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断罪された悪役令嬢は“縁談”を仕立て直す ~あなたの婚約、条項が穴だらけですわよ?~  作者: 朝凪ことは


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第3話 その婚姻契約、違約金はどなたが?

 リーゼが差し出した契約書を、私は卓の上に広げた。


 羊皮紙が三枚。署名は、リーゼの父コルトー男爵と、相手方――ボルドー伯爵家。


(ボルドー伯爵……。聞き覚えがございますわね)


 王都にいた頃、縁談台帳で何度か見た名だ。娘や縁者を、有利な条件で次々と嫁がせ、あるいは引き取り、そのたびに金を動かしている家。早い話が、人を売り買いして利ざやを稼ぐ家門である。


「リーゼ。この縁談、相手はボルドー伯爵ご本人?」


「いえ……伯爵様の、四十も年上の従兄弟だと。三度、奥様を亡くされた方だと聞きました」


 私は、契約書の文面を一行ずつ追っていく。持参金の額。婚姻の時期。そして――条項。


「ひどい契約ですわね」


「やっぱり……」


「いいえ。リーゼ、ひどいのは“あなたにとって”ではございませんの。これは――書いた側にとって、ひどく雑な契約ですわ」


 リーゼが、きょとんとした顔をする。


 私は、契約書の中ほどを指でなぞった。


「ここ。第十四条。瑕疵担保の条項ですわ」


「かし……?」


「縁談における瑕疵担保とは、平たく言えば『聞いていた話と違ったら、責めを負うのはどちらか』を定めた条項のこと。――この契約では、こう書いてございますの。『婚姻後、いずれかの当事者に重大な事実の隠匿が判明した場合、隠匿した側が違約金として持参金の三倍を支払う』」


「それが、どうして……」


「ボルドー側は、この従兄弟殿を『健康なる独身の紳士』として縁談に出しておりますわ。けれど――三度、妻を亡くしている。しかもそのうち二度は、輿入れから一年以内」


 私は、ロザリーに目をやった。彼女は心得たように頷く。王家縁談係を務めた彼女は、王国中の家門の縁談履歴を、記憶の中に持っている。


「ロザリー。ボルドー家の従兄弟、ガストン殿の婚姻記録は」


「三件。いずれも持参金目当ての縁談で、輿入れ後ほどなく奥方が病に。……噂では、屋敷の扱いが、ひどく」


 リーゼの顔から、血の気が引いた。


「そんな……父は、そんなこと、何も」


「ええ。ご存じなかったのでしょう。けれどボルドー側は、知っていて隠した。――これが、第十四条の言う『重大な事実の隠匿』ですわ」


 私は、ゆっくりと立ち上がった。


「リーゼ。あなたを売ったこの契約は、そのまま、ボルドー側の弱みになりますの。彼らは持参金が欲しくて、雑な契約を結んだ。その雑さが、自分の首を絞めますのよ」


 翌日。私はリーゼと、その父コルトー男爵を伴って、ボルドー家の使者と面会した。


「縁談を、白紙に戻していただきますわ」


 使者は鼻で笑った。


「ご冗談を。契約は成立済み。破棄なさるなら、コルトー家が違約金を――」


「ええ、その違約金のお話ですの」


 私は、契約書の写しを卓に置いた。


「第十四条。ガストン殿の過去三度の婚姻と、その経緯を隠したまま結ばれたこの縁談。隠匿した側――すなわちボルドー側が、持参金の三倍を、コルトー家へお支払いになる条項ですわ。証言と記録は、こちらに揃っております」


 使者の顔が、固まった。


「……は?」


「縁談を続けるなら、隠匿の責めを公にいたします。やめるなら、違約金をお納めの上、円満に白紙へ。――どちらが、ボルドー伯爵にとって安うつきますかしら?」


 使者は、何か言い返そうと、口を開いた。けれど、その口からは、言葉の代わりに、ただ、息が漏れただけだった。


 手元の契約書に、視線が落ちる。自分たちが、勝つために用意したはずの、一枚。それが今、自分たちの喉元に、刃として突きつけられている。――そのことに、ようやく気づいた顔だった。


 私は、急かさなかった。ただ、静かに、答えを待つ。沈黙というものは、いつだって、追い詰められた側にこそ、重くのしかかりますもの。


 やがて使者は、冷や汗を拭い、絞り出すように、言った。


「……白紙で、お願いいたします」


 数日後。リーゼは自由になった。違約金は、傾きかけたコルトー家の借金を返して、なお余るほどだった。


「シャルロッテ様……どう、お礼を」


「お礼は要りませんわ。――ただ」


 私は微笑んだ。


「あなた、数字が得意とおっしゃっていたわね。よろしければ、ミルテ館を手伝ってくださらない? 縁談には、覚えておくべき相場が、たくさんございますの」


 リーゼの目が、ぱっと輝いた。


「は……はいっ! わたし、ミルテ館で働きます! ここ、最高ですっ!」


 こうして、ミルテ館に初めての仲間が増えた。


 そして同じ頃、王都のボルドー伯爵邸では。


 一人の男が、白紙に戻った契約書を握りつぶしていた。


「……ミルテ館、だと。シャルロッテ・フォン・ヴァルムント……追放されたはずの女が」


 逆恨みの火種が、静かにくすぶり始めていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


ミルテ館の初仕事。契約書のたった一条で、売られかけた少女が自由になりました。


ですが、娘を売る家は、これくらいで懲りませんの。次話、縁談には「相場」がある――シャルロッテのお仕事の流儀が見えてきます。ブックマーク・評価、心よりお待ちしておりますわ。


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