小人閑居して不善をなす?
もちろん私はずーっと仕事ばかりしていたわけではありません。
不定期ではありますが、近くの村へ遊びに行ったり、ラミアス叔父様が司教をなさっている教会へ行って神話のことを教えていただいたり。お弁当を持ってピクニックに行ったりしています。
充分遊びながら仕事をしていますのに。
算数の教科書一冊分と子ども向け歴史物語の本二冊分を書き上げて家族に見せましたら、長期休暇をお父様とジーク兄様に言い渡されました。二ヶ月間でも三ヶ月間でも良いから、とにかく休みなさい。と。
でも、家にこもっていたら暇潰しにポーション作りや原稿書きをしてしまいそうです。どうしましょう。
「二ヶ月もどうやって過ごしましょう?」
思わず口にしてしまいました。
ジーク兄様がそれを聞いて、笑いながら
「久しぶりにキャシーの家を訪ねてもいいんじゃないかな?レティがそうしたいなら僕から手紙を書くよ。向こう様の都合が良ければ招待状が届くだろうしダメなら断りの手紙が来る。そうだね、手紙が行って返事が届くのに十日はみよう。返事が来てからふた月の休みを取ればいい。…サーラの実家からはレティならいつでも歓迎すると言って来てるから、ひと月くらいずつ滞在すればいいと思う。」
「え?そんなにいてはご迷惑ではありませんか??」
「キャシーとサーラの家に、君の歌を一、二曲渡せばお釣りが来ると思う。キャシーもサーラの家も君の絵本や物語を出版してるしね。」
「では、新しい絵本の原稿も一つずつお渡ししてもよろしいでしょうか?」
「…うちにもくれる?」
「はい!」
「ならばその分の印税はレティだけにしてもらうとするか…」
「あの、私は」
「ダメだよ。今後、レティ以外の人が本を書いた時に報酬無しには出来ないからね。」
「あ!」
「わかってくれて何より。」
という経緯で。私は長期休暇をいただいて今はキャシー姉様…嫁がれてキャサリン・ローナシア・マイエルトとなりました(先先代の時に領都がツァルアルトからマイエルトに変わり領名が変わりました。その為に去年、改めて正式にマイエルトの家名を王から賜ったそうです)お姉様の館に滞在中です。
お姉様と(時にはお義兄様とも一緒に)お茶をいただいたり、私が弾く竪琴の伴奏でお姉様が歌ってくださったり、私が書いた本の感想を伺ったり。
新作の絵本(小さい子の初めての散歩)の原稿と版権をお渡しすると喜ぶ以上に驚かれて、私の方がびっくりしましたけれど。
キャシー姉様の館に滞在して十日ほどが過ぎました。
そろそろ一度アキテーヌン領に戻る頃合いです。マイエルトの館からアキテーヌン領の館までは馬車で七日から九日かかりますので。
サーラ義姉様のご実家へ向かうには一度アキテーヌン領に戻った方が無理なく行けますし。
お姉様のご夫君であるワーフェス義兄様のお許しをいただき、館の近くにある村の方まで散歩した時のことです。懐かしい木と再会しました。黒に近い紫色の、キイチゴのような実がなる木。桑の木です。
思わず近寄って木に尋ねました。
「あなたの葉を食べる芋虫はいない?」と。
「あなたは私と話せるんだ?すごい!私の葉を食べる芋虫がいるよ。何回も脱皮しては大きくなって食べる量も増えてね。すごく困ってる。私の実を食べるのは子どもばかりで、私自身はあまり大切にされてなくてさ…」
私は悩みましたけれど本当のことを話しました。
すると桑の木は、枯れないように配慮してくれるなら構わない。たまに接木ではなくて、実から苗を作って増やしてくれると嬉しい。と言ってくれました。
ごめんね。ごめんね。
私は桑の木から芋虫の繭を二十ばかり貰うと別れを告げてキャシー姉様のところへ戻りました。
キャシー姉様に桑の木と、その葉を食べる芋虫のこと、その芋虫の作る繭から出来る糸のことを打ち明けました。うちの領地に桑を植える許可が欲しいとも。
そうして桑の実から苗を作って育てて欲しいことも。
キャシー姉様はご夫君であり領主であるワーフェス義兄様と、前領主であり現在は領主補佐官をなさっておられるキャシー姉様の義父であるリカウ様と相談の上、桑の木の栽培と芋虫の飼育、繭からの製糸事業を立ち上げることを決めました。
私はその書状を持って大急ぎでアキテーヌン領の館に戻り(戻る途中、アキテーヌン領内で何本も桑の木を見つけました。アキテーヌン領の北部にも桑が自生しているようです)、桑の木の畑を作ること、芋虫を飼育する為の施設の建設、製糸工場の設立をお父様とジークお兄様に進言しました。
その為の資金に私の印税を使って欲しいことも。
ジーク兄様は私の話を受けて仰っいました。
「どんな糸が出来るのかな、楽しみだ。レティの資金があれば製糸工場も飼育施設も問題なく造れる。マイエルト領と競合することになるのは心苦しいがね。生き物を扱う産業だから生産量が測りにくそうだし、複数の生産拠点があった方が良さそうではある。
それにしてもレティ。君は休暇を過ごしていたんだよね?…この感じではサーラリアの実家マルブルフでも何かしでかしそうで、何となく不安だなぁ。」
…私はそれに返事が出来ませんでした…




