マルブルフにて
マルブルフ領主であるサーラリア義姉様のお父様ルーリック・ザルツ・マルブルフ様は若い頃に漁師として船で働いたことがあるという、豪放磊落な方です。
そして身内の会話では言葉を飾りません。こんな話し方をなさいます。
「若いうちは少し人に揉まれた方がいいんだよ。特に男はな。自分で働いて得た金で購った物を食うのは大事なことだ。それが魚であれ穀物であれな。だから息子たちにも俺と同じようなことをやらせたんだが。」
ご長男でありサーラリア義姉様の弟であるソーサ様は
「まだまだ学びが足りない。」
と、領主であるお父様と補佐官の下で経験を積んでおられます。マルブルフ領は漁業と果実栽培が盛んで豊かですが、それを維持するのは大変なのだそうです。
そしてご次男のディラフ様は平民になって漁師をしていると聞いて、驚きました。
「うちの貴族籍から抜けて平民になった。次男だからまあ例が無いわけじゃないが、珍しいだろう?あいつは漁師仲間の妹と結婚したがってなあ。貴族の次男では釣り合いがとれないからと懇願されたんだ。たまに俺とソーサが様子を見に行くんだが、あまり良い顔しないんだよ。二人の子どもが…俺にとっては孫がいてな。男と女の双子で可愛いんだけどなかなか会わせてくれない。妻のリナリーサがいたらもうちょっとは…あぁいかんいかん。」
奥様はサーラ義姉様が学園に入学する前に亡くなったと聞いています。
領主様は小さなため息をついて続けました。
「ソーサもなあ。あいつ、何だかんだ言ってなかなか結婚しようとしないんだ。大きな果樹園農家の娘を嫁にするって連れて来て婚約者にしたんだが。」
「何か問題があるのですか?」
「いや。娘の実家は富農でな。二代前だったかの当主が何とかいう果物の結実率を良くしたんだ。その功績で当時領主だった俺の祖父さんが王に上奏して準男爵(一代限り)の位と苗字を下賜した。だから身分的にはギリギリだけどセーフなんだ。ただソーサは何かしらの手柄を今の当主に上げさせたいらしい。今の当主も研究熱心だし人柄も良い。何か功績があれば男爵に出来る。
俺が王に上奏すれば過去の功績も配慮されるから間違いない。元々うちの領の外れに農地があるからそこを男爵家の領地にすればいい。ギリギリセーフの身分じゃなく、堂々セーフにしたいらしいんだよ。」
なるほど。
「でも、良いのですか?」
「こんな場合はな、新男爵はうちの預かりになる。だって農家が今の農場を手放して新しい領地を貰っても意味ないだろ。今の農場と周りの土地を少しうちから割譲することになる。この場合は利益、というか税の分を半分上納してもらうのが慣例だが、その農場からの収益が半分になっても他に農地は結構ある。うちは全然困らないから大丈夫だ。」
「そうですか。」
「なあレティシア。おまえさんの知恵で何とかならないか?あの、ほら干し魚や魚醤を教えてくれた時みたいに。今度のことがおまえさんの力添えで何とかなれたらソーサに言って毎年果物を送らせるからさ。」
「人を便利な用具扱いしないでください…でもその農場には一度行ってみたいですね。ソーサ様の婚約者様にもお目にかかりたいですし。」
「じゃ明日だな。馬車なら二日か三日で着く。馬車を二台用意して俺とソーサ、レティシアと侍女の四人で向かおう。」
「はい。よろしくお願いいたします。」
そういうわけで向かったドルク農場。当時の領主ラルドルク様がご自身の名前の一部を取って家名をお渡しになったとルーリック様から伺いました。
農場で仕事中だったらしいご当主様は慌てた様子で馬車に近寄って来ます。土の汚れがついた灰色の作業着に茶色のエプロン姿でした。
「こんにちは。領主様。ソーサ様も。こんななりで申し訳ありません。あの…」
「サンダー、仕事中に連絡も無く押しかけた我々が悪い。気にしないでくれると助かる。実はこの、サーラリアの義妹であるレティシアが農場を見たいというから連れて来たんだ。案内をお前に頼めるか?」
「もちろんでございます!レティシア様、何をお目にかけましょうか?」
そう言うと馬車に降りた私と農場の方へ歩き始めました。するとルーリック様が
「俺とソーサは館でイーダとメリーに話がある。ケンは果樹園にいるんだろう?」
と、叫ぶように呼びかけました。
「イーダは私の妻、メリーは娘です。ケンは息子でして。」
と説明してくださるサンダー様に
「すみません。あの農場の裏手の、こちらから見て右の丘?山でしょうか?あそこに何本もまとまって生えている木は…」
「パーシという樹木です。リンゴより少し実るのが早いのですが渋くて食べられない実がなります。野生なので渋いのだと思い、いくつか実を植えて育てましたが渋いままで。以来甘い実がならないか試す為に植えています。その都度土をよく耕したり灰を撒いたり、腐葉土を混ぜてみたり。枝をつめたりと毎年色々試したので今では四十本ばかり大きくなっています。ですが実は豊かに実るのですが相変わらず渋くて使い物にならんのです。」
「ではこの秋にあの実が熟したら、さっと熱湯に浸けてから皮を剥いて紐に結んで日に干して、試食してみてくださいな。」
「あの実を、ですかあ?」
「それから。灰を混ぜた熱湯に熟した実を丸ごと入れて蓋をして一日そのままにした後、実を取り出して洗って。皮を剥いて食べてみていただけますか?」
「えー?何でそんなことを??」
「渋味が抜けると思うので。」
「??…まあ、やってみたって良いですけどね…」
私がアキテーヌン領に戻ってひと月半ほど過ぎた秋に。私の言ったことをサンダー様はやってみてくださいました。
その甲斐があってこの冬、男爵の位をいただけたそうです。サンダー様の娘さんとソーサ様の婚礼も春に行うことが決まったとのことで誠におめでとうございます。
男爵様の新しいお名前はサンダー・パーシズ・ドルクになったそうです。
そうしてアキテーヌンの領主館と私の家には毎年渋抜きをした甘いパーシ(柿)の実と干したパーシ(干し柿)が届くようになりました。




