第11話 縁談ギルドの女王と、相場のはなし
ガルニエ夫人の宣戦布告は、すぐに形になって表れた。
まず、ミルテ館への相談が、ぱたりと止んだ。
「おかしいです……あんなに来ていたのに」と、リーゼが首をかしげる。
理由は、じきに分かった。縁談ギルドが、辺境一帯の家門に、こう触れ回ったのだ。「ミルテ館に縁談を頼んだ家とは、ギルドは今後一切、縁談を取り扱わない」と。
ギルドは、王都の有力な縁談を、ほぼ独占している。そこと縁を切られるのを恐れて、家々はミルテ館に近づけなくなった。
「それに、これも」と、ロザリーが一枚の紙を持ってきた。縁談ギルドの新しい料金表だ。「手数料を、半額に下げてきましたよ。ミルテ館より、ずっと安く」
ダンピング。安売りで客を根こそぎ奪い、競争相手を干上がらせる。古典的な、けれど有効な手だ。
「リーゼ、ロザリー」
私は、二人に向き直った。
「ガルニエ夫人は、二つの手を打ってまいりましたわ。一つは、脅し。一つは、安売り。――さて、どちらも、長くは続きませんの。なぜだか分かるかしら」
「えっと……」と、リーゼが考え込む。「安売りは、ギルドも損をするから……?」
「ええ、半分正解ですわ。手数料を半額にすれば、ギルドの実入りも半分。ボルドーの貸し倒れで痛んでいるギルドが、いつまでも続けられるはずがございませんの。これは、わたくしを早く潰すための“出血”ですわ。出血は、長くは保ちませんの」
「じゃあ、待っていれば……?」
「いいえ。待つだけでは、その前にミルテ館が干上がりますわ。だから、こちらも手を打ちますの。――ガルニエ夫人が“安さ”で人を集めるなら、わたくしは“信用”で人を繋ぎとめますわ」
翌日から、私は新しいことを始めた。
ミルテ館で扱った縁談の“結果”を、すべて記録し、公開したのだ。どの縁談が成立し、その後、双方が満足しているか。離縁に至っていないか。娘たちは幸せに暮らしているか。
「縁談は、結んで終わりではございませんの。結んだ後、十年、二十年と続くもの。だから――『その後どうなったか』こそが、仲介人の本当の通信簿ですわ」
ギルドは、縁談を“まとめた数”を誇る。けれど、まとめた後のことには、責任を持たない。手数料さえ取れれば、その縁談が後で破綻しても、知らぬ顔だ。
私は、その逆をいった。
ミルテ館の縁談は、数こそ少ない。けれど、成立後に破綻した縁談は、ただの一件もない。その記録が、少しずつ、人々の信頼を取り戻していった。
「安いギルドより、確かなミルテ館を」――そう囁く家が、ぽつり、ぽつりと、増えていく。
ある日、一人の老貴族が、ミルテ館を訪れた。ギルドの脅しを承知の上で、だ。
「ギルドの安い縁談で、上の娘を嫁がせた。三年で離縁され、戻ってきた。……下の娘には、同じ思いをさせたくない。多少高くとも、確かなところに頼みたいのだ」
私は、深く頭を下げた。
「お任せくださいませ。娘御の幸せが、十年続く縁を、お探しいたしますわ」
その夜、私は相場帳に、また一行を書き足した。
戦は、まだ始まったばかり。けれど――勝ち筋は、見えている。
安さは、すり減る。信用は、積み上がる。それだけのことだ。
そして同じ頃、辺境伯アルノルトから、急ぎの手紙が届いた。
例の、モントレー公爵家との縁談。それが、急に、動き出したというのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
ギルドの「脅し」と「安売り」に、シャルロッテは「信用」で応えます。安さはすり減り、信用は積み上がる――彼女の戦い方が、じわりと効いてきました。
次話、止まっていたアルノルト辺境伯の縁談が、急に動き出します。その裏にいるのは――。ブックマーク・評価、お待ちしておりますわ。




