⑨侵略
計画から二年。
高見首相の執念に支えられ、女神像は禄剛崎で建造されていた。
県知事は七尾での建造を推したが、高見にはどうしても禄剛埼でなければならない理由があった。敵対するX国が日本に日本に奇襲攻撃をかけるという情報をつかんでいたからである。
そうなればどうしても禄剛埼に防衛拠点が必要になってくる。七尾では観光機能しかならない。
もちろん禄剛先も外観は女神像の観光施設として作った。しかし内部は、通信・監視・制御の各システムが装填され、近隣にはレーザーを発射できる軍用トラックまで準備していた。さらに皆神山のAIとの連携も行われていた。
ハンスの日本国内での妨害工作は続いたがことごとく失敗に終わった。何か未知の力により阻まれているかのようだった。
しかしX国への工作は着々とすすみ、閣僚官僚の弱みをにぎり、手の内で踊らせるまでになっていた。
そうして『X国による日本攻撃計画』が進められていた。
標的は皆神山。国会や皇居ではなく、理由も明確だった。日本側で唯一、レッドバレットのAIを凌駕し得るAIKIKrI。それが、皆神山に存在したからだ。
一刻も早く潰さなければ、レッドバレットが潰される。ハンスは迷わなかった。
◇
突然皆神山のAIが警告を発する。自衛隊のレーダーも大型船舶の接近を感知した。
海上からの侵入。
「来る」
女神と皆神山のAIとの連携のため、烏丸は皆神山に来ていた。円形に配置された16名のオペレータの中心に設置された台座に、巫女の装いで座っていた。
天井から配線された王冠のような装置が頭部を覆い、その内部で烏丸の脳がAIと同期している。烏丸に降下する神霊の意思をセンサーがキャッチし、AIが分析を行っていた。「ドローン攻撃、対バンカーバスター戦に備えよ。」相手の攻撃方法が予測される。
その直後、日本海側のレーダーに巨大な空母が現れた。
女神像の頭部に設置されたレーダーも水平線上に異物を捉える。地下の管理施設が解析。熱源、航行パターン、電波特性がすぐに出る。
「X国3055型空母一隻、巡洋艦二隻接近」
管制が声を上げる。
「空母は複数ドローンとバンカーバスターを積んだ航空機を搭載していると思われます。」
空母の甲板が開き、黒い点が一斉に放たれる。ドローンの群れだった。敵国のドローンが、低空で散開しながら日本列島へ向かってくる。
女神像近くに停車していた数台のトラックの側面が開き、レーザーとそれを作動される小型原子炉があらわになる。敵は女神像を潰そうとドローンを仕掛ける。レーザーにより女神周辺を通過するドローンはことごとく撃ち落とされる。また、誘導電波の撹乱により敵ドローンがいっせいに落ちる。だが、落ちないドローンもいる。
「落ちないのは自律型、目標設定済みのドローンです。混ぜてきてますね」
外部の信号に依存しない。自律型ドローンによる攻撃。
「残りはほとんど自律型だ」
管制の声が沈む。
能登全域で使用されていた商用ドローンも敵のドローンに向かってゆき。空中で敵ドローンを攪乱する。
皆神山も迎撃の準備態勢に入っていた。
空母から数機のステルス機が飛びたち皆神山に向かう。レーダーでの確認が難しいが発射は女神の目の遠隔監視システムで捕捉できる。
皆神山近辺でステルス機からドローンが発射される。
皆神山と周囲の山からレーザーの発射口が複数姿を現す。レーザーが素早くドローンを迎撃する。
多数の機体が爆破される。だが、すべてではない。レーザーをすり抜けたドローンが速度を上げ皆神山に体当たりする。岩肌に激突する音が連続する。だが効果はない。装甲も構造も変化はない。皆神山はシーラの父親により要塞として作られている。想定済みだった。
「ダメージなし」
だが、攻撃は終わらない。
空母側が次の手を打つ。
