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最終決戦前夜

エピソード

 断末魔 2

本分

 法衣を纏った岩洞は宝来警察署玄関脇の塀にしゃがみ込んで、頭を抱え込んでいた。

『死にたくない……』

『殺されたくない……』

『じゃがワシは一人では生きてはいかれない……』

『じゃがワシは珠伊師の前に戻れば霊核を抜かれる……』

『ああッ! ワシは……ワシは……どうすれば良いのか……』

 駐車場に入る手前で、警察車両が一台止まった。

 車両から一人の男が降りてくると、悩み抜いてる岩洞の肩を叩いた。

「どうしました。気分でも悪いのですか?」

 しゃがんでいる岩洞は頭を上げ、肩を叩かれた男を見上げた。

 心配そうな声をかけた男――それは神崎だ。

「いや、大丈夫です……」

 神崎に代わって警察車両を駐車場に戻した弓月が、駆け寄り岩洞を覗き込んだ。

「顔色が相当悪いですよ。ちょっと休んでいきなさいよ」

 弓月が言うと、その優しそうな声に何故か、岩洞は立ち上がった。弓月はそのまま二階の取調室に誘導し、紙コップに緑茶を注いで岩洞に差し出した。

 啜る岩洞……見守る弓月と神崎……

「う」と岩洞は声をあげ、両目に涙が光り始めた。

 それは安堵した嗚咽だ。

「大丈夫? 救急車呼びましょうか?」

 弓月の声がけに岩洞は、さらに泣き始め、それは号泣に代わっていった。

「どうしたんだ、君……」

 弓月に替わり神崎が声をかけた。弓月は岩洞の背中を優しく擦りはじめた。

「こ……こんな親切……今まで味わったことが無かった……」


 たかが、紙コップの緑茶一杯で?


 神崎と弓月は不思議に思ったが……神崎には、なにか事情がありそうだ、と直感した。

 正直に話せ、と今までの神崎なら言ったはずだが、今の神崎には重伝の言葉がしみている。

「弓月、もう一杯緑茶、頼む」

「はい」と元気よく弓月は答え、紙コップを岩洞の前に差し出した。

「なにか気になっていることがあるんだね、話してご覧。何があっても僕らは君の味方なるから」


 取調室前では、警官が覗き込んでいる。

 その後ろから頼近と加藤副署長は近づいてきた。神崎達が帰署した報告もないので、これは何かあると二人は感づいていたのであった。

「ご苦労」

 加藤は警察官の肩を叩くと、くだんの警官は加藤に敬礼しその場を立ち去って行った。

「あの二人なにか、掴んだかもしれんぞ」と加藤。

「私もそう思います」と頼近が返答する。

 加藤は言う。「頼近、裏だ」と観察室を顎でしゃくった。

 加藤と頼近は取調室の真裏にある観察室に入った。ミラーガラス越しに神崎達の動きが見え、さらにスピーカから、取調室の内容が筒抜けになる小部屋だ。防音室であり、加藤らの声も届かない。

 スピーカーから岩洞の声が聞こえた。

「ありがてえ」

 そう言いながら涙にくれる岩洞は飲み干す。

「落ち着いたかな?」

「へえ」

 下人のような声を出す岩洞であった。

「実はワシは……」

 そう岩洞は言いかけて口を閉じた。岩洞には葛藤があった。

 まだ話せない……決断が鈍る……

 神崎は急がせることなく、じっと見つめる。

 数分の沈黙が流れ――岩洞の唇が震えだした。

 言い出そうとするが、そのたびに喉が鳴り生唾が溢れる。

 岩洞には迷いがある――しかし死の恐怖と身の保身が岩洞の背中を押した。

 意を決したように、岩洞は話し始めた。

「ワシは、珠伊師和代の下で働いていた。ワシの催眠法力は珠伊師に取っては有効な手立ての一つ……」

「珠伊師だって? 待ってくれ、なにを言ってるんだ、さっぱり分からないぞ」

 神崎は驚きの目を持って岩洞を見つめる。

 岩洞は唇を震わせる。

「刑事さん、信じられんだろうが……催眠法力とは、操り人形のように人間を意のままに動かす強力な術だ。刑事さん……ワシは覚悟を決めた。白状する。――あのスケロクビルを火の海に包みこませたのは、ワシの催眠法力による下人の仕業だった」


