第7話 娘を売る家に、相場をお教えします①
ボルドー伯爵を相手取るには、まず証拠を集めねばならない。
私は、リーゼとミラ、そして二人の母親たちの協力を得て、ボルドー家が関わった縁談の被害者を、静かに辿っていった。
集まった話は、どれも同じ形をしていた。
手厚すぎる縁談話。先に署名させられる“控え”。前払いの持参金。そして――流れる婚姻。
「ひどい……。みんな、同じやり方で」と、ミラが唇を噛む。
「ええ。同じ手口を、相手を変えて繰り返しておりますの。一件ごとの被害は、訴え出るには小さい。だから誰も声をあげられず、泣き寝入りしてきた。――けれど」
私は、卓に並べた契約書の写しを、指で示した。十二件。すべて、ボルドー家の書式。すべて、二重契約の痕跡。
「集めれば、これだけになりますわ。一件では小さな染みも、十二件並べば、はっきりとした“仕組み”として見えますの」
リーゼが、相場帳に被害額を書き出していく。前払いされて戻らなかった持参金の総額は、目を瞠るものだった。
「シャルロッテ様。これ、全部合わせたら、ボルドー伯爵が縁談ギルドに抱えてる借金と、だいたい同じくらいの額です」
「つまり――」
「娘たちを騙して集めたお金で、借金を返してた……?」
「ええ。けれど、それでも返しきれていない。だから、今もまだ、詐欺を続けている。自転車操業ですわ」
準備が整った頃。先に動いたのは、ボルドー伯爵のほうだった。
ある日、ミルテ館に、王都の法務代理人を名乗る男が現れた。仰々しい書状を携えて。
「ボルドー伯爵家より、申し入れである。先般、リーゼ・コルトー嬢の縁談を不当に破棄させ、伯爵家に違約金を支払わせた件――あれは、ミルテ館による営業妨害であり、虚偽の風説の流布にあたる。よって伯爵家は、ミルテ館に対し、損害賠償を請求する」
逆襲、のつもりらしい。
リーゼが、青ざめた。
「そんな、シャルロッテ様……! こっちが訴えられるなんて」
「落ち着きなさい、リーゼ」
私は、書状を最後まで読んでから、静かに微笑んだ。
「むしろ――好都合ですわ」
「好都合……?」
「考えてもごらんなさい。あの慎重なボルドー伯爵が、わざわざ法務代理人を立てて、表沙汰にしてきた。それは、よほど“あの一件”を、なかったことにしたいからですわ。違約金を取り返したい。そして、わたくしを黙らせたい」
私は、代理人の男に向き直った。
「承りましたわ。では、こちらも正式に、お受けしましょう。――ただし」
卓の上に、十二枚の契約書の写しを、ばさりと広げる。
代理人の顔色が、変わった。
「これは……」
「ボルドー家が、この三年で関わった縁談ですわ。すべて、同じ書式。すべて、二重契約。前払いの持参金が戻らなかった被害者は、十二名。――伯爵が、わたくしを『虚偽の風説』で訴えるとおっしゃるなら、ぜひ法廷で、この十二件の真偽を、ひとつひとつ検めていただきましょう」
代理人は、書状を握ったまま、固まっていた。
「リーゼ嬢の一件は、ほんの始まりにすぎませんの。それを掘り返せば、芋づる式に、すべてが出てまいりますわ。――それでも、訴えますの?」
長い沈黙のあと、代理人は冷や汗を拭いながら、震える声で言った。
「……持ち帰り、伯爵に、確認いたします」
「ええ、どうぞ。お早めに」
代理人が逃げるように去ったあと、リーゼが、ほうっと息を吐いた。
「すごい……向こうから仕掛けてきたのに、逆に追い詰めて」
「リーゼ。覚えておきなさい」
私は、十二枚の契約書を、丁寧に揃え直した。
「相手が攻めてきたときこそ、相手は隙を見せますの。守りに徹していては、いつまでも詐欺は続く。――でも、向こうが“表に出てきた”今なら、仕組みごと、終わらせられますわ」
窓の外、辺境の空は、よく晴れていた。
「さあ、リーゼ。明日は王都へまいりますわよ。ボルドー伯爵に――きちんと、縁談市場の相場というものを、お教えしてさしあげましょう」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ボルドー伯爵、まさかの逆襲――かと思いきや、それがかえって墓穴に。十二件の証拠が揃いました。
次話、いよいよボルドー伯爵への“相場のお教え”が完遂されます。娘を売る家は、縁談市場からどう消えるのか。ブックマーク・評価、お待ちしておりますわ。