バンカーバスターを搭載したステルス機が接近する。地下施設を破壊するための最も有効な貫通兵器。
皆神山側の反応は速い。
側面の山腹が開き、迎撃用ミサイルが発射口に並ぶ。追尾型。目標は航空機と落下中のバンカーバスター。
「発射!」
迎撃ミサイルは空中で軌道を変え、バンカーバスターの後部にぴったりとついて破壊する。「迎撃成功」
迎撃を免れたバンカーバスターが皆神山に激突する。バンカーバスターは六十mまで突き刺さって爆破するが、皆神山の基地上部は鋼鉄でおおわれ、その間防御層が何層にも重ねられている。制御施設は地下百メートル以下にある。バンカーバスターは100m以上には容易には到達しない。
皆神山の内部では、隊員たちが日ごろの訓練の成果をいかんなく発揮していた。中心で、烏丸は静かに座っている。王冠様の装置を通じて、皆神山のAIと接続されている。烏丸視界の奥に、もう一つの視界が重なる。 空間の全体像。敵の動き。演算結果。 そして、別の感覚。
「まだ来る」
烏丸が言う。それは予測ではない。確信に近い。
一方で、遠く離れた場所でハンスは戦況を見ていた。表情は変わらない。「想定内だ」ドローンは消耗品。ハンスの目的は破壊ではない。反応を見ること。防御の手順を引き出すこと。すでに収穫はある。
「次に移る」
攻撃は一度きりでは終わらなかった。海上のドローン空母は距離を保ったまま針路を微調整し、第二波の準備に入る。皆神山のヤタガラスAIは、直前の戦闘ログを高速で再計算し、敵の選択肢を絞り込んでいく。自律型ドローンの割合、干渉耐性、ミサイルの飛翔時間。すべてが次の一手の予測に組み込まれる。烏丸は台座の上で微動だにせず、流れ込んでくる情報をそのまま受け取っていた。
「来るなら同時だ」
烏丸の声が落ちる。技術者たちは一斉に配置を見直し、迎撃の優先順位を切り替える。海上と空中だけではない。通信と電力、観測と誘導、すべてが一体で揺さぶられる可能性を前提に組み替える。女神像のレーダーは広域を維持したまま、細部の分解能を上げる。水平線のわずかな乱れ、温度差の揺らぎ、電波の反射。そこに、次の兆候が出る。
「空母、針路変更」
管制が報告する。直接接近はしない。一定距離を保ったまま、広い扇形でドローンを散開させる軌道に入る。迎撃の密度を薄くする狙いが明確だった。
「面で来るつもりか」
誰かが低く言う。
「分散攻撃です。目標は複数」
女神だけではない。
女神像から送られたデータから皆神山のAIが即座に答える。能登から北陸一帯、日本海側の複数拠点に同時侵入の予測が重なる。皆神山に集中させない。防御の層を引き延ばし、薄くしたところを抜く。
烏丸が言う。
「敵艦に集中。」
海上では第二波が放たれた。第一波よりも低く、速い。高度を落とし、レーダーの死角に入り込みながら沿岸に滑り込む。禄剛崎の岸壁が再び開き、岸壁から水上を這うようなドローンが発射された。通称アメンボ滑水型ドローン。普段は子供たちの楽しみのために観覧されていたが、爆薬を搭載して敵艦めがけて突っ込む。海面すれすれを走るので敵レーダーの捕獲が難しい。上空の敵ドローンが迎撃しようとするが、自律型のドローンではアメンボを迎撃できていない。数発が空母の巨体を揺らした。
「第三波に備えろ」
烏丸は平板に言う。勝ったとは言わない。終わっていない。
そのとき、別の異常が立ち上がる。通信の底で、微細なノイズが増える。干渉とも違う、滑らかな歪み。外からではなく、内側の同期を乱す種類のものだった。
「これは……」
技術者が言いかける。
「触るな」
烏丸が遮る。解析に時間をかければ、その間に同期が崩れる。触らずに、外側で包む。ヤタガラスAIの演算が一段深く潜り、内部の同期を一時的に固定する。可変だった部分を、あえて硬直させる。柔軟さを捨てて、揺れを止める。
「固定完了」
