第12話 無骨な辺境伯の、ほどけない縁談
アルノルトは、その日のうちにミルテ館を訪れた。
いつもの無骨さに、珍しく焦りが滲んでいる。
「すまない。急に呼びつけるような真似を」
「いいえ。何が、ございましたの?」
彼は、一通の書状を卓に置いた。モントレー公爵家からの、催促状だった。
「縁談を、一月以内にまとめろ、と言ってきた。でなければ――辺境への兵糧支援の見直しを、王宮に進言する、と」
「あら。前は『はったり』だった圧力を、本物にしてきましたわね」
私は、書状を読みながら、内心で警戒を強めた。モントレー公が、急ぎ始めている。それも、辺境伯家との縁談を、無理にでも成立させようと。
「アルノルト様。一つ、確かめさせてくださいませ。――この縁談の相手、モントレー公の縁者というのは、どなたですの?」
「公爵の、姪だと聞いている。会ったことはない」
「姪、ね……」
私は、相場帳と、王都から書き写してきた縁談台帳の控えを、突き合わせた。モントレー家の縁者の一覧。そして――気づいた。
「アルノルト様。この縁談、おかしゅうございますわ。モントレー公の姪御は、半年前に、別の家へ嫁いでおりますの。台帳に、はっきり記録がございますわ」
「では、この縁談の相手は――?」
「実在しない、か。あるいは、姪と偽った、別の誰か。いずれにせよ――この縁談、相手が誰かさえ、はっきりしておりませんの。なのに、こんなにも成立を急いでいる」
アルノルトの表情が、険しくなった。
「つまり、縁談は口実、ということか」
「ええ。本当の狙いは、別にございますわ。婚姻そのものより――『辺境伯家に、モントレー公の息のかかった者を一人、送り込む』こと。あるいは、あなた様の判断に、口を出す“足がかり”を作ること。婚姻は、その手段にすぎませんの」
私は、書状をもう一度、丁寧に読み返した。文言の癖。条項の組み立て。圧力のかけ方。――どこか、見覚えのある手つきだ。
(この縁談の組み立て方……。王宮にいた頃、何度も見た、あの方の手癖……)
「アルノルト様。この縁談、必ずほどきますわ。けれど――相手が誰かを偽ってまで急ぐ以上、ただ断るだけでは、必ず報復してまいりますの。だから、相手が二度と同じ手を使えないように、ほどきますわ」
私は、対抗策を組み立て始めた。実在しない縁談相手。偽られた縁者の身分。それらを逆手に取る。
「催促状には、こうお返事なさいませ。『謹んでお受けしたく、つきましては、お相手の身分を証する正式な縁談台帳の写しを、王家縁談係を通じてご提示いただきたい』――と」
「身分の、証明を?」
「ええ。正式な婚姻には、双方の身分を、王家縁談台帳で確認する手続きが要りますの。相手が偽りなら、この一文に、絶対に応じられませんわ。応じれば偽証が露見し、応じなければ縁談は進められない。――丁寧に、けれど逃げ場のない形で、お返しいたしますの」
アルノルトは、しばらく書状を見つめてから、ふっと表情を緩めた。
「……君がいてくれて、本当に助かる。俺一人なら、剣を抜くか、泣く泣く呑むか、二つに一つだった」
「剣で守れぬものを、契約で守る。何度でも、申し上げますわ」
ふと、彼が言った。
「なあ、シャルロッテ。一つ、訊いていいか」
「何でしょう」
「君は……自分の縁談は、どうするんだ」
不意の問いに、私は少しだけ、言葉に詰まった。
「……わたくしは。人の縁を結ぶのが、仕事ですもの。自分のことは、後回しですわ」
「そうか」
彼は、それ以上は何も言わなかった。けれど、その不器用な沈黙が、なぜだか、温かかった。
モントレー公爵。偽りの縁談。見覚えのある、手癖。
点と点が、私の中で、少しずつ線になり始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
アルノルトの縁談は、相手の身分さえ偽った「口実」でした。そして、その組み立て方に、シャルロッテは見覚えが――。
ほんの少し、二人の距離も縮まりましたわね。次話、迷えるギルドの仲介人クロエが、ある決意を持ってミルテ館を訪れます。ブックマーク・評価、お待ちしておりますわ。




