第9話 王都に届いた、噂の仲介所
ボルドーの一件のあと、ミルテ館は、急に忙しくなった。
辺境の町だけでなく、近隣の領地から、馬車で半日かけて相談に来る者まで現れた。「契約書を読んでくれる仲介所」――その評判は、思った以上の速さで広がっていた。
「シャルロッテ様、今日も三件、新しいご相談です!」
リーゼが、書類を抱えてくるくると動き回る。すっかり、ミルテ館の看板娘だ。
「うれしい悲鳴ですわね。けれど――」
私は、窓の外に目をやった。
「これだけ目立てば、面白く思わない方も、出てまいりますわ」
その予感は、その日のうちに、形になった。
夕方、一人の若い女が、ミルテ館を訪れた。
歳は、二十歳そこそこ。仕立てのいい、けれど華美すぎない装い。きびきびとした立ち居振る舞い。手には、革張りの帳面。一目で、玄人だと分かった。
「縁談の、ご相談ですの?」と、リーゼが声をかける。
「いいえ」と、女は短く答えた。「見学に来ただけです。――噂の『ミルテ館』が、どんなところか」
「見学、ですか?」
私は、奥から出ていった。
「ようこそ、ミルテ館へ。店主のシャルロッテと申しますわ。――あなた、縁談ギルドの方ですわね」
女の眉が、わずかに上がった。
「……なぜ、お分かりに?」
「その帳面の留め具。縁談ギルドの紋が入っておりますわ。それに、持参金の相場を確かめる癖のある目をしていらっしゃる。同業ですもの、すぐに分かりますわ」
女は、観念したように小さく息を吐いた。
「クロエ、と申します。縁談ギルドの、仲介人です」
「ご丁寧に。それで、ギルドのお方が、こんな辺境の小さな店に、何のご用かしら」
クロエは、店内を見回した。質素な棚。手書きの相場帳。順番を待つ、町の人々。そして、その一人ひとりに丁寧に応対するリーゼ。
「……正直に申し上げます。ガルニエ様――ギルド長が、この店を気にしておられます。ボルドー伯爵の件で、ギルドは大きな貸し倒れを出しました。伯爵が、もう借金を返せなくなったので」
「あら。それは、お気の毒に」
「あなたが、伯爵を縁談市場から葬ったせいです」
クロエの声には、咎めるような響きがあった。けれど、その目の奥には――別の何かが、揺れている気がした。
「クロエさん。一つ、お尋ねしてもよろしくて?」
「……何でしょう」
「縁談ギルドは、ボルドー伯爵に、何のために金を貸していたのかしら。あの家が、娘を売る詐欺を続けていたことを――ギルドは、本当に、知らなかったの?」
クロエの肩が、ぴくりと震えた。
答えは、なかった。けれど、その沈黙が、すべてを語っていた。
(やはり。縁談ギルドは、ボルドーの詐欺を知っていて、金を貸し、その手数料で潤っていた……)
「クロエさん。あなた、今のお仕事に、迷いがおありなのね」
「……っ、何を」
「いいえ。詮索はいたしませんわ。ただ――いつか、あなた自身が、ご自分の仕事を誇れなくなったとき。そのときは、ここへいらっしゃい。ミルテ館は、いつでも開いておりますもの」
クロエは、何か言いかけて、けれど唇を結び、深く一礼すると、足早に去っていった。
その背を見送りながら、リーゼが首をかしげた。
「あの人、敵、なんですか?」
「さあ。どうかしら」
私は、微笑んだ。
「敵か味方かは、本人が決めることですわ。今は、まだ。――それより、リーゼ。近いうちに、ギルドが本気で動いてまいりますわよ。心しておおきなさい」
その夜。
王都の縁談ギルド本部。豪奢な執務室で、一人の女が、クロエの報告を聞いていた。
縁談ギルド長、ガルニエ夫人。
歳の頃は四十半ば。美しく、そして冷ややかな女だった。
「……追放令嬢が、辺境で縁談ごっこ、ね」
彼女は、扇を弄びながら、薄く笑った。
「面白いこと。けれど――縁談市場には、“格”というものがございますのよ。素人が、いつまでも遊んでいい場所では、ございませんわ」
扇が、ぱちりと閉じられる。
「クロエ。次の『公開縁談会』に、ミルテ館を招きなさい。――わたくしが直々に、身の程というものを、お教えしてさしあげますわ」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
縁談ギルドの若き仲介人クロエ、そしてついにギルド長ガルニエ夫人の影が見えてきました。クロエの迷い、ギルドの闇――。
次話、いよいよ中盤の大型イベント。公開縁談会で、縁談ギルドの女王とミルテ館が真っ向から対決いたします! ブックマーク・評価で、続きをお待ちくださいませ。




