16.夜会に誘われました
ジークベルトはフィーネに次の予定がないことを確認すると、帰り道に皇族用の庭へと寄ってくれた。
「今日は早く行きすぎて、すまなかったな。フィーネが教室を開くと聞いて、様子を見ておこうと思ったんだが逆に気を遣わせてしまった」
「いえ、皆様喜んでおられましたから、大丈夫だと思います」
むしろ、推し活教室への参加者が増えそうだ。
「そういえば可愛らしいものを作っていたな。ぬい、だったか。誰をモチーフにしたのだ? フィーネは、神々のぬいを飾っていただろう。他にも推しの神がいるのか?」
「えっと……」
答えづらい質問に言葉を探していると、ジークベルトが首を傾げる。
「何かいけないことを聞いてしまっただろうか」
「……いえ。その、陛下のぬいを作っていましたので、言いにくかったのです」
小さく息を呑む声が聞こえ、恐る恐る尋ねる。
「お気を悪くされましたか?」
「……いや、そんなことはない。ただ以前、推しは、見て癒やされたり、元気をもらったりする対象だと言っていただろう。だから、勘違いかもしれないが、自分がそんな存在だと思われているのかと思って、不思議で」
「そんなことはありません! 陛下はあれだけの量の瘴気を宿して、生きておられたのです。苦しく、大変だったと思います。呪いはまだ解けていないとはいえ、陛下が今こうしてお健やかでいらっしゃることは、尊く、嬉しいことだと思っています!」
「……フィーネにそのように言われると、嬉しいものだな」
噛みしめるように微笑む彼の姿にドキリとする。
(なんで、こんなに陛下のお言葉や笑顔に、心臓がおかしくなってしまうのかしら……)
慈善活動で遅くなった日に迎えに来てくれて以来、ジークベルトの言動に、いちいち心臓が跳ねてしまう。
そして今も、降り注ぐ太陽の光の下、ジークベルトの金色の髪は光を弾き、その輝かしい美しさにともすればじっと魅入ってしまいそうだ。
見蕩れかけた自分に気がつき、フィーネは会話に集中しようと気を引き締めた。
だがその覚悟も、ジークベルトが言い出した内容に吹き飛んでいく。
「ところで、時間ができたらで構わないが、私にもフィーネのぬいを作ってくれないか」
「え、私の、ですか……?」
ジークベルトは、当然だと頷く。
「推しは、婚約者に限らないのだろう? フィーネは、言葉でも、聖女としての力でも、私のことを救ってくれた。清廉な心を持ち、一生懸命な頑張り屋のフィーネを、私も推したいと思ったんだ」
「そんな、恐れ多いです……!」
「やはり、ダメか……? ああ、自分のぬいを作るのは、フィーネも嫌かもしれないな。なら、他の侍女にたの――」
「い、いえ、嫌なわけではないので……! ……っ、私が作ります」
「ありがとう。楽しみにしている」
にこりと笑みを浮かべるジークベルトの横で、フィーネは自分の言動に首を傾けていた。
(なんで、私……。他の人が作ったぬいを陛下がお持ちになるのは嫌って思ったの……?)