 スケロクビル火災……ここでも繋がるのか、と神崎は思った。


「放火したのは君か?」

 驚く神崎の問いかけに、岩洞は身の保身を図るかのように言う。

「下人に放火の指示をしたのは、珠伊師和代だ。ワシは下人を集めただけだ」

 神崎は詰問する。

「君が言う下人とは、誰のことだ? 催眠にかけられた人間か?」

「そうだ。珠伊師もワシも催眠法力をかけた人間を『下人』と称している」

「下人というのか? そうだ、放火事件の前に金庫を強奪した事件がある。それは君の力によって集めた人間じゃないか? それに金庫を奪えと指示を出した……」

「違う。違うんだっ!」

 あくなでも自分では無いと言いはる岩洞である。そこにも身の保身を図ろうと藻掻いている姿があった。

「違うとは?」と神崎。

 やり取りを見つめる弓月、それと無言で聞き入る加藤と頼近……

「豪腕を集めろ、と珠伊師が命じたので集めただけだ」

 神崎はさらに言葉を繋げる。

「金庫を放り投げる事が出来る怪腕の人間? それはもう怪物だよ。信じられないね」

 岩洞は押し黙った。

「とても人の仕業ではないぞ」

 またもや数分の沈黙――

 以前の神崎なら、机を叩いたり供述を強要しただろう。しかし今は重伝の言葉がある。

「珠伊師から重量のある金庫を取り戻すために、ワシは体力の限界を超える催眠法力をかけた」

 今までだまって聞いていた弓月が何気なく問いかけた。

「体力の限界を超えた人達が、金庫を奪ったというわけですか。岩洞さん、体力を越えた人達なんて信じられませんよ。その人達は今どこに?」

 少しの間をおいて岩洞は言う。

「……限界を超えた肉体は、耐えきれずに体内爆発を起こす」

 この答えに神崎はぞっとした。

 しかし、それは観察室で聞いていた加藤と頼近にも、変死体の謎が解けた瞬間でもあった。

 弓月には報告書でしか知らされていないので、実感が湧かないようだ。「そうなんですか……」

「だがこれは珠伊師がそうしろ、と」

 あくまでも岩洞は、珠伊師の要請で自分に罪はない、と言いたげだ。

 ふん、と神崎は鼻を鳴らした。

「あくまでも珠伊師の命令で、それに答えた、と? だが、まだ信じられないね」

 岩洞は顔を上げ神崎を見る。

「ナニがですか、刑事さん」

 神崎は言う。

「法力かどうか別として、催眠術って二~三〇分で解かれると聞いたことがある」

 岩洞は少し胸を張るように答えた。

「そこが並みの催眠術とは違うところだ。ワシの催眠法力は数週間にも及ぶ。ゆえに催眠法力なのだ」

「そんなに長く? 信じがたいね」

「そうだろう……血の滲む思いをして得た法力だ。しかしワシの得た催眠法力も永遠では無い。何度もかけ直す必要もあるのだ。中には、かけ直す前に解かれる人間もいる」

「ほお……そうなんだ」

 岩洞は続けた。

「だが解かれても、その間に仕出かしたことはなにも覚えておらん。ゆえに佐野の妻子を誘拐に失敗して下人どもは、覚えていないはずだ。ただ一点、阿辺圭吾だけは覚醒しても過去の記憶が残っていたのだろう」

「栄署からの報告書を読んだことがある。栄署管内で起きた殺人事件だな? であれば、珠伊師の陰謀に気がつき、そして殺されたのか?」

「恐らく……八王子の収賄容疑も『全て阿辺圭吾が単独で行った』と言い張るだろう。死人に口なしだ。ワシはその珠伊師の怖さを知ってしまった以上……ワシは……もう耐えられなくなった……ワシは珠伊師和代に殺されるっ。刑事さん助けてくれっ……ワシはまだ死にたくないっ!」

