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生け贄聖女は推し活したい~呪われた皇帝のために「死んでこい」と言われましたが、推しを愛でられるならかまいません!~  作者: 乙原 ゆん


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20.夜会3

 気がついてしまった感情について、フィーネは一旦、考えるのをやめた。

 今は夜会の最中で、ぼうっとしていればジークベルトにも迷惑をかけてしまう。


 そうして、貴族達から一通りの挨拶を受け、喉を潤していると緊張した様子の侍従がジークベルトの元へとやってきた。


「陛下、あちらで辺境伯様が少しだけ話ができないかと申しておられるのですが」

「フィーネを一人にはできまい」

「ですが……」


 侍従は困った様子を見ていられず、フィーネは言う。


「私は大丈夫です。こちらで控えておりますから。警備の騎士様方もいらっしゃいますし、辺境伯様とは滅多に直接顔を合わせる機会がないのだと伺っています。どうぞそちらをご優先なさってください」

「……申し訳ないが、少しだけ席を外す。あまり待たせないようにすぐ戻る」


 そう言い置いて、ジークベルトは侍従の案内で人混みの中に紛れていった。


 大丈夫だとは言ったものの、ジークベルトが側からいなくなると、なぜだか途端に心細く感じられる。


(陛下が恩人として扱ってくださるとはいえ、私は他国から来たただの聖女で、顔見知りも宮殿で働いていらっしゃる方ばかりだものね)


 推し活教室に来てくれた侍女達は貴族出身だが、宮殿に仕えており今日ももてなす側で参加しているため、会場内にはいない。

 フィーネに話しかけにくる者もいないため、壁際に寄って会場を眺めることにした。


(……この中の誰かと、陛下はご結婚なさるかもしれないのね)


 一人になった途端、先程抑えた想いがあふれてくる。

 こんな時でなければ、この夜会の様子も神話にある神々の宴のシーンだと思って、楽しめたのかもしれないが、今はとてもそんな気分にはなれなかった。

 ぼんやりと会場の様子を眺めていた時だった。


「――やはり今回も、オーギュスト公爵はいらっしゃっていないな」

「前皇帝陛下と公爵閣下はあまり仲がよろしくなかったから、甥にあたる陛下との関係も冷えているのだろうよ」

「お体の調子が悪いと聞いているが、違うのか?」

「確かに、王都にある太陽神の神殿の神官長を務めておられるが、陛下がお倒れになる前から、あまりお姿をお見かけしなかったな」

「おい、あまり言うと不敬だぞ」

「確かに。陛下のお姿が見えないとはいえ、軽率に閣下の話をしない方がいい。不興を買うと、出世に響くかも……」


 耳に聞こえてきた声に、はっと我に返る。


(陛下は叔父の公爵様と、あまり仲がよろしくないの……?)


 話をしているのは、ワインを片手に集まっている男性のグループだ。

 家庭教師からはジークベルトの叔父にあたるオーギュスト公爵について「滅多に夜会に出られない方で、今回も欠席をされるからご挨拶することはない」としか聞いていない。

 噂なので話半分に聞かなければいけないと思うが、実際のところはどうなのだろうか。


(でも、ご体調が悪いのなら、私に依頼があるかもしれないわね……)


 たとえ本当に仲が良くなくても、ジークベルトの身内であり、皇族なのだ。

 声がかかる可能性はあるだろう。

 少しだけ心に留めて置こうと思っていた時だった。


「聖女様、お一人ですか?」


 先程挨拶をしたクラッセン侯爵夫人エリーゼが一人やってきていた。

 男性達の話に気を取られ、彼女が近づいて来ていたのに気づかなかったようだ。

 彼女の夫の侯爵の姿を探すが、彼は別の男性と話し込んでいた。


「陛下は、少し席を外されておりますが……」


 エリーゼに話しかけられるような接点もなく首を傾けていると、彼女は美しく微笑む。


(流石、陛下の元婚約者様だわ……)


