6-1
梅雨が明け、季節はすっかり夏になった。蝉の鳴き声が響く中、教室の窓の隙間から入る風が気持ち良い。
「あの…早見さん」
理央とお昼を食べようとして、机の移動をしようとしたところ、普段あまり話す機会がないクラスメイトから声をかけられる。突然のことで、私も理央も疑いの顔をしていたと思う。
「黒川君が早見さんを呼んでる」
気まずそうにクラスメイトはそう口にした。廊下をチラッと見れば、確かに黒川君が私たちの教室の前にいた。
「わかった。ありがとう」
……何の用事だろうか。理央に先に食べてもらうようにお願いして、廊下に行く。
「黒川君、お待たせ」
緊張で、心臓がばくばくする。黒川君と話すのは、付き合っていたことを話したのか問い詰めた時以来だ。動揺が悟られないよう、無意識に手をぎゅっと握っていた。
「あぁ、大丈夫」
一方で黒川君はいつもと変わらない態度だ。やっぱり気にしているのは私だけだと痛感する。
「ところで何かあった?」
わざわざ廊下に私を呼ぶのだから、何かあるんだろう。棘のある言い方になってしまったかもと、言ってから少し後悔した。
「今年の文化祭、生徒会の展示は図書委員と合同でやることになったんだ」
そう言って、1枚プリントを私に渡した。プリントに『生徒会・図書委員会 文化祭合同展示会 概要』とタイトルがある。
「詳細はその概要に書いてあるんだけど。来週の月曜日に会議があるから、なるべく参加してほしくて」
「うん…わかった」
「じゃあ、よろしく」
そう言って黒川君は隣のクラスの教室へ移動していく。具体的に何かを期待していたわけではないけど、事務的な連絡に落胆している自分がいる。
文化祭のことは、クラスの図書委員の人に一人一人説明するようだ。大変そうだなと思いながら、遠くなる後ろ姿を見ていた。
廊下から教室に戻る時、教室にいる人たちの視線が一気に自分の方に向かったのを感じた。元カレと噂がある人に呼び出されたなら、誰だって気になるだろう。
ただやっぱり慣れない空気に居心地の悪さを感じながら、理央の向かい側の席に座る。
「夏休みに入ればみんな興味なくすだろうし、気にしなくて大丈夫だよ」
私が不安な表情をしていたからだろう。正面に座る理央が小声で気遣ってくれる。
「別に詩織は悪いことしているわけじゃないし、堂々としてて良いんだよ」
その言葉が胸にじんわりと染みた。
*
「そういえば文化祭って、図書委員も展示があるんだね」
司書室にあるホワイトボードには、この間黒川君からもらったプリントと同じものが掲示されていた。図書委員の返却作業中、瀬戸君は思い出したように呟いた。
「うん。去年は図書委員会だけだったから、図書館を一般開放してたくらいだったけど」
「ふーん。今年は生徒会と合同って、気合い入ってるよな」
「そうだよね。図書館の設備をアピールしたいのかも」
「……早見さんは参加する?この合同展示会」
少し間が空いて、瀬戸君が私に尋ねる。その時、ばちっと視線が絡んだ気がした。
「うちのクラスは出し物しないから、私は強制参加かな。瀬戸君は?」
理央の情報網で、瀬戸君と黒川君のクラスは喫茶系の出し物をすると耳にした。人気者の二人がいるなら、出し物をしないのは勿体無い。
「早見さんがいるなら、出ようかな」
ホワイトボードにあるプリントを見ながら、さらっとそんなことを言う。
瀬戸君の横顔は、いつも通りの平然とした様子だ。こんな一言一言が、女の子を惑わせる要因なんだなと感心する。
「瀬戸君のクラスって出し物するんじゃないの?大変じゃない?」
「俺は当日のホールだけだから、準備とかはそこまでやらなくて良いっぽい」
確かに、お店の内装や材料の手配をしないなら準備期間の役割は少ないかもしれない。
「そっか……。大変だったら無理しないでね」
「そういえば去年はどんな感じだったの。図書委員の展示」
「去年はおすすめの本のPOP作ったよ。でも生徒会と合同なら、規模とか大きくなりそうだよね」
「ふーん。例えばさ」
瀬戸君が真剣な表情で話し始めた。
「本の世界観を感じることができる展示とか……どう思う?」
「……すごく楽しそう!写真映えできたら、お客さんも増えそうだよね」
その案を聞いて、私の心にびびっときた。もし作るとしたら、どの作品が良いだろう。みんなが知っている本が良いか、お気に入りの描写のある本にするか。まだ決まってもいないのに、想像だけは膨らんでいく。
「……なんか楽しそうな顔してる」
「え。」
顔に熱が集中していく。瀬戸君に、私が勝手に一人で舞い上がっているのがバレたようで恥ずかしい。
「だってその案すごく良いと思うし。準備も楽しそうだもん」
「ふーん。そっか」
そう答えれば、すこし嬉しそうな様子で瀬戸君は笑った。