短い報告。内部の歪みはそれ以上広がらない。だが痕跡は残る。外からの侵入ではない。もっと近いところからの揺さぶり。
観測に移っている。こちらの応答、切り替え、遅延の取り方。すべてを拾っている。
「第三波、来ません」
管制が報告する。
「来ないのではない。見ている」
烏丸が訂正する。こちらの手の内を測り、次の形を選んでいる。戦闘は続いている。
遠く離れた場所で、ハンスは画面を見ていた。第一波、第二波のログが並び、応答の遅延と干渉の変化がグラフに落ちる。女神像と皆神山の連携、干渉の切り替え、遅延による迎撃窓の創出。すべてが記録される。
「十分だ」
短く言う。破壊は達成していない。だが目的はそこではない。防御の形が見えた。どこで柔らかく、どこで硬いか。どこを揺らせば全体が歪むか。
「次は内側だ」
視線を少しだけ上げる。女神像。その下にある系。人の判断と機械の同期。その接点。 一方、皆神山では静けさが戻りつつあった。完全な静寂ではない。緊張が残る静けさだ。烏丸は台座の上でゆっくりと息を吐く。王冠の装置の内側で、ヤタガラスAIの波がわずかに緩む。
「終わりではない」
自分に言うように呟く。技術者たちはそれぞれの端末に戻り、ログの保存と再構成に入る。今起きたことを、次に使える形にするためだ。
「優先は連携の維持だ」
女神像との回線が安定しているかを確認する。レーダーは正常、通信も維持。禄剛崎からのフィードも落ちていない。網は保たれている。
「維持確認」
管制が言う。
烏丸はゆっくりと目を開く。視界は現実に戻るが、奥にもう一層の像が残る。海、空、山、そして見えない線。すべてが一つの図として重なっている。
「ここからだ」
短く言う。敵は見た。こちらも見た。次は、見えない部分でのやり取りになる。外の攻撃よりも、内側の揺れが厄介になる。
女神像のレーダーは、なおも水平線をなぞっている。何もないように見える海の向こうに、次の動きが潜んでいる。皆神山の内部では、ヤタガラスAIが静かに回り続ける。遅延を武器に、判断を守る。そのための形が、今、ようやく整い始めていた。
皆神山の中枢は、外界の音を切り離した静けさに満ちていた。厚い岩盤の内側で、機器の低い駆動音だけが一定の律を刻む。その中心、円形の室の奥に据えられた台座に、烏丸は座している。頭部を覆う装置は王冠のように見えるが、装飾ではない。神経の微細な信号を拾い上げ、ヤタガラスAIへと直接渡すための接続器だ。視界は二重に重なり、現実の空間と、演算によって再構成された戦場の全体像が同時に立ち上がる。海の縁、空の層、山の内部、それらが一つの図として重なり、動く。
女神像のレーダーから上がる波形が、ここでは地形の起伏として感じられる。禄剛崎の拡散電波は、薄い風の層のように広がり、敵の軌道に触れては歪みを作る。皆神山の内部から放たれる電磁の脈動は、鼓動のように規則正しく打ち、外へ向かって広がる。数値ではなく、触覚に近い感覚で、すべてが伝わってくる。皆神山のAIはそれらを瞬時に統合し、最適解を導く。
「第二波の残存、南西に偏る」
技術者の報告が届くが、言葉になる前に位置は把握できている。遅延を与えた群れの一部が、海面近くで再びまとまりかけている。時間のずれを修正しようとしているのが分かる。演算は、ここでの選択肢をいくつも提示する。迎撃を優先するか、さらに遅らせるか、あるいは別の層で圧をかけるか。
烏丸は息を整え、意識の焦点をさらに奥へ沈める。AIの演算の底、その下にあるもう一つの層へと触れる。言語ではない領域。計算でもない領域。そこに、かすかな応答がある。
時間をずらせ。
その意味が、遅れて立ち上がる。敵の群れは数で押す。だが数は同期に依存する。同期を崩せば、数は力を失う。迎撃の精度を上げるより、到達の時刻をばらす。
