第6話 偽りの良縁を、見破りますわ
その娘は、頬を上気させて、ミルテ館に駆け込んできた。
「聞いてください! わたし、玉の輿に乗れそうなんです!」
町の織物商の娘、ミラという。歳は十八。明るく、人を疑うことを知らない目をしている。
「相手はね、王都の立派な貴族の方なんです。持参金もたくさん用意してくださるって。こんな良いお話、信じられなくて……でも、念のため、ミルテ館さんに見てもらえって、母が」
「賢いお母様ですわね」
私は、ミラの差し出した契約書を受け取った。一読して――静かに眉を寄せる。
「ミラ。この契約書、署名の前に、もう一枚、別の書面に署名するよう言われませんでした?」
「……あ、はい。『手続き上の控え』だからって。先に、こっちにサインしてって」
私は、リーゼに目配せした。
「リーゼ。これ、何の手口か分かるかしら」
リーゼは、相場帳を広げて、しばらく考え込んでから、はっと顔を上げた。
「……二重契約、ですか?」
「ええ。お見事ですわ」
私は、ミラに向き直った。
「いいこと、ミラ。これはね、『持参金詐欺』の典型ですの。表向きの婚姻契約には、立派な条件が書いてある。けれど先に署名させる“控え”――こちらが本物の契約ですわ。そこにはこう書いてございますの。『婚姻が成立しなかった場合、持参金は前払いとして相手方に帰属する』」
「え……?」
「つまり、こういう筋書きですわ。あなたの家から、まず持参金を前払いさせる。そして婚姻は、何だかんだと理由をつけて、流す。前払いした持参金だけが、相手方の手元に残る。――婚姻する気など、最初からございませんの」
ミラの顔から、笑みが消えた。
「そんな……あんなに、優しかったのに」
「優しさは、詐欺の道具として、いちばん安うございますのよ」
私は、二枚の契約書を並べた。表の契約と、控えと称する裏の契約。日付の筆跡。条項の矛盾。隠された一行。
「ご安心なさいませ。署名するのは、まだ先でしょう。この控えに署名しなければ、相手は手を出せませんわ。むしろ――この二枚を揃えて公にすれば、詐欺の動かぬ証拠になりますの」
ミラを帰したあと、私はその契約書をもう一度、丹念に読み返した。
筆跡。文言の癖。条項の組み立て方。――どこかで、見たことがある。
「ロザリー。この“控え”の書式、見覚えはございまして?」
老婦人は、書面を一目見て、表情を曇らせた。
「……これは。ボルドー家が、昔から使っている書式ですよ。何度か、王家縁談係として差し戻したことがあります」
「やはり」
ボルドー伯爵。リーゼの一件で、私が違約金を払わせた、あの家。
彼は懲りていなかった。それどころか、町を変え、娘を変え、同じ詐欺を繰り返している。リーゼのときに失った金を、別の娘たちから取り戻そうとしているのだ。
(一人を救っても、仕組みを断たねば、次の娘が泣くだけ……)
私は、相場帳の最後のほうに挟んでおいた一枚の紙を取り出した。王都にいた頃、縁談台帳から書き写しておいた、ボルドー家の婚姻履歴。ずらりと並んだ、不自然な縁談の数々。
その夜、辺境伯アルノルトから、短い手紙が届いた。彼の人脈を通じて、ボルドー家に関する噂を集めてくれたのだ。曰く――ボルドー伯爵は近頃、王都の「縁談ギルド」に多額の借財を抱えており、その返済に追われている、と。
(借金のために、詐欺で稼ぎ、娘を売る……。そして、その後ろには、縁談ギルド)
糸が、一本、見えた気がした。
「リーゼ。お仕事が、大きくなりそうですわ」
私は、静かに微笑んだ。
「ボルドー伯爵に――きちんと、相場をお教えする時が来たようですの」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
持参金詐欺の手口「二重契約」を見破ったシャルロッテ。そして、その糸は再びボルドー伯爵へ、さらにその奥の「縁談ギルド」へと繋がっていきます。
次話より、いよいよボルドー伯爵への本格的な“相場のお教え”が始まりますわ。ブックマーク・評価で、続きをお待ちくださいませ。




