22.メイダー侯爵夫人のお茶会
よく晴れた空の下、お茶会の会場であるメイダー侯爵家へと向かった。
「本日は、ようこそお出でくださいました。今日は聖女様とお会いできることを楽しみにしておりましたの。足を運んでいただき、嬉しいですわ」
「エルマーナ王国の聖女フィーネです。どうぞ、フィーネとお呼びください。本日はよろしくお願いします」
暖かく迎えられ、サロンへと案内される。
しかし、そこに用意されている席は一つ。
困惑を浮かべるフィーネに、夫人は言う。
「いかがなさいましたか?」
「ご招待は、私だけですか……?」
「少々内密のお話がありましたので」
まずはお茶をいただきましょうと、目の前にみずみずしいフルーツが飾られたお菓子とお茶が用意される。
(あ、いい香り……)
宮殿のお茶とは違うが、好きな香りだ。
この国に来てから、すっかり貴族の食べ物の味に慣れてしまった。
おいしいお茶とお菓子でもてなされ、気がつくと最初の緊張はほどけていた。
「フィーネ様は、民のために慈善活動として聖女のお力を振る舞われていると伺います。素晴らしい試みだと思いますが……。それは、貴族でも同様に助けていただけるのでしょうか」
「もちろんです。夫人か、ご家族の誰かがどこかお悪いのですか?」
「いえ。侯爵家として面倒を見ている家門の者が不調なのです。他家のことに口を挟まないようにはしておりますが、その家のご令嬢から相談を受けまして、私からお願いをしてみると約束したのです」
その言葉に、フィーネは詳しく話しを聞くことにした。
困っているのは、レガット伯爵家のご夫人らしい。
「本当ならエルマーナ王国に向かうべきところなのですが、馬車での長旅も厳しいと医者に止められているのだそうです。しかし、その医師にも治す手段はなく、ご令嬢はただ弱っていく母の姿を見守るしかできないと……どうかお願いいたします。レガット伯爵夫人は、私もお世話になった方なのです」
「そういうことでしたら、もちろんです」
「ありがとうございます……! このお礼は、必ずいたします」
メイダー侯爵夫人は感激した表情を浮かべる。
その様子に、ふとフィーネは思いつく。
(今、聞いてみるべきではないかしら……)
「お礼などは結構です。ただ、代わりに教えていただきたいことがあるのです」
「……どのようなことでしょう?」
「オーギュスト公爵について、伺いたいのです。陛下の叔父君ということは聞いておりますが、どのような方ですか。夜会で体調を悪くなさっているという話を耳にしまして、気になっているのです」
フィーネの言葉に、侯爵夫人は納得した様子だ。
「私にわかる範囲は限られておりますが、それでもよろしければ」
そうして、知っていることを話してくれた。
オーギュスト公爵は、ジークベルトの父にあたる前皇帝の二歳年下の同母の弟であるそうだ。
若い頃は前皇帝と皇太子の椅子をかけ争っていたものの、皇太子の地位が前皇帝に正式に決定すると共に、現公爵位を授けられ神官長の地位に就いたらしい。
結婚はしているものの、子はなく、夫人も十二年前に亡くなっている。
夫人が存命の折には年に数度ではあるが、社交界にも姿を見せていたという。
しかし、夫人の逝去後は姿を見かけなくなり、神官長の任も副神官長にほとんど任せきりになっているそうだ。
そのような状態が許されているからこそ、お役目を果たせない程に体調が悪いのではと囁かれているらしい。
「そして、こちらは広くは知られておりませんが、公爵様は前陛下と皇太子の地位を争っておられた頃から、前陛下の暗殺を幾度も試みられていたという噂がございました。前陛下夫妻の事故も、事故として発表されておりますが、公爵様の関与があるのではないかと囁かれています」
「そんな……」
カップに口をつけると、侯爵夫人は続ける。
「それに最近までは、陛下のご不調も、なんらか公爵様が関わっていると考える者も多くいました。陛下がお元気な姿を見せられた後はその噂も消えましたが、そのような噂が上る程には、前皇帝陛下との確執は深く根深いものだったとご理解いただければと思います」
話を聞く限り、オーギュスト公爵は限りなく怪しい。
だが、それならばジークベルトも調査を行っているだろう。
「そして公爵様の体調の件ですが、私の記憶では、公爵様は足を悪くされていらっしゃったようです。今から約十二年前、公爵夫人が亡くなられる直前の夜会でのことです。公爵様はまだ三十代に入られたばかりだというのに、杖をつかれていて、足をお悪くされたのかと不思議に思ったのです」
「それまでは、ご健勝だったのですか……?」
「はい。特にそのような話は聞いたことがありませんでした」
その話を聞いて、フィーネは考え込む。
(前皇帝陛下との対立も、ご不調という話も本当だったのね……)
沈んだ様子のフィーネに、メイダー侯爵夫人は申し訳なさそうにしている。
「聖女様には、あまりお聞かせするべきお話ではなかったかもしれません。聞かれたからと、つい話をしすぎてしまいました」
「いえ。私が伺ったことですから。大変、参考になりました。言いにくいことまで、貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました」
夫人はほっとした様子だ。
「レガット伯爵夫人の件、どうぞよろしくお願いいたします」
「もちろんです。早いうちにご訪問したいと思います」
その後は、レガット伯爵家への訪問の打ち合わせをして、お茶会を終えるのだった。