「出力、絞る」
烏丸が言う。
「範囲は維持。位相をずらせ」
指示は短いが、意味は重い。電磁波パルスの強度を落とし、代わりに位相の揺らぎを大きくする。広く乱すのではなく、通すべき帯域だけを残して、その縁を揺らす。敵の自律判断に微小な誤差を積み重ねるやり方だ。
「位相シフト、開始」
応答が返る。皆神山と女神像のリンクが即座に追従し、同じ揺らぎが網全体に広がる。禄剛崎の拡散も同期し、異なる層の干渉が一つの効果として重なる。
視界の中で、群れの軌道がわずかにほどける。ほんの数秒の差が生まれ、列が崩れる。皆神山のAIはその隙を即座に拾い、迎撃の窓を開く。山腹の発射機構が連動し、遅れた個体から順に消していく。
「有効です」
技術者の声が少しだけ強くなる。
だが烏丸は答えない。意識はまだ奥にある。先ほどの層から、もう一度だけ、微かな圧が返ってくる。今度は外ではない。内側だ。固定した領域の縁、定義の隙間。そこに触れた痕跡が、淡く残っている。
「固定領域、縁だけ開ける」
烏丸が言う。
視界の外縁で、海上の空母がさらに遠ざかるのが見える。第三波は来ない。見ている。こちらの切り替え、遅延の作り方、内側の扱い。そのすべてを拾っている。戦闘は外から内へ、重心を移している。
「観測に移行しています」
管制が言う。
「分かっている」
烏丸は短く返す。ここからが本番だ。外の圧ではなく、内の接点。人と機械、その間にあるわずかな幅。
三浦の存在が、意識の端に浮かぶ。現地に入っているはずだ。人の流れを見る者と、機械の流れを見る者。両方が揃って初めて、全体が見える。
烏丸はゆっくりと息を吐く。王冠の内側で、神経の緊張がわずかに緩む。だが接続は切らない。今はまだ離れる時ではない。視界の奥に重なる図は、そのまま保たれている。海、空、山、そして見えない線。それらが一つの構造として静かに動き続ける。
「次は内だ」
独り言のように言う。誰に向けたものでもない。だが意味は明確だ。外からの攻撃は、すでにいったん終わった。これから来るのは、内側の揺さぶりだ。そのための準備が、今、この瞬間にも整えられている。
室内の静けさは変わらない。だがその静けさの奥で、次の段階が確かに始まっていた。
女神像の背後。
駐車帯に並んでいたトラックの荷台が、ゆっくりと変形を始める。
側面装甲が左右に開き、内部構造がせり上がる。
折り畳まれていた長大なレールが、一直線に展開される。
自衛隊が秘密裏に開発していた移動式レールガン。隣の小型原子炉のトラックに連結されている。
外見は簡素だった。だが、その内部では大電流が蓄積され、発射準備が整えられていく。
「展開完了」
女神像の上部センサーが目標を捕捉する。
海上のドローン空母。距離、角度、風、波。すべてが即座に補正される。
「照準固定」
一瞬の静止。
「撃て」
次の瞬間、空気が裂ける。発射音は爆発ではない。圧縮された衝撃が空間を走り抜ける。
弾体は可視できない速度で海上へ伸びる。
――着弾。
空母の甲板付近に、遅れて破壊が現れる。金属が内側から裂けるように歪み、構造材が吹き飛ぶ。
「命中確認」
続けて第二射、第三射。間隔は短い。連続発射。
弾体は同一点ではなく、わずかにずらして撃ち込まれる。
甲板、通信塔基部、発艦設備。空母の表層構造が連続して破断する。
「発艦機能、低下」
管制の声が重なる。
空母側が応戦しようとする。ミサイル発射準備の兆候。
「来るぞ」
だが次の瞬間、皆神山のレールガン第四射。
弾体は発射直前のミサイル付近に着弾。衝撃で空母の姿勢が崩れる。
発射シーケンスが途切れる。
「ミサイル発射停止」
完全な破壊ではない。
だが、発艦設備と攻撃能力は明確に削がれていた。
空母は針路を変える。距離を取る動き。
「後退しています」




