11.カレンに推し活を布教します
巨匠メルキオッレの壁画をジークベルトに見せてもらってから一週間後。
フィーネはとある計画を立て、その実現に向けて動いていた。
ジークベルトの浄化は日に一回、朝のみの浄化に減らせたので、折角帝国に来ているのだからと町の人々のために加護の力を使おうと思い立ったのだ。
それに呪いの核はまだ見つかっていない。
町に出れば、気が付くことがあるかもしれないし、聖女として慈善活動を行うのであれば、違和感なく宮殿の外に出られる。
(貴族の方々も期待されていたみたいだけど……)
折角、魔術を振る舞うなら、まずは普段、病気になっても気軽に医者を呼べない人達にも手を差し伸べたい。
ジークベルトと話をしたところ、彼もフィーネの意見に賛成で、寝付いていた三年間、民のために何もできなかったからと彼の個人資産で活動の援助をしてもらえることになった。
ただ、月の女神の加護を持つ聖女が多くいるエルマーナ王国とは違って、帝国ではフィーネが考えているような慈善活動の形式は実績がない。
そのため、計画を出して、人の手配や、当日の必要な物品の準備を行っていた。
(今までこういった作業は神官長様がされていたから知らなかったけれど、結構大変なのね……)
ジークベルトの浄化に影響が出ないよう、無理はしすぎないようにしているが、慣れない作業は神経も体も疲れる。
フィーネが消耗している様子を見て、今日は浄化以外は休んだ方がいいと、ジークベルトにお休みを与えられていた。
(お休みと言われても、何をしようかしら……)
神殿にいた頃は、お休みなんてあるようでなかった。
例えお休みでも、神官長や他の貴族聖女に呼び出されたら、対応しないわけにはいかない。
手持ち無沙汰でぼんやりとしていると、部屋に作らせてもらった祭壇に飾っているぬい達と目が合った。
(そうだ! 推し活! 最近、全然できていなかったから、やっぱりこれしかない……!)
彼らはエルマーナ王国を出立する直前に着替えさせた夏服を着たままだ。
(……せっかく帝国に来たんだし、帝国風の衣装を着てもらうのも楽しそうね!)
我ながらいい考えだと、ぬい達を並べデザインを考えはじめる。
今日は休みにすると宣言していたのに、結局机に向かい始めたフィーネに、カレンから恐る恐るといった様子で声をかけられた。
「あの、フィーネ様。今日はお休みになられると伺っていたのですが……」
「大丈夫です! これは、趣味ですから!」
「趣味、ですか?」
「そうです! ぬい達のお洋服を考えていました。だから、気にしないで大丈夫です」
「ぬい達……? このぬいぐるみ達のお洋服、ということですか?」
フィーネが頷くと、カレンが祭壇を見つつ、言いにくそうに尋ねた。
「以前からお尋ねしようと思っていたのですが、こちらのぬい達は、どういったものなのですか?」
「……? 彼らは創世の神と太陽神様、月の女神様のお姿をぬいぐるみにしたもので――」
ぬいを示しながらそれぞれの神の名を説明すると、カレンは驚きの声を上げた。
「まぁ! 神々の……! では、陛下とフィーネ様ではないのですか……?」
衝撃の一言に、改めてぬいを眺める。
ジークベルトとフィーネの髪と瞳の色は、太陽神と月の女神と同じ色だ。
ぬいはあまり細かい特徴は拾えないから、最初からジークベルトやフィーネだと思って見ると、そう見えるかもしれない。
いや、だが、それでは、ただの痛い子ではないだろうか。
慌てて訂正する。
「ただの聖女の私と、陛下を並べるなんて恐れ多いですから! あっ、他にも誤解されている方がいたら、カレンさんからも訂正をお願いします」
「わかりました。そこはお任せください。ですが、どうして神々の『ぬい』を祀っていらっしゃるのですか……? エルマーナ王国の風習でしょうか?」
その言葉を待ってましたとばかりに、フィーネは推しと推し活について説明した。
そうしながら、ふと思う。
(カレンさんにも推し活の良さを知ってもらったら、一緒に推し活する友達になれるのでは……?)
