第8話 娘を売る家に、相場をお教えします②
王都の、とある商談所。
縁談に関わる商人や仲介人が集う、半ば公開の場だ。私は、ここをあえて選んだ。
ボルドー伯爵は、苛立った様子で待っていた。恰幅のいい中年男。脂ぎった指に、いくつもの指輪。
「シャルロッテ・フォン・ヴァルムント。追放された分際で、よくも私の縁談に首を突っ込んでくれたな」
「ごきげんよう、ボルドー伯爵。本日は、取引のご提案に参りましたの」
「取引、だと?」
「ええ。あなたが、わたくしへの損害賠償請求を取り下げる。その代わり、わたくしも――この十二件を、表沙汰にいたしませんわ」
私は、例の契約書の束を、卓に置いた。
ボルドー伯爵の顔に、一瞬、安堵が走る。脅し返して、手打ちにするつもりだ、と読んだのだろう。
「……ふん。それが賢明だな。互いに、損だ」
「ええ。ですから、これは“表沙汰”にはいたしませんの」
私は、微笑んだ。
「ただ――事実を、必要な方々に、お伝えするだけですわ」
そのとき。商談所の扉が開き、次々と人が入ってきた。
各家の縁談係。仲介人。そして――被害に遭った娘たちの、家の者。リーゼが、アルノルトの人脈を通じて、声をかけておいたのだ。
「な……何の真似だ」
「ボルドー伯爵。縁談市場というものは、信用で回っておりますの」
私は、ゆっくりと立ち上がった。
「ある家が、どんな縁談をまとめてきたか。約束を守ったか。娘を大切にしたか。――それは、目には見えませんけれど、縁談係たちの間で、静かに語り継がれておりますわ。わたくしは、王家縁談台帳を八年、預かってまいりました。どの家が、どんな縁談を結んできたか。すべて、この頭の中にございますの」
私は、十二件の事実を、一つずつ、淡々と読み上げていった。
いつ、どの娘に、どんな縁談を持ちかけ、どんな“控え”に署名させ、いくらの持参金を前払いさせ、そして、どう婚姻を流したか。
名前。日付。金額。条項。
脚色は、一切しない。ただ、事実だけ。
読み上げるごとに、商談所の空気が、冷えていく。縁談係たちの目が、ボルドー伯爵に向けられる。それは、怒りでも、嫌悪でもない。もっと、決定的なもの――
「あの家とは、もう縁談を結べない」という、静かな判断だった。
「で、でたらめだ! 証拠など――」
「証拠なら、ここに十二件」と、私は束を掲げた。「そして、被害に遭われたご家族も、この場においでですわ。どなたか、でたらめだとおっしゃる方は?」
誰も、口を開かなかった。沈黙が、何よりの答えだった。
「ボルドー伯爵。あなたを、訴えはいたしませんわ。牢に入れることも、いたしません」
私は、穏やかに告げた。
「ただ――今日この時をもって、あなたの家は、縁談市場で誰からも相手にされなくなりますの。良縁を結べず、娘を嫁がせられず、息子に妻を迎えられず。縁談ギルドへの借財も、もう、新たな縁談の手数料では返せませんわ。それが、人を売り続けてきた家の――“相場”ですのよ」
ボルドー伯爵は、真っ赤な顔で何か叫ぼうとして、けれど、もう誰も自分の言葉を聞いていないことに気づいて、よろめくように座り込んだ。
縁談市場における、ボルドー家の死。それは、剣を一度も抜かずに訪れた。
帰りの馬車の中、リーゼが、興奮した様子で言った。
「シャルロッテ様、すごかったです……! 怒鳴りもせず、脅しもせず、ただ事実を読んだだけで、あの伯爵が」
「リーゼ。声を荒げる必要は、ございませんの。本当に強い言葉は、いつだって静かですわ」
数日後。ミルテ館の評判は、ボルドーの一件とともに、王都の貴族社会を駆け巡った。
「辺境に、縁談の悪事を暴く仲介所がある」「その店主は、王家縁談台帳を知り尽くしている」――。
そしてその噂は、ある女のもとへも、届いていた。
王都の縁談市場を、長年、独占してきた女。
縁談ギルドの長――ガルニエ夫人のもとへ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
剣を一度も抜かずに、娘を売る家を縁談市場から葬ったシャルロッテ。第1章前半のざまぁ、これにて完遂です。
ですが、ボルドーの背後にいた「縁談ギルド」が、いよいよ動き出します。次話、ミルテ館の噂が王都を駆け巡り――。ブックマーク・評価、心より感謝いたしますわ。




