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5-1

 学校に着くと、いつもと違う違和感を感じた。廊下を歩いていると、周りから視線を向けられている気がする。背中に視線をひしひし感じながら教室に入ると、一瞬静寂が包まれる。


 いつもは誰も気にしないのに、みんなが私を一瞥した。

しかし、誰も私に声をかけてきたりしてこない。


 居心地の悪さを感じながら、ホームルームが終わった。ホームルームが終わるとすぐに、理央からトイレに誘われる。理央についていくと、利用者が少ない、クラスの教室から離れたトイレに向かった。

 理央が誰もいないことを確認して、神妙な面持ちで話し始める。何の話だろうか。全く身に覚えがないので、手のひらにじわりと汗が滲む。


「なんか噂で聞いたんだけどさ……。詩織って、黒川君と付き合ってたりする…?」

……失敗しちゃった。

 上手く隠し通せる自信はなかったけど、これまでの1年余りは誰にも気づかれなかったはずだ。どうして今、こんな噂が立っているんだろう。

 そして、今朝の違和感の正体はこれかと納得している自分がいた。


「いや、何そのデマと思ってさ」


 私が何も言えずにいると、理央は慌てたように言った。


「あ、うん……」


 この高校に中学の同級生は、私と黒川君しかいなかった。黒川君は自分から話すような人ではないだろう。だから私が黙っていれば、私たちが過去に付き合っていたことは知られないだろうと思っていた。


 理央が心配そうな顔をしている。

理央に対してちゃんと事実を言うべきだと、頭の中では理解している。理央は大切な友達だ。だけど、だからこそ理央には言いたくなかった。それは、私にとって隠したい過去だったから。


 狡くて、自分勝手な過去を打ち明ける勇気がなく、まだ黒川君に対して未練が残っていることも口にできない。


「そもそも詩織と黒川君って特に接点ないのにね?なんで付き合ってるなんて噂になってるんだろう?」


 私が黙っているのは、突然の噂に驚いていると受け取ったのだろうか。励ますように、明るく理央は話す。


「そう……だよね」


 私がそう肯定すると、理央も納得したようだ。罪悪感でちくりと心が痛んだ。


 理央の話では、現在進行形で私と黒川君が付き合っている形で噂が流れているようだ。もしかして、この間黒川君の傘に入れてもらって帰ったところを見られたのだろうか。何にせよ、今付き合ってるかに対しては嘘をついているわけではないと、心の中で言い訳する。



 噂はどんどん広がっているのだろう。例えば廊下を歩くとき、知らない人からチラチラ見られることが多くなった。


『早見さん、黒川君の元カノらしいよ』

『同じ中学出身なんだって。中学校では付き合ってるって有名だったみたい』


 教室に入れば聞きたくなくても、私の話をしていることが耳に入ってくる。声が聞こえる方を見れば、クラスメイトが好奇の目を向けて話していた。

 "なんであの子が?"そう口に出されなくても、目を見たらそう言っているように聞こえてくる。噂は収まる様子はなかった。


 理央は私に気を遣って、休み時間は人気のない場所に連れて行ってくれた。



 今日は理央の部活が休みの日だった。そういった日は、一緒に駅まで帰るのがルーティンだ。放課後、職員室に用事がある理央を待つ。


「理央…?何かあった?」


 教室から戻ってきた理央の様子が、なんだか変だ。私の言葉には反応せず、自分の席に向かってカバンを手に取る。


「理央?」


 もう一度、理央の名前を読んだ。漸く私の方を見てくれるが、その目は軽蔑が混ざったような色をしている。

いつもと違う態度に、緊張感が体を巡る。……私何か理央に怒らせるようなことをしたっけ。今日の出来事を思い返すが、思い当たる節がない。ぐるぐると考えていると、理央は静かに話し始めた。


「……詩織、私に隠していることあるでしょう?」

 いつもとは違う、淡々とした言い方だ。隠し事に心当たりがある私は、喉がきゅっと締め付けられる。きっと、黒川君とのことだ。


「黒川君、詩織の元カレなんだって?」

「中学の時の写真、見せてもらったよ。黒川君と詩織、仲良さそうだった。」


……ああ、バレてしまった。


「体育祭の時の写真だったよ。青いハチマキ巻いてて、黒川君と二人で撮ってもらってたね」


 付き合っていた時、私たちのクラスは青組だった。それに、理央が話している写真には心当たりがある。クラスで写真が趣味の子に撮ってもらったものだろう。


「でも……どうして」

どうして理央がその写真を知っているのか。それが疑問だ。


「私、詩織が噂で困ってると思って、噂を流した人突き止めた。“事実と違うから、そんな噂流さないで“って言ったの。そしたら二人の写真見せられて」


 言葉を重ねる度に、理央の声は大きくなる。


「……友達に嘘つかれたと知った時、どんな気持ちだったかわかる?」


 最後は声が震えていて、理央の頬に一筋、目から溢れた雫が通った。その涙を見た時、私は理央を傷つけていたことにやっと気がついた。正直に話さず、理央を裏切ることになってしまった。私は最低な人間だ。


「……ごめん」


 咄嗟に出てきたのは謝罪の言葉だった。私の謝罪を聞いて、理央は呆れたような、大きいため息をついた。


「それに黒川君、詩織と付き合ってたこと認めてたよ」


 黒川君が私と付き合っていたことを認めた…?驚いて声が出なかった。

まさか、律儀な黒川君が私との約束を破るなんて思いもしなかった。予想しなかった黒川君の行動に、疑問と裏切られたショックで私は完全にパニックになる。


 どれくらい経っただろう。お互い言葉を発さずに無言の時間が続いた。

ところどころで、理央が啜り泣く音が聞こえる。私は何を話すべきか、頭の中でぐるぐる考えていた。


「やっぱり何も話してくれないんだね。……何でも話せる友達だって思っていたの、私だけだったんだ。」


 理央のか細い声が沈黙を裂いた。

言われた言葉が棘のある蔓が絡むように、私の心を締め付ける。それだけ言うと、理央は教室から出て行った。教室に一人残される。私は足に根が生えたように動けなかった。理央を追いかけなきゃと思っても、何を話せば許してもらえるのかわからなかった。






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