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1-4

 今日は木曜日。初めての委員会の当番の日だ。図書委員の仕事は、返却された本の処理が主な業務になる。作業する部屋の司書室に入ろうとした時だった。


「2組の早見さんだよね…?」


 廊下で、知らない人に声をかけられる。履いている上ばきの色をみると、私と同じ色だったから同級生だ。きちっと整えられた前髪と、大きな瞳から生えているくるりと上向きのまつ毛、ぷるぷるとした血色の良い唇。私と正反対な彼女は多分、クラスでは一軍と呼ばれる人たちだろう。


「はい、そうですけど…」


 そんな人がなぜ私に声をかけるのか。疑問が浮かぶ。


「今日図書委員だよね?私代わりにやっても良いかな?」

「え…っと、図書委員の方ではないですよね?」


 こんな可愛い人が図書委員であれば、この間の委員会で覚えているはずだ。


「うん。でも手伝いたくて。今日はもう一人、瀬戸君が担当でしょう?」


 彼の名前を言われて、パズルのピースがハマるように合点がいった。そういうことか。彼女は瀬戸君と一緒にいたいから、私に声をかけたのだろう。


「でも、そういうことしても良いのか私にはわからないですし…」

「はぁ?そんなのあたしが上手く言っておくから」

「ただ、私には…」


 委員会の代理をするなんて、聞いたことがなかった。私が渋ると、彼女の口調はどんどんヒートアップする。だけど私だって図書委員は、譲りたくなかった。


「なんなの、とにかく代わってよ。」

「でも、私…「あれ、美玖ちゃん?」


 突然背後から声が聞こえた。声がする方を向けば、瀬戸君が不思議そうな顔をしてこちらを見ている。


「あ、春翔君…!」


 この子は“美玖ちゃん“というらしい。自分の名前が呼ばれたことに気づいた彼女の声が1トーン上がった。さっきまで話していた私を視界から消えたように、瀬戸君に駆け寄って、彼の左腕に自分の腕を絡めはじめた。


「こんなところで何しているの?」


 瀬戸君は拘束された左腕は気にしていないようで、“美玖ちゃん“と話し始める。


「春翔君が今日図書委員会の当番って聞いて、私も一緒にやりたいなって」

「未玖ちゃん図書委員じゃないでしょ」

「だから、早見さんに代ってもらおうかなって」

「それってアリなの?」

「誰かがやっていれば良いんじゃない?だから早見さんに頼んでみたんだけど、なんか代わるの嫌とか言ってて」


 二人は私のことなんて空気のように、話し続ける。目の前で広がる会話に、無性にイライラした。二人の距離感も相まって、私が邪魔者だということがひしひしと伝わってくる。

 ただ委員会に来て仕事をしようとしただけなのに、なんで私が邪魔者扱いされなきゃいけないんだ。


「あの!」


 自分が想像していたより、大きな声が出ていた。その声に二人の目が私を見つめる。


「……私、一人でやるので大丈夫です」


 私の発言が意外だったのか、シーンとなり気まずい雰囲気が流れる。二人がどんな表情をしているのか、確認する勇気はなかった。


「そういうことなので」


 逃げるように司書室の扉を開けて、部屋に入る。胸を押さえてふー、と深く息を吐く。気分は最悪だった。やっぱり瀬戸君って人は、噂通りにチャラくてテキトーな人だった。

 でも、そんな人を無理矢理仕事に付き合わせるより、自分一人で仕事を片してしまった方が気分的にも楽だ。こんな気持ちになるんだったら、瀬戸君じゃなくて黒川君が図書委員の方が何倍も良かった。



 返却された本を図書室へ取りに行き、台車を押して司書室に戻る。扉を開けると誰もいないと思っていた部屋に、人がいる。


「…せ、とくん」


 そこにいたのは、既に帰ったと思っていた瀬戸君だった。


 扉が開いた音で、私のことに気がついたのだろう。瀬戸君は手にしている『図書委員作業マニュアル』と書かれたクリファイルから顔を上げた。私のことをチラッと見ると、立ち上がってきて、一歩ずつ私の方へ近づいてくる。


「早見さん、さっきはごめんね」

「……“美玖ちゃん“とは、一緒じゃなくて良いの?」


 さっきの惨めな気分と、小さな怒りが迫り上がってくる。嫌味がこもった私の言葉は気にしていないのか、瀬戸君は歩みを止めない。

 瀬戸君が踏み出す度、私たちの距離はどんどん狭くなっていく。距離が近くなる程、背の高い瀬戸君を見上げる角度が高くなる。


「うん、説得しておいた。だからさ」


 私たちの距離は、あと一歩進んだら、肩がぶつかってしまいそうだ。そこまで来てやっと立ち止まった瀬戸君は、私の目線に合わせるように体を落とす。綺麗な顔がぐんと近づいた。