 身震いする岩洞は、藁にもすがる思いで神崎の袖を引っ張った。

「頼む……頼むッ」

 引っ張られた袖を振り払う神崎。

「落ち着きなさいよ。だがこの証言は信用出来るかどうかだ」

 信じてもらえない? ……岩洞はさらに怯えた。

「刑事さん、正直に話たんですよ」

「いや、まだ君は何隠しているな?」

「隠すなんて、そんな……」

 怯える岩洞に神崎は睨む。

「君は珠伊師に命令されて、と、他人事のように言い張っている」

 岩洞は冷や汗を垂らした。恐怖で混乱している声を出した。

「ワシにとって……珠伊師は恐怖でしかない……恐ろしい術祖を見たんだ……聖ハントスの死に様を……」

 次に神崎は優しく問いかけた。

「聖ハントスの死に様?」

「聖ハントスは珠伊師のお気に入りの部下だった。ワシより数段、格上の人物だ。それをあっけなくする仕打ちに、ワシは心底震えたんだ」

「重ねて聞くが、聖ハントスとは?」

「……近藤寿三郎だ……」

「ええっ?」

 岩洞の証言に驚く弓月――「あの多摩川土手沿いで発見された?」



 観察室で黙って聞いていた加藤は頷いた。

『栄署の倍賞が言っていたのはこのことか……だが近藤が廃人になっている以上、問い詰めることは出来ない。いかにも悪知恵の働く珠伊師だ』

 頼近は言う。

「この証言で、金庫強奪、スケロクビル放火と変死体の謎が、ここで一致しましたね」

 しかし加藤は冷めた口調だった。

「だがね、この証言はあくまでも状況供述だ。それに催眠法力――この馬鹿げた証言、誰が信じるかね。これだけでは裁判にならん。さらにあの珠伊師のことだ。もし裁判に持ち込めたとしても物証が無い以上『この男たちは気がふれておりますわ』でチョン、だな」

 頼近は困った顔つきをした。

「どうしますか副署長。これらの証言で彼は警察の保護対象になりますが……いずれ幇助容疑で逮捕となるでしょうが、こんな証言では裁判所に逮捕請求手続きは通らないでしょう。だからといって、手続き無しでは独房にぶち込む訳にはいきませんし」

「だろうな。だからといって、君やわしの所で保護するわけにもいかん。――まあ、取調室での保護しかないぞ」

「しかし副署長、長くても二日、三日ですよ」

「そうだな。悪知恵の働く珠伊師だ、必ずや嗅ぎつけ拉致もしくは殺害に到るだろう。そうなる前に、なんとしても珠伊師和代をしょっ引く手段を考えねばならん」

「それに二日、三日では全く時間が足りませんよ」

 頼近は腕を組む。

「犯罪の立証として重伝や近藤を呼んでも証言出来ませんし、ましてや大災害庁庁官です。検察や裁判所は証拠不十分で無罪、となりますね」

 頼近の言葉に加藤は、はっきりと宣言した。

「警察は民事不介入だ。だが、わしらは変死体捜査評議会、つまり非公式組織だ。そして非公式組織、変死体捜査評議会が捜査したその延長に、珠伊師和代がいる。非公式は非公式なりのやり方がある。評議会が立ち上がねばならんのは――今だ」



 山下倉庫 午後六時

 ちりりーん……ちりりーん……

 風鈴のような音が倉庫に響く。それは杉田が寺家を呼ぶ音だ。

 だが寄ってきたのは天馬だった。

「寺家先生は……?」

 頬がこけやつれた杉田は、か細い声で天馬に聞く。

「ドクターは本間医院からの要請で、昼から本間医院に行きました。緊急手術のため今日は帰れないと、今し方連絡が入りました。ドクターから社長のお世話を仰せつかりました。今晩はよろしくお願いします」

