かなければわかりません」
唖然とするジークベルトに言う。
「それに、証拠が出ていないのならば、どんなに可能性が高くても、そうでないという可能性も残ります。もし呪いなどは関係なく、ご病気で苦しまれているのなら、お力になりたいです」
「……フィーネはどうしてそんなに前向きでいられるのだ」
「前向き……でしょうか。私はただ、陛下にお健やかに生きていてほしいのです。想像することしかできませんが、呪いという誰かの悪意が生んだものが、ずっとそのお体のうちにあるのは、とてもお辛いと思います。ただでさえ陛下はこの国を背負っておられるので、私にできることで助けて差し上げられたらなと思うのです」
「そんな風に思ってくれていたのか……」
「嫌だと思われるのでしたら、無理には申しません。ですが、区切りをつければ、前に進めることもあります」
「確かに、そうだな……。フィーネが側にいてくれるのなら、なんだかいい方に向かう気がする。共に来てくれるか?」
「もちろんです!」
どこか覚悟を決めた顔で、ジークベルトは礼を述べるのだった。




