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6-2

<瀬戸side>


「これから文化祭合同企画会議を始めます」


 放課後のとある教室で、図書委員と生徒会の合同会議が始まった。普段交流のない組織同士の会議は妙な緊張感に包まれている。

俺の親友の黒川はそんな空気に動じず、堂々と進行役として会議を牽引していた。


 事前に資料が配布されていたからだろう。今回の概要や目的は手短に説明が終わった。


「ではこれから、具体的な企画案を考えようと思います。まずは生徒会からー…」


 さすが生徒会。一人一人積極的に発案している。図書館を紹介するパンフレット作り、ポスター作成、クイズラリーなど。バラエティ豊かだ。


「図書委員からは何かありますか」

「なんか、本の世界が体感できるような展示物はどうですか」

はい、と軽く手を挙げて俺は発言した。


 ふと、この間委員会で話した早見さんの様子が頭に浮かんだ。この案はどうかと聞いたら、パッと顔が明るくなった。なんだか目もキラキラしていて、新鮮な姿だったなと思い返す。


 俺の発言が引き金になったように、ポツポツと他の図書委員の人も案を出していった。


「沢山案が出たけど、どうしようかね」


 生徒会の会長が、アイデアが並んだ黒板を見て困ったように呟いた。確かに方向性が様々なアイデアたちを、一つに絞るのは難しそうだ。


「僕から一ついいですか」


 みんなが頭を抱えていた状況で、黒川が手を挙げる。会長がどうぞと、黒川に発言を促した。


「本の世界が体感できる展示物。これは抽象的な案だけど、例えば作品の1シーンを再現した空間とかどうですか。展示物は複数作って、あちこちに設置しておく。そうすると図書館の中を巡ってくれる動線に自然と誘導できると思うんです。」


 俺が出した案が出てきて、一瞬びっくりした。


「作品を立体で表現するか……。結構大規模な展示物だと、制作期間が厳しい気がするけど」


 生徒会長はなるほど、とは言っているが黒川の意見を詰める。


「図書委員の川口さん、確か美術部員だったよね?美術部って協力できそうかな」


 会長の質問に動揺せず、黒川は冷静な口調でアイデアを発展させていく。黒川は会長と美術部員の子を相互に見ていて、俺のことなんて頭にないようだ。


「コンクールの作品は7月が締め切りだから、その後でよければ手伝えると思うけど…」


 急に名指しをされて戸惑った様子はあったが、川口さんは答える。


「その案良いね。生徒会と委員会、部活の3者合同なら注目を集められそうだ」


 美術部員の協力も現実的だと分かれば、会長も前のめりに黒川に賛同し始めた。


「黒川の意見に異議がある人はいないか?賛成だったら拍手をお願いします」


 会長がそう言うと、教室中に拍手が鳴り響いた。

拍手が大きくなるほど、自分の中のもやもやが大きくなっていく。黒川に賛同する拍手は、同時に俺の意見の欠点を肯定している音に聞こえた。


 この間の図書委員で展示物の案を誉めてくれるた早見さんの様子がきになった。

ちらっと彼女を見ると、みんなと同じく賛成の拍手をしている。黒川の意見を肯定している事実に、なぜか胸が痛んだ。


「じゃあ黒川の意見に全員賛成ということで。一旦美術部の同意が必要なので、今日は此処までにしたいと思う。黒川、ナイスアイデアだった。」


 会長が黒川に向けて言った言葉を聞いた時、何かが崩れる音がした。


 なんだよ、黒川の意見って。展示物の案を最初に出したのは俺だったはずだ。俺の案に具体性がなかったことは事実だし、美術部も共同にするとかは黒川が言い始めたことだ。だけど会議が終わった今、黒川のアイデアとして皆んな絶賛している。俺の発案なんて無かったことみたいだ。


 ーー黒川といると、なぜかこんな気分になることがよくある。アイツは悪気なんてない。だからこそ余計にむしゃくしゃした気持ちになる。

さっさと帰ろう。そう思って立ち上がると、目の前で黒川と早見さんが二人で話している姿が見えた。


 早見さんが笑いかけて、黒川に何か言っている。黒川の表情はいつもより柔らかく見える。今まで見たことない顔だった。俺の視線には気づかずに二人だけの世界で、お互いにしか目に入っていないように見える。その様子を見て、また心の中の靄が濃くなって広がっていく。誰にも気づかれないように、静かに教室を後にした。



「瀬戸くん…!」


 下駄箱で靴を履き替えようとしていると、後ろから名前を呼ばれて振り返る。

……誰だ。目の前にいる、ボブカットの彼女の名前が思い出せない。うっすらと前に遊んだことがあるような気がする。


「あぁ〜、私のこと忘れた?」


 思っていることが顔に出てしまったのだろう。しかし彼女は気にしていないように、明るく振る舞う。いつの間にか左手は、目の前の彼女の右手が絡められていた。


「ごめん」

「謝るってことは認めるってこと?ひどーい」


 そんな言葉とは裏腹に、彼女は明るくおどけている。


「じゃぁさ」


 にこり、と彼女は微笑んだ。彼女の顔が近づいて、耳打ちされた。


「私のこと、思い出させてあげる」


ーー誘われているのか。彼女の目的を理解すると、一瞬だけ早見さんの顔が頭に浮かんだ。


 次の瞬間、さっきの会議の黒川の意見に賛同する拍手の音が頭に響いて、靄がかかっていく。自分の中の靄から目を逸らすように、繋がれた手を解いて、横にいる彼女の腰を引き寄せる。


