7-1
「早見!」
「五十嵐君、どうしたの?」
昼休みに廊下を歩いていると、去年のクラスメイトだった五十嵐君に声をかけられる。
「理央ってまだ教室いる?」
「理央、忘れ物したから取りに行ってるけど。何かあった?」
「夏休みの部活で、体育館の時間交換できないかと思ってさ」
「LINEはした?」
「既読つかなくてさ…「あれ、早見さんだ」
「瀬戸、くん…」
突然背後から声がかかる。声をかけたのは瀬戸君だった。ベージュ色の髪が、さらさらと揺れている。瀬戸君は私と五十嵐君を交互に見たあと、私に視線を向けた。
「五十嵐と早見さん?二人、知り合いだったんだ」
「俺たち去年同じクラスだったんだよな。な、早見。」
「あ、うん」
予想もしなかった問いに戸惑っていると、代わりに五十嵐君が答えてくれた。
「それより早見と瀬戸が知り合いの方が意外なんだけど」
「俺たち、図書委員で一緒なの」
あぁ〜、と五十嵐君が納得した声を出す。気のせいじゃなければ、瀬戸君からじっと視線を感じる。理由は説明できないが、その視線と目を合わせられなかった。
瀬戸君から逸らした私の視界には自分の上履きと、瀬戸くん、五十嵐くんの上履きが映っている。
「あ、理央。やっと来た」
理央が追いついてきたらしい。五十嵐君が理央に向かって声を掛けている。そのまま五十嵐君は理央の方へ駆け寄って行った。そのせいで、私と瀬戸君がぽつんと廊下に残される。
「なんか久しぶりだね」
教室が並ぶ昼休みの廊下は、同級生たちが目の前を交互に過ぎて行く。中には私たち二人を二度見する人たちもいた。やっぱり瀬戸君は人気者だなと感じる。
気まずさを感じる中、先に口を開いたのは瀬戸くんだった。
「テスト期間だと、図書委員会ないもんね」
「テストが終わったら、夏休みか」
……夏休みは、文化祭の準備が本格的に始まる。瀬戸くんは図書委員の出し物の準備に参加するんだろうか。そういえば、はっきりと行くかは聞いていなかったなと気づく。
「夏休みは、たくさん会えるね」
「……え?」
「生徒会と美術部と合同で出すやつ。早見さんも来るっしょ?」
「あ、うん!行くよ」
私が瀬戸くんに聞く前に、本人から明かされた。瀬戸くんは夏休みの準備に参加するようだ。
「楽しみにしてる。早見さんと夏休みに会えるの」
唇に綺麗な弧を浮かべて、瀬戸君は言う。見上げるとバチっと視線が合った。さっき向けられた視線とは違う、瞳の中に暖かさが含まれているようだった。
「詩織、お待たせ!」
五十嵐君と調整を終えたらしい理央に声をかけられる。次の授業の時間が迫って、返事もままならないまま、私たちはその場を離れた。
***
「理央、助かった〜」
「え、何何。五十嵐なんかしたの」
「なんか瀬戸から、早く離れろってオーラ出ててさ……」
「何それ」
「まじまじ。真夏なのに、ぞっとして冷えたわ」
「へぇ。……やっぱり瀬戸君っていつもあんな感じなの?」
数メートル先に、早見詩織と瀬戸春翔が廊下で二人で話している。彼は窓の縁に片手をつき、彼女を囲うようにして話していた。彼が軽いと噂がなければ、二人の距離感は純粋な恋人のように見える。
「知らね〜。あぁ、早見さんが瀬戸の毒牙にやられる……」
五十嵐はわざとらしく、手のひらで頭を抱えた。
「何、アンタ詩織のこと狙ってたの?」
「ちげーよ」
詩織と瀬戸が夏休みの話をしているとき、二人の間には、そんな会話が繰り広げられていた。
***
「早見さん、これどう思う?」
「すごい、きれい。特にこの部分、ぴったりだよね」
「早見さんがわかりやすくまとめてくれたからだよ」
夏休みに入り、文化祭の準備が本格的に始まった。展示物はいくつかの作品を再現することになった。
その中で私が提案した、銀河鉄道の夜が採用された。決まった瞬間、心の中でガッツポーズをした。
今は実際の展示物のラフ案を作っている最中だ。美術部の川口さんが描いた絵は、星が輝く夜空の上を、鉄道が走っている。そして鉄道が走る道筋が、光の弧を描いている。
「瀬戸くんはどう思う?」
「うん……」
一緒にラフ案見ていた瀬戸くんにも意見を聞く。瀬戸くんはじっと絵を見つめ、何かを考えている。
「……これって、絵を飾るだけ?」
「今はそのつもりだよ」
川口さんが答えると、あのさ、と瀬戸君は話し始めた。
「部屋のスペースあるし、照明を飾って星空ぽくできないかな」
「照明で光を演出するなら、暗幕とか必要になりそうだよね…」
「暗幕なら、過去にお化け屋敷とかしていたクラスの小道具とかで残ってんじゃね」
「もし暗い場所で展示するなら、絵の具も蓄光ぽいのにしようかな」
「あ、いーじゃん。照明も下から照らして、反射を利用すれば……」
瀬戸くんと川口さんが二人で盛り上が始める。二人の間にアイデアが沢山出てきて、私は置いてけぼりになった。
平面だったアイデアが瀬戸くんによって、立体的に形を変えていく。彼の頭の中は、私が目にしている世界と幅が違うのだ。
真面目なタイプではなくて、女の子にはだらしがない。そんな噂を纏っている瀬戸君は今、真剣な顔で展示会の作品作りに参加している。週に一度の委員会も、夏休みの文化祭の準備も休まずに来ている。自分から言わないけど、物理の本をよく読んでいて得意科目であること。そんな彼を知っている人は、どれくらいいるんだろう。
できるなら、他の人には知られたくない。私だけが知っていたい。
コンコンと扉を叩く音が聞こえ、振り返ると扉の窓から黒川くんが見える。瀬戸君たちはまだ話し合いが続いていた。
黒川くんと瀬戸くんたちを交互に見ていた私の様子がどう映ったのか、黒川くんは私を指差して手招く。そっと扉を開けると、控えめに引き戸のレールと扉が擦れる音がした。
「順調そう?」
「まだラフ作りの段階だけど、色々意見が出ているみたい」
「そっか」
私たちの間には、ぎこちなさが漂っている。黒川君の指先は、退屈そうに右耳の耳たぶと首の後ろをいったりきたりしていた。
「黒川君。そういえば、この間の集まりで言っていた買い出しってどうなりそう?」
いつかの生徒会との合同会議で、黒川君から言われたことを思い出した。黒川君は生徒会の中で、展示物の材料を買う係になったそうだ。
「ちょうどその話をしようと思っていて。今日この後とかどうかな」
「あ、うん。わかった」
「行けそうになったら連絡するから」
「……うん」
黒川君と付き合っていた頃を思い出した。一緒に帰るために、私は黒川君の部活が終わるのを待たなければならなかった。
待つ間、私は図書室で時間を過ごしていた。窓際の席に座り、黒川君が体育館から出てくるのを待つ。窓から入る日差しは、本の紙の匂いをぶわっと持ち上げていく。私はその空間で、文字を辿るのが好きだった。




