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7-2

「5番のバスに乗れば良いんだよね」

「うん。そこが色々揃ってるらしい」


 買い出しのため黒川君とバス停に並んで、バスを待つ。時刻は17時より少し前だが、この季節の外はまだ明るい。夏の空気はじっとりしていて、制服のブラウスが肌に張り付く。汗の匂いが漏れていないか、不安になった。


 私たちの間には、また気まずい空気が流れていた。何か話さないと。


「今さらだけど、黒川君と瀬戸君って仲良いよね」

「まぁ、そうだな」


 からっぽの選択肢から捻り出したのは、瀬戸君の話題だった。黒川君と瀬戸君が仲が良いことは、学年中で知られているがその理由までは聞いたことがなかった。


「何かきっかけがあったの?席が近かったとか」

「俺が転校する前、瀬戸と同じ中学だったんだよ」

「嘘……!知らなかった」

「部活も一緒だったし」

「へぇ、中学の時から仲良かったんだね」

「俺が転校して、一回疎遠になったけど。だから高校で再会したときはびっくりした」

「そうなんだ」


 中学校でも今のように、二人は人気者だったんだろうな。


「……気になる?瀬戸のこと」


 黒川くんがまっすぐ、私を見る。その目はやっぱり、感情が読み取れない。首筋にツーッと汗が一筋、垂れた。

その時ちょうど、私たちの目の前にバスが止まった。助かった、と咄嗟に思う。


「あ、バスこれだよね」


 バス停にいるのは、私たちしかいない。急いで乗り込むふりをして、黒川君の視線から逃れる。心臓が嫌な音を立てている。

私は自分に驚いていた。ずっと好きな人に、他の人が気になるのかと聞かれたら否定しないといけないのに。なぜか口が、張り付いたように動いてくれなかった。


 あの時、真剣な表情で話す瀬戸君の姿がぱっと浮かんで消えた。私の中の何かが、否定するのを拒んでいた。


「さっき言ったこと、忘れていいから」


 バスに乗って、空いていた座席に座ると黒川君は小さくそう言った。私は小さく頷いて、窓の外をみる。見慣れない景色や建物が目の前をどんどん過ぎて行く。


 窓に薄く、黒川君の姿が反射している。

うだるような暑さなのに、襟元は第一ボタンまで閉められていた。少し視線を上げると、窓越しに黒川君と目があった気がした。きゅっと喉が閉まる。だけど私は、黒川君の視線に気づかない振りをした。


『……気になる?瀬戸のこと』


 さっきの黒川君の言葉が頭の中で再生される。


 その言葉の意味を聞きたかった。私にほんの少しでも気持ちが向いているのかもと一瞬期待が膨らむ。いいや。それよりも、深い意味なんてない方があり得る。だからその答えを聞くのが少し怖かった。


 ぐちゃぐちゃになっていく思考を止めたくて、無機質な車内のアナウンスに耳を傾けた。


***


「筆とスプレーと、スポンジローラーだって」

「黒川君、スポンジローラーってどこにあるんだろう?」


 ホームセンターに着いた私たちは、頼まれていた物をカゴの中へ入れていた。


「お店の人に聞いた方が早そうだな」


 黒川君はカゴを押しながら、店員を探し始める。私だったらお店をうろうろするが、効率重視な性格の黒川君らしいと思った。

 通路を曲がると、お店の青いエプロンをしている女の人がいた。後ろ姿しか見えないが、なんとなく見覚えがある気がした。


 すみません、と黒川君が声をかけると、店員さんは振り返る。その瞬間、頭が真っ白になった。


「あれ、黒川君と早見さん?」


 飛んでいってしまった思考は、徐々に戻っていったが、頭がぼうっとしたままだ。黒川君の背中越しに見える、店員の胸にある名札には「真壁」と印刷してあった。


「二人とも久しぶりだね、懐かしい」


 にこり、と笑った真壁さんは変わらなかった。くりっとした大きな瞳も、柔らかい声も、私があの頃憧れていたまま、変わらない。


「久しぶり」


 少しだけ、黒川くんの声色が上がったような気がする。黒川君は私の前に立っていて、どんな顔をしているかは見れなかった。

 握ったカバンの紐の凸凹が、くっきりと手のひらに伝わった。


「どうしたの?」

「買いたい物探してて。スポンジローラーってどこにある?」

「スポンジローラーだね、案内するから着いてきて」


 真壁さんがさくさくと進み始める。黒川君も真壁さんに着いて行くが、私はわざと歩幅を狭めた。二人と私の距離が徐々に開いていく。このまま離れてしまえたら良いのに。


 思い出したくなかった、あの、夏祭りの日が流れていく。

色とりどりのヨーヨー、からんと鳴る下駄の音、黒川君からもらった金色の栞。浴衣を着た、いつもよりうんと綺麗な真壁さん。それを無言で見つめていた黒川君。


 目をぎゅっと瞑っても、その光景は頭から消えてくれない。

心臓がざらざらと硬くなっていく。やっぱり私の中で、黒川君は消えてなんかいなかった。










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