「いーよ。このまま、遊ぼうか」


 黒川のこととか、早見さんのこととか考えなくて済むなら、こっちの方が楽だ。そう思った。



 家に帰ると、リビングの明かりは付いているがとても静かだった。


 扉の隙間から、机に座って勉強している兄と、目の前でじっと見つめる母の姿が見える。机の下では兄の膝が小刻みに揺れている。貧乏ゆすりは、兄のストレスの表れだ。


 小さい頃の兄は天才と呼ばれていた。全国模試では1位を取っていたし、高校レベルの資格も小学生の時に合格していた。しかし兄の脳みその中身は、小学生から成長しなかった。中学生になった頃から、少しずつ平凡に近づいていった。

 一方で昔の栄光を忘れられない母親は、その現実がを受け入れられず、兄が天才だと信じ続けている。


 兄は母が選んだ日本屈指の大学の合格はもらえず、浪人をして勉強漬けの毎日を送っている。そこに兄の意思はないだろう。


「お兄ちゃんが勉強してるから、静かにしてくれない?!」


 部屋着に着替え、洗濯カゴに制服を入れようとした時、母親はやっと俺の帰宅に気がついた。家にいても、物音一つに叱られるのが日常だ。


「もう、部屋戻るから」

「あ。今週の土曜日、買いに行って欲しい物があるの」


 断る間もなく、メモを渡される。メモには参考書と文房具が書いてあった。宅配便はインターホンの音が勉強の邪魔になるから、母親は嫌う。

そして兄の勉強道具を買うのは俺の仕事になった。それくらい、兄自身で買いに行けるはずだ。


「あぁ、わかった」


 言いたいことをぐっと堪え、自分の部屋に戻る。頭の中では、沸々と湧き上がる苛立ちと目の前が真っ暗になる絶望感が混ざりあっていた。


 母親の中心は兄で、俺は兄のために働く人間としか思われていない。だからといって、兄のように母親の関心を惹きたいとは思わない。


 ただほんの1%でも、俺に興味はないのか。


 母親が最後に俺の名前を呼んだのはいつだろう。もう思い出せないほど昔の事だった。誰か、俺を見て欲しい。そう思い始めたのはいつからだろう。



「前回の黒川の提案で、先生たちから承諾が得られた。今回は図書委員と生徒会、そして美術部の合同展示会で進めていこうと思う。」


 生徒会長がそう言い終えた時、教室の中ではやっぱり黒川に向けた拍手で溢れた。

 

 企画内容で話し合った会議から2日後の昼休み、招集された教室で正式に黒川の案が採用されたと発表された。

ーー俺の提案したことなんて、みんな忘れている。そういう俺だって、他の人の意見を全部思い出せるわけではない。


「黒川くんの提案通っちゃったね」

「さすが生徒会だよな」


 昼休みの会議が終わり、教室から出るタイミングが同じになった早見さんと並んで歩く。

黒川の話をしている早見さんは、いつもより嬉しそうに見えた。そのせいか、素っ気ない返事をしてしまったと、口にしてから後悔した。


「……私は、瀬戸くんのおかげだと思ってる」

「え?」

「本の世界が体感できる展示物。最初に言ったのは瀬戸くんでしょう?」


 昼休みの廊下は、生徒たちの話し声でガヤガヤしている。それでも早見さんの声だけが、スッと耳に入る。早見さんの目が俺を見つめる。曇りのない、真っ直ぐな眼差しだ。


「瀬戸くんの案がなかったら、黒川くんの提案だって生まれない。すごいね、瀬戸くん」


 早見さんが笑った。

その瞬間、周りの景色がスローモーションで過ぎていく。じわじわと心地の良い温もりが、体に巡っていった。全身が優しい何かに包まれた気分だ。こんな気持ちは、初めてだった。


「じゃあ、また木曜日ね」

「うん、じゃ」


 職員室に用事がある早見さんと、階段の前で別れる。バイバイと言う彼女に対して、いつもどんな風に話していたのか。途端にわからなくなった。

早見さんは階段を降りていって、廊下に俺一人が残される。しばらく胸の奥はくすぐったいまま、取れなかった。


『すごいね、瀬戸くん』


 早見さんの優しい声が、頭の中を反芻している。

さっきまでと、急に世界が変わったように感じる。


 早見さんは忘れないでいてくれた。ただそれだけの、その言葉だけで目に入る景色が色づいた。


 今まで遊んできた子とは違う、自分の中で彼女はただの同級生じゃなくなった。しかし頭の中では早見さんの笑顔の奥に、親友の黒川の影がちらついた。


「マジかよ……」


 いつの日か見た、黒川を視線で追いかける後ろ姿と、黒川に笑いかける早見さんが脳裏に浮かぶ。

こんな時に、こんな形で自分の恋心を知りたくなかった。



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