 そう考えた途端、そんな場合ではないというのにズキンと胸が痛んだ。


「聖女様と少しお話がしたくて参りましたの」

「私と、ですか……?」

「ええ。どうして、もう少し早く帝国に来ていただけなかったのですか……?」

「え……?」

「聖女様が陛下をもっと早くに癒やしていただけていたのなら、私は婚約解消する必要もなく、陛下のお側に今もいられたのです……」


 切なげに言いつのるエリーゼに、フィーネは頭が冷えていく。

 おそらくこの会場にいる貴族の大半は、ジークベルトの呪いは解けたのだと思っているようだ。

 噂はそのままにしてあるようだし、ジークベルトもそう見えるように振る舞っている。


 フィーネが呼ばれた本来の理由を知らないのもあるのだろう。

 呪いを肩代わりさせるために神の加護を持つ者を探し、結果的には後ろ盾がない平民の聖女が立候補して帝国にやってきたという話は、声高にする話ではない。

 だが、フィーネのせいでジークベルトと結婚できなかったと言いたげなエリーゼに、普段は滅多に怒らないフィーネではあるが、思わずきつい言葉がこぼれていた。


「そうお思いになるのなら、婚約の解消をしなければよろしかったのではないのでしょうか」

「聖女様は平民のご出身とか。ですので、おわかりになられないのでしょうね……。婚約は家の決め事。侯爵である父の決定は絶対なのです」


 瞳を潤ませるエリーゼと、フィーネは向き合う。

 端から見たら、悪いのはフィーネにも見えそうだ。

 でも、先程、クラッセン侯爵といた時には、彼女も侯爵の存在を夫として受け入れているようにも見えた。

 でなければ、侯爵のエスコートなどに対して、もう少しぎこちなさがにじんでいただろう。

 結婚して一年以上経つとも聞いている。


 ただ、フィーネには貴族の婚姻事情はわからない。

 苦情を言われるのは違うと思うが、このエリーゼはフィーネを悪者にしたいようだった。

 そうやって、心の整理をつけたいのかもしれないが、それをフィーネに求められるのは違う気がする。

 どう言おうと考えていると、不意に声が割り込んだ。


「私達は納得して、婚約解消をしたのだと思っていたが?」


 エリーゼと共にそちらを見る。


「陛下……!」

「フィーネ。一人にしてすまなかった」

「いえ、何もありませんでしたので」


 そうだろうかという表情を浮かべ、彼はエリーゼをちらりと見るが、ぶたれたり、飲み物をかけられたりしたわけでもない。

 ただ、話をしていただけだ。


「……フィーネが言うのなら、そうなのだろう」


 そうして、ジークベルトはフィーネの隣に立つと、エリーゼの方を見る。


「クラッセン侯爵夫人は誤解しているようだが、たとえ、フィーネが来てくれたのがあなたとの婚約中だったとしても、いずれ婚約は解消していただろう」

「どうしてですか……」


 悲しげに尋ねる夫人に、ジークベルトは表情を消して言う。


「では問うが、私が、一番つらい状態にいる時に、婚約者として夫人が私に何かしてくれたことはあったか」

「それは、お見舞いを……」

「確かに見舞いの品は届いていた。しかし、直接夫人が来てくれたことは一度もなかったな。途中で病ではないと分かったため婚姻を早める話しも出たこともあったが、婚姻関係となった後、自分も呪われるかもしれないとそれも拒否していただろう」


 息を呑むフィーネに対し、エリーゼは沈黙している。


「婚姻を太陽神に誓う際の文言は夫人も知っているだろう。『病めるときも健やかなる時も』というアレだ。私は、寄り添う姿勢の見えない夫人の態度に、あなたとはやっていけないと思った。ただ、私の体調不良も普通の病が原因ではなかった。正体がわからないものを怖いと思う、その心理は理解できる。だから瑕疵とせず、婚約解消としたのだ」

「……では、聖女様は陛下に相応しいお方なのですか」


 エリーゼは問う。


「そのことを夫人に問われる筋合いはない。ただ、一つ言えるとするならば、フィーネは触れるだけで相手を傷つける、そんな存在に陥っていた私を怖がりもせず、手を握って浄化をしてくれた」