推す相手が違っても、誰かと一緒に推し活をするのも、楽しいと聞いたことがある。
神殿にいた頃は、フィーネにはそういった相手がいなかった。
(推し活のいいところは、推す相手が違っても、一緒に活動できることよね)
カレンが推し活にハマってくれたら、推しのいいところを語り合ったり、一緒に推し活で使うグッズを作ったりできるかもしれない。
一通り推しと推し活について説明し、カレンに勇気を出して尋ねてみる。
「よかったら、カレンさんも一緒に推し活してみませんか……?」
「フィーネ様に誘っていただけるなんて光栄です……! ですが、私にもできるでしょうか」
「はい! 推し活は、その人を推したい……応援したいという気持ちがあれば、誰にでもできますから! カレンさんが気になる方を推してください! 早速ですが、推したい物や人は、いらっしゃいますか?」
「その……、でしたら、婚約者でも、よろしいでしょうか」
「素敵ですね! 王国では推し活の定番です! 貴族にも多いですよ! それに、推し活で婚約者と仲が深まったという話もよく聞きました!」
「なっ……! そ、それは本当ですか! 是非お願いします!」
「任せてください!」
カレンの食いつきは思った以上だった。
胸を張って答えたあと、ふと大事なことを聞いていなかったと、カレンに尋ねる。
「ところで、カレンさんの婚約者って、どなたなのでしょうか? 私は顔を見たことがありますか?」
名前を言われて、顔と一致するかはわからないが、それは後で図書館にでも行き、貴族名鑑で調べればいいだろう。
だが、カレンの答えは、まさかのフィーネも知っている人だった。
「……ミットフォート侯爵家の、ウィリアム様です」
「えっ、ミットフォート卿というと、陛下の側近のですか……?」
特徴的な赤い髪を思い出しつつ尋ねると、カレンは頷いた。
以前、図書館に行く途中で会ったはずだが、全然そんな風には見えなかった。
「あの方が婚約者だったのですね!」
フィーネが見る限り、浄化の時も食事の時も、ウィリアムは大抵ジークベルトの側に控えている。
そして、厳しい表情をしていることも多い。
(でも、カレンがこんなに乙女な表情をしているくらいだもの。実は、婚約者にはメロメロなのかも……?)
カレンとウィリアムが並んでいる姿を思い浮かべてみても、あのウィリアムがカレンに甘く微笑んでいる姿をいまいち想像できなかった。
「私達の婚約は家同士の政治的な結びつきを考慮したものだったのですが、私は顔合わせの際にウィリアム様に一目惚れしてしまったのです」
「素敵ですね! 気持ちは伝えているんですか?」
「いえ、それが難しくて……できたら恋仲のようになりたいのですが、推し活でウィリアム様と距離を縮めることはできるでしょうか……?」
不安げな眼差しのカレンに、フィーネは力強く頷いた。
「安心してください! 私がサポートいたします!」
「……ありがとうございます! 聖女であるフィーネ様にそう言っていただけると心強いです!」
フィーネは方針を決めるため、目を輝かせるカレンに話を聞くことにする。
「踏み込んだことを聞いてもいいですか?」
「もちろんです。何でもおっしゃってください」
「なら、聞いてしまいますが……仕事が終わった後、二人で会ったりなどはなさるのですか?」
「いいえ、なかなか時間が合わず……」
「確かに、ミットフォート卿は陛下に張り付いていらっしゃるからお忙しそうですね……。お仕事中に顔を合わせた時の態度はどうですか? 微笑みかけられたり、一言二言話をしたりはないのですか?」
そんな姿は見たことはないものの、一応尋ねる。
「……ウィリアム様とは会話するどころか、目が合うことすらありません」
「それは、照れていらっしゃるのでしょうか……?」
「ないと思います……」
カレンがしょんぼりと言う。
これはやはりまずは二人きりで会う前に、フィーネがジークベルトと会う機会を使って、意識をしてもらう方がいいだろう。
方法を考えていたところ、カレンが尋ねる。
「ちなみに、王国では、どのようにして婚約者様達と仲を深めていらっしゃったのですか?」
「えっと、例えば王宮の庭園開放日に推しがいないかと会いに行ったり、騎士団に差し入れをして意識してもらったりしているという話を聞きました。ちなみに、カレンさんは、お休みの日を合わせたりは……?」
「ありません……」
「で、ですが、カレンさんは職場が一緒なので、相手と同じ空間にいることはできていますよね!」
「そうですが……。はたして、私はウィリアム様に認識されているのでしょうか」
落ち込むカレンを見ていて、ハッと思い出した。
「そうです! 今度、騎士団の公開練習があると陛下から聞きました。ミットフォート卿も参加されるのでは?」
外部の人間も気軽に見学に行ける催しのようで、ジークベルトは周囲に呪いの影響が薄れたことをアピールするためにも参加すると聞いていた。
フィーネは、ジークベルトから見に来ないかと声をかけられている。
ジークベルトにいつも付き従うウィリアムも、おそらくは参加するのではないだろうか。
「そういえば、まだ陛下がお倒れになられる前は、陛下と一緒に参加されていました。……おそらくは今回も同じだと思います!」
「いいですね! ちなみに、カレンさんは見学に行ったことは?」
「ありません……」
「それはどうしてか聞いても……? 練習だとしても、戦っている人を見るのが怖いとか?」
流石に、苦手な場所に連れて行くのはどうだろうと思い尋ねると、カレンは首を振る。
「いえ、そういうわけではないのですが、侍女の仕事があってなかなか日程が合わなかったのと、ウィリアム様からも見に来てほしいと言われたことがないので、勇気が出なくて……。行ってみたいとは思っていたのですが……」
「そうだったのですね! なら、今回は私と一緒に行けるので、見学はできますね! えっと、日程はいつ開催だったでしょうか?」
「八日後になります」
「案外、短いですね。では、早速準備を始めましょう!」
「準備ですか?」
「はい! 推し活で、ミットフォート卿の視線をカレンさんに釘付けにしますから!」
「……! よろしくお願いします!」
カレンは、頬を染めつつ、フィーネに頭を下げるのだった。