理由はわからないが、これ以上この話を続けると心臓が保たない気がして、フィーネは話題を変えることにした。
「と、ところで、呪いの調査の方に何か進展はありましたか?」
真面目な話を振ると、ジークベルトは表情を引き締める。
「……今のところはない」
「そうですか……」
「フィーネには毎日負担をかけているから、疲れさせてしまっているだろうか?」
「神殿にいた頃も毎日、誰かに浄化魔術や治癒魔術を使っていましたから、問題ありません。ですが、陛下のお体が心配なのです。見つかったらすぐに教えてくださいね」
「……もちろんだ。ところで、私も聞きたいのだが、フィーネは、エルマーナ王国に早く帰りたいと思っているか?」
言われたことが意外で、目を瞬かせる。
「そんなに驚くことだろうか。フィーネとしては、推しである女神ディアーナの膝元で聖女として働く方が、楽しいのではないか?」
「考えたことがなかったです。聖女として働くのは、そうでなければ神殿にいられなかったからで……。楽しいかと言われれば、今の方が楽しいかもしれません」
「そうなのか?」
ジークベルトの言葉に頷く。
「それに聖女としての力は、どんな場所でも役立たせることができます。そして、女神様の教えにも『人や国を選ばず、人を癒すように』とあるので、場所にこだわりはありません」
そして、とフィーネは付け加える。
「ずっとひとりで『推し活』をしていたので、誰かと一緒に推し活をする楽しさは、帝国に来てから知りました。侍女のカレンさんが、キラキラした目で推し活をしてよかったと言ってくれて、今日推し活教室で皆さんが楽しんでくれている姿を見て、誰かと推し活をするのは、とても楽しいし、嬉しいと思いました。それは、こちらに来て、皆様に出会えなかったら、できなかったことですから」
「推し活が好きなのだな」
笑みをこぼすジークベルトにふと疑問を尋ねる。
「陛下は、皇帝のお仕事、楽しいと思われますか?」
目を瞬かせるジークベルトに、フィーネは言葉を重ねる。
「呪いを受けても、皇帝を続けられていたのですよね。皇帝をやめたら、呪った人が諦めるのではないかなど、考えたりはなさいませんでしたか? もちろん、簡単にやめられることではないと思いますが」
「……考えたことがなかったな」
踏み込み過ぎた質問かと思ったが、気を悪くさせたわけではないようだ。
少しの沈黙の後、ジークベルトが続ける。
「両親は、この国に暮らす全ての人が豊かで安全に暮らせるよう苦心していた。幼い頃からずっとそういう両親の姿を見て、私も将来は跡を継ぎ、この国の民を守るために皇帝になるのだと思っていた。だが、そうだな。民の笑顔を見るのは好きだ。苦労して通した政策で、多くの者を救うことができたと聞くと嬉しいと思う。楽しいことばかりではないが、……この役目を誰かに譲りたいとは思わない。フィーネに言われなければ、気づかなかったな」
なんだか大事な物を見つけたようにはにかむようにジークベルトは笑う様子に、フィーネは不思議と目を奪われていた。
「……こちらに向かう道中で通ってきた、町や村は、とても豊かな様子で活気がありました。きっと、陛下や陛下のご両親が心を配られてきたからなのですね」
「そんな風に言われると、なんだか落ち着かないが、嬉しいな。今後も、そう言ってもらえるよう、気を引き締めて政務にあたろう」
柔らかく微笑まれ、そんな場合ではないというのに心臓が高鳴る。
「さっきの質問だが、たとえ生涯呪いに苦しめられようと、私は民が許してくれる限り皇帝でいたいと思う」
太陽の光を全身で浴び前を向くジークベルトの横顔を見て、フィーネは天啓が降りたような気がした。
(もしかして、私、陛下のことも推しになったの……?)
少し、違うような気がするけれど、でも、ジークベルトが憂いなく、皇帝という職務に向き合えるようになってほしいと思う気持ちは、推しへの思いととても似ている。
(違いがあるのは、陛下が神様ではないからよね……!)
一人納得していたところで、ジークベルトが申し訳なそうな顔で付け加える。
話はまだ終わっていなかったようだ。
「それと、もう一つ、大事なお願いがある」
「なんでしょう?」
「貴族達に懇願され夜会を開くことになった。その夜会に、パートナーとして出てくれないか」
「私でよろしければ……。ですが私は夜会に出たこともありませんし、マナーも知りません。ドレスなどもないですが、大丈夫でしょうか……」
自分で言ってなんだが、懸念事項ばかりだ。
「身につけるものは私が手配するから安心してほしい。フィーネが側にいてくれるだけでいいのだ。心配なら教師も手配しよう」
「是非、よろしくお願いします」
「私だけではなく、この国のためにも忙しくしてくれているのに……感謝する」
帝国の夜会とはどんなものだろう。
全く想像もつかないが、ジークベルトの困っている様子に、是非協力したいと思うのだった。