 驚愕の瞳でエリーゼや、聞き耳を立てていた貴族達から見つめられ、居心地が悪い。

 正確には、手首を掴んだのだが、フィーネはジークベルトの言葉に頷いた。


「当時の私は、必死だっただけです」

「そうだとしてもだ。私はフィーネ以外のどんな聖女が来たとしても、皆にこのように健やかな姿を見せることはできなかっただろう」


 微笑みかけられ、目を見開く。

 そんな風に思われていたなど、考えもしなかった。

 静まりかえったホールを、侯爵が青ざめた様子でやってきた。


「陛下。妻が、失礼をいたしました」

「謝罪は私にではないだろう」

「聖女様。申し訳ありません。どうか、ご寛恕の程をお願いいたします……」


 貴族としての立場を守るために必要なことではあるが、その必死さに、侯爵はジークベルトに未練を残す妻であってもエリーゼのことを大切にしているのだろうと感じた。


「……年頃も近く、私の立場が聖女ということもあり、夫人はつい心の迷いを漏らしてしまわれたのでしょう。月の女神ディアーナ様の加護をいただく者としては、人の悩みに耳を傾けるのも務めと思っております。ですので、思うところはありません」


 フィーネの言葉に、エリーゼとその夫の侯爵も、目に見えてほっとした様子となる。


「ただ、今後は心のうちを打ち明ける時は、このような場ではなく太陽神様の神殿へと行かれてください」

「感謝いたします」

「聖女様のお心を煩わせ、申し訳ありませんでした……。妻にはよく言い聞かせます」


 侯爵の言葉に、エリーゼが頭を下げる。


「クラッセン侯爵。そして夫人。フィーネに免じ、場を騒がせたことについては不問とする。ただ、私は最初にフィーネに対し私と同等の敬意を払うよう伝えたはずだ。その言葉が守られなかった件については、責任を問うつもりだ。追って沙汰を伝えよう」

「申し訳ありませんでした」


 侯爵夫妻はもう一度、頭を下げると会場を後にした。



 その姿を見送って、ジークベルトが言う。


「さて、フィーネ。こんな空気のなかで誘うのは大変気が重いが、一曲踊ってもらえないだろうか」

「……喜んで」


 場の空気を改めるためでもあるのだろうと、ジークベルトが差し出した手に、己のを重ねる。

 人々が道をあけ、ダンスホールの中央へと向かった。


 貴族達の注目の中、向かい合って立つと曲が始まる。

 練習を重ねたせいか、ジークベルトとは会話をしながら踊れるようになっていた。


「フィーネ、私の夜会で不快な思いをさせて申し訳ない」

「先程申したとおり、気にしておりません。それに陛下が庇ってくださいましたから」


 心からの言葉だった。

 気になるのは、むしろエリーゼの方だ。

 ジークベルトに告げられた言葉に、エリーゼはショックを受けているようだった。

 だが、ジークベルトの言葉が真実なら、彼女の当時の様子を見て、彼女の両親はジークベルトとの婚約解消を決め、年上の侯爵との婚姻を決めたのかもしれない。


 それに、少なくとも侯爵とはうまくいっているようだ。

 以前の婚約者――というか、皇帝の妻という立場に未練がありそうなエリーゼに対し、侯爵は、妻を庇い「申し訳ない」とフィーネに頭を下げていた。

 彼女が立ち直り、侯爵の気持ちに向き合うことができたらいいと思う。


「どのような罰をお与えになるのですか? あまり、酷いものではないといいのですが」

「フィーネがそう言うなら、侯爵には罰金、夫人には三ヶ月間の社交界への立ち入り禁止、くらいに留めておこう」


 あまり酷い罰ではないようで、ほっとする。


「フィーネは、優しいのだな」


 柔らかく笑みを浮かべるジークベルトにそんなことを言われ、思わず動揺してしまう。


「おっと、大丈夫か?」

「も、申し訳ありません……。練習ではこんなことなかったのですが……」

「予定外のことも多かったからな。これが終われば、早めに退席しよう」


 ステップが崩れかけたところを難なくフォローしてくれたジークベルトに感謝しつつ、その後は気を引き締めて踊るのだった。

本日も2回更新します!

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