「一人で大丈夫なんて、寂しいこと言わないでよ」


 その時私は初めて、彼の瞳の色が琥珀色だと知る。目の前にある瞳は、真っ直ぐ私を見つめる。窓から入る夕暮れの光に照らされて、どこまででも透き通っていた。

 呼吸をするのも忘れてしまうほど、意識は彼の瞳に吸い込まれていった。


「……大丈夫?」


 彼が放ったその一言で、自分の思考が遠くの方にいたことに気づく。


「あ、はい!」


 動揺して少し声が裏返ってしまった。どくんどくんと自分の心臓が信じられないくらい、大きな音を立てている。もしかしたら、顔も赤くなっているかもしれない。


「ふふっ、びっくりしすぎだから」


 肩を震わせて瀬戸君が笑い始める。さっきまで彼が纏っていた雰囲気が、ふわっと柔らかくなる感じがした。


「瀬戸君。あの、戻ってきてくれてありがとう」

「当たり前じゃん」


 そう言いながら、微笑んだ。瀬戸君の顔を、こんなに近くで見たのは初めてだ。カッコ良い、と噂になるのが納得できる。

 綺麗な輪郭に、すっと伸びた鼻筋、大きくて色素の薄い目はベージュの髪色が良く似合っている。


「そういえば早見さんって去年も図書委員会だったんだね。マニュアルの名簿に名前が載っていたからさ」

「あ、うん」

「最初は色々聞くかもしれないけど、よろしく」


 そう言って瀬戸君は台車に積まれていた本を、パソコンの前に移動させていく。

 その後ろ姿を見て、心の中で彼に謝罪をした。遊び慣れていそうだから、瀬戸君は不真面目で、委員会とかきちんとしてくれないだろう。勝手にそう思っていた自分が申し訳なくて、恥ずかしくなった。



<瀬戸side>


『今終わったから行くよ』


 メッセージアプリにそれだけ送信して、目的地へと向かう。

 図書委員会の仕事は思ったより早く終わった。だけど未玖が委員会を代わるなんて面倒なことを言わなければ、今日はまっすぐ家に帰れたななんて思う。


 学校から徒歩圏内にある、彼女がいるマンションに着く。エントランスで部屋番号を押せば、自動ドアが開いた。何度も行ったことがあるから、迷わずに部屋へ進み、玄関扉にあるインターホンを押す。


「春翔!会いたかった!」


 玄関が開くやいなや、体が密着する。未玖が俺に抱きついたからだった。


「待たせてごめんね」


 思ってもいない言葉は軽々しく空気に溶けていく。彼女の頭を優しくポンポンと触れれば、ギュッと彼女が抱きしめる腕の力が強くなった。


「ううん…私が委員会代わるとか言ってごめんね。」


 そう言って、顔を上げて見つめられる。いわゆる上目遣い。この顔をすれば、許してもらえる。そんな魂胆がチラついた。


「いーよ、気にしてないし」

「今から一緒に居られるから良いや。早く部屋行こう」

密着していた体がやっと離れる。


「親は?」

「今日は遅いみたい」

「ふーん」

「あのね、面白そうな映画見つけたよ。見よ……っ!」


 廊下を進もうとした彼女の腕を掴んで、唇を合わせる。お互いに映画なんて見る気はない。突然の口づけも、抵抗はせずに彼女はすんなり受け入れる。


 角度を変えて何度も唇を合わせながら、自分と同じくらい明るい髪に手を通す。人工的に色を抜いた髪は、指に絡まっていく。その髪を見ながら、さっきまで一緒にいた子ーー早見さんの黒髪が脳裏に浮かんだ。

 長くて、真っ直ぐで、動くたびにさらさらと動く髪がとても綺麗だった。


(瀬戸side end)


 瀬戸君と初めての図書委員会が終わって、家に帰る。電車に乗って、最寄駅を降りれば見知った人物がいた。

短めに整えられた黒髪は、爽やかな印象を与える。そして彼がグレーのニットを選ぶのは、中学の時から変わっていなかった。


「く、ろかわくん…」


 最初は気づかないふりをして通り過ぎようと思った。近づくほど彼からの視線をひしひしと感じ、見ないフリができなかった。


「お疲れ様」


 誰かを待っていたのだろうか、ホームのベンチから立ち上がると私と並んで歩き始める。


「別に此処は学校じゃないから、話しても良いだろ」


 私と並んで歩き、改札を通りながら、彼はそう言った。心臓がどきりと跳ねる。彼の真面目なところは、ずっと変わらない。

 高校に入学する前、一度だけ一方的に私から連絡をした。付き合っていたことを誰にも話さないから、知り合いじゃない振りをしようと。


 私と黒川君は中学の時に付き合っていた。


 元カノが同じ高校にいるのは、黒川君にとって負担だと思ったからだった。そんなお願いを黒川君は2年生になる今も律儀に守っていた。


「……何か用事でもあるの?」


 1年以上守られた約束を破るほど、何かあるのだろうか。こんなこと今までになかったから、思わず聞いてしまった。


「学校で話さない、ってやつもう時効で良い?」


 私を真っ直ぐ見て話す。表情から、黒川君の感情は読み取れなかった。


「え…っと」

「てか、話さないって言われる方が逆に気を遣って負担になる。」

はぁ、と今にでもため息が聞こえそうな言い方だった。

 真っ先に感じたことは、また彼に迷惑をかけた自分への嫌悪感だ。その事実が重くのしかかる。私ってどうして上手くできないんだろう。


「そういうことだから」


 何も言えずに固まっている私を一瞥すると、それだけ言って、黒川君は行ってしまった。





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