「そうか……心遥は?」

「心配ありません。それならケンジさんとサヤカさんを呼びます」

 天馬の声に、二人が杉田のベッドを取り囲んだ。

「今日のところは送迎は無事でした、ボス」

 祖父江の声に願成寺が言う。

「ケンジはそう言うけど、帰りに濃紺のワゴン車がくっついてきてさ」

「……」

「それも俺は気がついた。サヤカがどうしようと言ったが、そのまま帰ってきた」

「……」

「明日からの送迎、気をつけないと」

「そうだ。今日はなにも無かったけど、明日からの送迎は覚悟がいるぞ」

「……」

 杉田は目をつぶったまま、なんの反応も無い。

「ボス、聞いてますか?」

 願成寺がベッドを軽く揺すったが、杉田は無反応だ。

「ええっ? やだ……」

 祖父江の額に汗が滲んだ。

「ボスっ――ボスっ」

 祖父江が杉田を揺すった。反応がない……

「ちょっとっ、止めてよっ」

 願成寺の叫びに、何事が起こったかと全員が杉田のベッドに駆け寄っていった。

「まさかで、やんしょ?」

 越狩が杉田を覗き込んだ。

「息してっか」と伊東。

 突然、御手洗が金切り声を上げた。

「やめてよぉ社長っ……死んじゃったのぉ……」

 管弦は怒るように天馬に言った。

「天馬、何してんだヨッ、救急車、呼べよっ」

 さっきまで話をしていた社長が、いきなり、と言うことで天馬も言葉が出なかった。

 何か異変が起きたのか、と二階事務所から佐野夫妻が顔を出した。

 杉田の急逝に全員が為す術無く、混乱した。


 ――しかし的場だけはにやついている。黒川も冷静だ。


「的場、何笑ってんだ! ボスが大変なんだっ」

 祖父江は怒鳴る。しかし突然、杉田は目を開けた。


「……なんてな……」


 全員があっけにとられた。

「アホバカ社長ッ――ビックリするジャンかよ!」

 管弦が杉田をドンドンと叩く。そうだそうだ……の合唱だ。

「止めろよ……俺、病人……」

 的場は笑う。

「いつぞや、わっちをミイラ男にした社長一流のブラックユーモアでがす」

 越狩は呆れたように言う。

「わかってたんでやんすか」

「私もおかしいと思ってました」と黒川。

「何故わかったの」と天馬。

「社長は息をすましていましたのが分かりましたので」

 杉田は咳き込みがら言う。

「ばれ……てたかぁ……」

 管弦は怒る。

「何がばれたか、よ! 皆、死んじまったと思ったジャンかよ!」

 杉田は言う。

「俺の……計画……は……」

 天馬は杉田を慮った。

「社長、もうこれくらいで」

 だが杉田は言う。

「あまり声が……出ない。武春……君の声で今……から言う俺の計画を……」

 ゲホゲホと咳き込みながら、越狩の耳元で囁く。

「分かったでやんす。不肖この武春、社長の声を代弁するでやんす」

 確かに越狩の声は大きい。喋らすと止まらないのも越狩のよいところだ。

「祖父江さん願成寺さん、明日も送迎お願いしますでやんす」 

 越狩の言葉に祖父江は顔を曇らせた。

「そりゃ分かるが、誘拐犯の思うつぼだぞ。追いかけてきたら、ここがばれるじゃないか」

 杉田の声に越狩は納得するような顔をした。

「相手をここに誘き出す計画でやんす」

 願成寺は驚いた。

「誘き出す? また放火されたらどうすんのよ」

 さらに、うんうん、と杉田の言葉に反応する越狩。

「倉庫は木造では無いので放火されても一部でやんす。それに放火される前に相手を締め上げ、珠伊師を誘い出すんでやんす。珠伊師は頭の回るヤツでやんす。相手を叩きのめせば珠伊師は出てくるんでやんす。彼女の性格からして陣頭指揮を執らざるを得ない状況に追い込むんでやんす。スケロク商事一丸となれば出来ないことはないでやんす。積年の恨みをここで果たすんでやんす。宝来警察とタッグを組んで珠伊師を……少々お待ちを……え? そこまで言ってないでやんすか?」

 杉田と越狩はなにやら話し込んでいる。

「そうか……ボスの言うのがわかった」と祖父江。

「送迎を囮に使って、珠伊師を捕まえるって寸法か。さすがボス」

 願成寺は少し不安そうな声になった。

「でもさあ上手くいくのかなあ?」

「上手くいくもなにもやるしかねえ、なあ、皆」と祖父江は見回した。

 越狩が話し出した。

「その通りでやんすが、その前に段取りがあるんでやんす。相手は、武器を振るってくるはずでやんす。その対抗手段を考えるんでやんす……」


 越狩の代弁は深夜まで続いた。


『やるしかない』と天馬は思った。

『琴葉を思うと珠伊師は何かしたに違いない。それを知る上でも……』



 第11話その6 最終決戦に続く

(まだあんのか)


※本作は、執筆における誤字脱字の校正および構成の補助として、AIツール(Gemini、Copilot、ClaudeAI:全てフリー版)を利用しております。物語の核となるプロットや描写は、作者自身の手によるものです。



後書き

 この後編で終わらせる予定でおりましたが、この章だけで6000文字を突破しました。申し訳ございません。

 次話では珠伊師和代は如何にしてスケロク商事を抹殺するか、ところがどっこい、反撃に牙をむくスケロク商事の捨て身の一献があるのか、これを最終話にしたいと思っています。ただ成り行きによっては、まだ続くかも?


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