第14話 王家の婚姻契約に、ありえない一条
王都から、知らせが届いた。
王太子アルヴィン殿下と、聖女セレーネの婚姻が、正式に発表されたのだ。
私を断罪し、追放した、あの二人。その結婚を、王国中が祝福している――そういう報せだった。
「シャルロッテ様……大丈夫、ですか」と、リーゼが気遣わしげに私を見る。
「ええ、平気ですわ」
心は、不思議と凪いでいた。あの夜、私はもう、あの場所を捨てたのだ。今さら、二人の結婚に心を乱されることはない。
けれど――仕事の目は、別だった。
「リーゼ。王家の婚姻には、必ず、王家縁談台帳への正式な登録が要りますの。婚姻契約の写しが、各家門へ通達されているはずですわ。アルノルト様に、お願いして取り寄せていただきましょう」
「どうして、そんなものを?」
「気になりますの。――婚約破棄から、たった数月で、王太子の婚姻。早すぎますわ。何かを、急いで上塗りしている気がいたしますのよ」
数日後、王都へ召集されていたアルノルトが、辺境へ戻る道すがら、ミルテ館に立ち寄った。手には、王家の婚姻契約の写し。辺境伯という地位ゆえに、正式に取り寄せることができたのだ。
「これだ。……正直、こんなものを見て、何が分かるのか、俺には見当もつかんが」
「ありがとうございます。――では、拝見いたしますわ」
私は、羊皮紙を卓に広げ、一行ずつ、丹念に読み始めた。
婚姻の当事者。アルヴィン殿下。聖女セレーネ。日付。立会人。条項。
王家縁談係として八年。私は、王家の婚姻契約を、それこそ数えきれないほど扱ってきた。その書式、その文言、その手続きの一つひとつが、体に染みついている。
だからこそ――気づいた。
「……ありえませんわ」
「どうした」
私は、契約書のある一条を、指で押さえた。
「ここ。第十九条。『聖女セレーネの王家縁談台帳への登録は、モントレー公爵の保証をもって、これを正式とする』」
「それが、どうかしたのか?」
「アルノルト様。王家縁談台帳への登録は、王家縁談係の確認をもって行われますの。それが、唯一の正式な手続き。――個人の“保証”で登録できるなど、制度上、ありえませんのよ。ましてや、王太子妃ともなれば、なおのこと」
私は、王都から持ち出してきた台帳の控えを開いた。聖女セレーネの記録を探す。――けれど。
「ございませんわ」
「ない、とは」
「聖女セレーネの、家門の記録が、台帳に存在いたしませんの。彼女の出自を証する記録が、どこにもございませんわ。なのに、王太子妃として登録されている。――この第十九条は、その“空白”を、モントレー公爵の保証一つで、無理やり埋めた条文ですの」
アルノルトの顔が、こわばった。
「つまり、その聖女は……出自が、はっきりしない、ということか」
「あるいは――出自を、隠さねばならない理由がある。そして、それを隠したまま王太子妃にするために、モントレー公が、台帳に手を入れた。ご自分の“保証”で上書きできるよう、制度を捻じ曲げて」
点と点が、ついに、一本の線で繋がった。
私の婚約破棄。早すぎた王太子の婚姻。出自不明の聖女。台帳への不正な登録。そして、すべての中心にいる――モントレー公爵。
「アルノルト様。わたくし、ようやく分かりましたわ。なぜ、わたくしが追放されたのか」
「……どういうことだ」
「わたくしは、王家縁談台帳を、八年、預かってまいりました。台帳の正しい姿を、誰よりも知っておりますの。――そんな者が王宮にいては、台帳に手を入れて、出自の知れぬ聖女を王太子妃に据えることなど、できませんわ。すぐに、気づかれてしまいますもの」
私は、静かに、けれど確信を込めて言った。
「だから、わたくしは、邪魔だった。婚約破棄は、王太子の気まぐれではございませんわ。――台帳を知る者を、王宮から消すための、モントレー公爵の一手だったんですの」
あの断罪の夜。私は、誰かの大きな計画の、たった一つの“障害”として、取り除かれたのだ。
「許せませんわね」
私は、契約書を、そっと畳んだ。
「人の縁を、出世の道具にする。台帳を、私物にする。――縁とは、本来、結ぶものですわ。配るものでも、操るものでもございませんのよ」
窓の外、辺境の空は、夕暮れに赤く染まっていた。
「アルノルト様。わたくし、王都へまいりますわ。この第十九条――王家の婚姻契約に紛れ込んだ、ありえない一条を、正しい場所で、正しく、指摘してまいります」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
王家の婚姻契約に紛れ込んだ、ありえない一条。それは、シャルロッテの婚約破棄の「真相」そのものでした。すべては、台帳を知る者を消すための、モントレー公爵の策略だったのです。
次話、いよいよ第2章のクライマックス。シャルロッテが、王家の縁談に隠された不正を、正面から突きます! ブックマーク・評価、心よりお待ちしておりますわ。




