第13話 寝返りの予感 ―ギルドの若き仲介人
クロエが再びミルテ館を訪れたのは、雨の夜だった。
外套をしとどに濡らし、顔色は青く、けれど目だけは、何かを決めた人のそれだった。
「夜分に、申し訳ありません」
「お待ちしておりましたわ」と、私は言った。「いつか、いらっしゃると思っておりましたもの」
クロエを暖炉のそばに座らせ、温かいお茶を出す。彼女は、しばらく無言で、湯気を見つめていた。
「……わたし、ギルドに入ったのは、人の縁を結ぶ仕事に、憧れたからなんです」
ぽつり、と彼女は語り始めた。
「祖母が、縁談で苦労した人で。良い仲介人がいてくれたら、祖母はもっと幸せになれたって、ずっと思っていて。だから――」
「けれど、ギルドの仕事は、思っていたものと違った」
「……はい」
クロエは、唇を噛んだ。
「ギルドは、縁を結んでいません。手数料を、取っているだけです。良縁かどうかなんて、誰も気にしない。まとめた数だけが、評価される。弱い家ほど、足元を見られて、高い手数料を取られて……ボルドー伯爵のときも、ギルドは、あの人が詐欺をしていると知っていて、お金を貸していました。手数料が、入るから」
私は、黙って聞いていた。
「この前、あなたに言われたこと。『自分の仕事を誇れなくなったら、ここへ来い』って。……あれから、ずっと、考えていました。わたし、もう――誇れないんです。今の仕事を」
彼女は、震える手で、革張りの帳面を取り出した。
「これを、見てください」
開かれた頁を、私は覗き込んだ。そして――息を呑んだ。
そこに記されていたのは、ボルドー伯爵が使っていたのと同じ、“二重契約”の書式。けれど、その規模が違った。一件や二件ではない。ギルドが組織的に、何十件もの縁談で、同じ手口を使っていた記録だった。
「これは……ギルド全体で、持参金詐欺を?」
「正確には、違います」と、クロエは声を落とした。「ギルドが直接やっているわけではないんです。ギルドは、“この書式”を、各家に“貸して”いるんです。手数料を取って。実際に詐欺をするのは、ボルドー伯爵のような家。ギルドは、道具と、後ろ盾を、提供しているだけ。だから、表向きは、手が汚れていない」
「巧妙ですわね。詐欺の“仕組み”を売って、自分は安全な場所にいる」
「でも、それを許しているのは――ギルドの、もっと上の人です」
クロエは、声を、いっそう低めた。
「ガルニエ様でさえ、本当の主ではありません。ギルドの後ろには、王宮の、ある大貴族がいます。その方が、縁談ギルドを通じて、王国中の縁談を、裏で操っている。誰がどの家と結ばれるか。どの家を、栄えさせ、どの家を、潰すか。――縁を、配るように」
縁を、配る。
その言葉に、私の背筋が、ぞくりとした。
「クロエさん。その大貴族の、名前は」
クロエは、ためらった。それを口にすることが、どれほど危険か、分かっているのだろう。けれど、彼女は、まっすぐに私を見て、言った。
「……モントレー公爵です」
やはり。
ボルドー伯爵。縁談ギルド。アルノルトの偽りの縁談。そして――私の婚約破棄。
すべての糸が、その一点に、撚り合わさっていく。
「クロエさん」
私は、静かに告げた。
「あなたは今夜、とても勇気のあることをなさいましたわ。この帳面を、わたくしに見せたこと――それは、ギルドへの裏切りではございませんの。あなたが憧れた、本当の仕事への、忠誠ですわ」
クロエの目に、涙が滲んだ。
「わたし……どうすれば」
「今は、まだ、ギルドにとどまっておいでなさい。あなたが内側にいてくれることが、いつか、大きな意味を持ちますわ。――そして、いざというとき。ミルテ館は、あなたの味方ですもの」
雨は、まだ降っていた。けれど、暖炉の火は、暖かかった。
戦の輪郭が、ようやく、はっきりと見えてきた。
倒すべきは、ガルニエ夫人ではない。その奥にいる――モントレー公爵。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
迷えるクロエが、ついに動きました。そして明かされる、縁談ギルドの真の主――モントレー公爵。「縁を、配る」その言葉の不気味さ。
すべての糸が、一点へと撚り合わさっていきます。次話、シャルロッテはついに「王家の婚姻契約」に潜む、ありえない一条を見つけます。ブックマーク・評価、お待ちしておりますわ。




