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 断末魔 1

 戸部警察署では暴走を起こした下人達の言動に困惑していた。

 なにを質問しても「へぇ」と言うだけだ。

「怪我人もいるぞ。なにが起きたんだ。仲間割れか?」

 担当刑事は匙を投げる。それほど岩洞の催眠法力は強力なのだ。

「車両は民主今平党の持ち物だと分かっている。無断で持ち出したのか、窃盗だぞっ、どうなんだ!」

 捜査初期段階で民主今平党が所有するライトバンと判明していたが、盗まれたのかどうか判然しない。そこで戸部署から、珠伊師に事情を聞くために刑事が派遣された。


 民主今平党党本部では秘書が駆け寄る。

「戸部警察署から刑事さんが事情を聞きたいそうです」

「分かりました」

 微笑む珠伊師。

「ライトバンが盗まれていたとは知りませんでしたわ。車両は車両部に任せておりますし、そもそもそう言う報告は受けておりませんのよ」

 あくまでも珠伊師は盗まれたと主張する。最悪の事態も考慮し行動する、珠伊師の狡猾さだ。

「気がついていなかったのですね? 車両運行表見せて頂きたいのですが」

 珠伊師は秘書に命令する。

「車両管理者を呼んでくださいな」

 呼ばれた責任者も珠伊師同様、はっきりしない返答ばかり続けるのであった。

「これじゃ、あなた、デタラメじゃありませんか。車両運行責任はどうなってるんですかねえ」

 刑事が口を尖らせるが、意に介していないようだ。

「ワタクシにも責任がありますので、これからはもっと厳しく指導しますわ。これでよろしくて?」

 党本部から出た二人の刑事は、警察車両に乗り込むと、お互い愚痴った。

「捉えどころの無い返答だよなあ」

「こんな間の抜けた話ってあるのかよ」


 結局、後日には盗難車両による単独事故扱いとなったのである――


 その夜、今平党党本部では、目論見通りと思っていた珠伊師は激怒していた。

『誰じゃ邪魔したのは!』

「岩洞をここへっ」

「へえ」と覇気の無い下人は岩洞を連れてきた。

 ガタガタと震えが収まらない岩洞は、珠伊師の前にかしずいた。

「計画が水泡とかしたぞ」

「は、誠に面目なきことでございます」


 どんな仕打ちがくるのか……? 恐怖で気が狂いそうだ。


何故なにゆえ失敗したと申すのかっ」

「わ……分かりませぬ」

「このうつけ者っ」

 珠伊師は岩洞の左肩に足をかけ、思い切り力を入れる。

 無抵抗に転がるだけの岩洞……。

 さらに唇を歪め、喉の奥から青黒い反吐を絞り出すと、岩洞の顔目掛け吐きだした。

 べちゃ――

 岩洞の頬に落ちたが、岩洞は何も抵抗出来ない。

「この穢れ者めがっ……この面汚しめがっ……」

 悪鬼のごとき形相で机から黒光りするムチを取りだし、岩洞に突きつけた。

「ひ」

 珠伊師はそのムチを一振りする。

「や、止めてくだされ~!」

 バシッ……

 ムチは岩洞では無く床を叩いた。その勢いは凄まじく、石目調タイルの床にちいさな穴を開けた。

「いいか岩洞っ、次しくじったら、このムチで打ち付けようぞっ! さらに霊核を抜いてやるわっ、このろくでなしめがっ」

 震える岩洞は床に開いた穴を震えながら見つめた。

 珠伊師は冷たく言う。

「失敗の原因を探れ、よいな?」

 岩洞は這いつくばった。

「わ……分かり申した……げ……原因を探りまする~っ」



 深夜十時半

 ザキの通りは先ほどの風は止み、どことなく澱んだ空気が辺りを支配している。

 その中をベテランと新人コンビの警察官が夜回りしている。人通りは全くなく街灯は無表情に冷たく路面を照らし、二人の足音だけが響いている。

 銀色のセダンが、民主今平党党本部の裏口近くにひっそりと佇んでいるのを、横目で見る新人が呟いた。

「そう言えば最近、栄署の警察車両見かけませんね。ウチだけですね」

「そうだな」とベテランは曖昧に答えた。

「あれだけ騒いでいたマスコミも殺人事件のその後も記事が見あたらないし。今では八王子市長選挙の収賄容疑で騒いでますよねえ」

 時折、路地に光を当てながらゆっくりと歩む二人である。

「マスコミの興味対象が変わったんだろう。しかし俺は思うんだよ」

「なんですか先輩?」

 民主今平党の脇を通り過ぎたずっと先でベテランが言う。

「見てろ……その内、八王子収賄事件も立ち消えになるぞ」

 新人は驚いて立ち止まった。

「どういう意味ですか?」

 同じく立ち止まったベテランは、新人警察官の顔をみながら、にやりと笑う。しかし目は笑っていない。

「見えないチカラは何処にでもある――この警察にも深い闇があるんだよ……」

「先輩、言っている意味が分かりません」

「経験を積んでいけばいずれ分かるさ」

 そう言うと、ベテラン警察官は歩き始めた。



 数日後、そのベテラン警察官の予言通り、八王子市長収賄事件は立ち消えになった……。



 変死体捜査評議会

 捜査資料に目を通していた神崎の横で弓月が言う。

「神崎先輩っ、やっぱり近藤の言動が気になります」

 その声に神崎は顔を上げた。

「弓月もそう思うかい。でも僕の証言だけではな。他に証拠を集めないと」

 弓月真度香は、思いついたように神崎に相談した。

「神崎先輩、週刊日々の記事の出所を探りませんか」

 考える神崎。

「うん……それも一理ありそうだ」

 神崎は正面デスクの頼近に問いかけた。

 頼近は言う。

「おう、ここは非公認組織だ。無駄でも何でもやりたいようにやってくれ。俺はここで結果を待つ」

「承知しました」

 神崎と弓月は敬礼すると会議室を後にした。



 帝国日々新聞社

「横浜からわざわざ弊社を訪ねてきたのですか。それはそれは」

 喧噪感が漂う新聞社内の中、週刊日々の編集長は提示した警察手帳をしげしげ眺める。

「あの記事を書かれた記者さんにお話を聞きたくてここまで来たのですよ」

 神崎は重伝の言葉をかみしめながら言った。


『焦っちゃ駄目よ』と重伝刑事の声が聞こえそうだ――

 

「記事を書いた記者ですか……」

 編集長は困った顔をした。

「開示出来ない理由があるのですね?」

 弓月はこれからの肥やしのために、二人のやり取りを黙って聞いている。

「いやあ……犯罪捜査協力は我々マスコミの義務でもあるんですが……」

 何とも歯切れの悪い言い方の編集長であった。

 突然、神崎は憤然と立ち上がった。

「話せない理由があるならそれでも結構です。弓月、帰るぞ」

『え? 署に戻る?』

 編集長もそうだが、弓月にとっても予期出来ない神崎の行動だった。

 編集長は顔色を変え、慌てて手を伸ばし引き留めた。

「イヤイヤ待ってください刑事さん、そうでなくて……」

 神崎は腰を下ろした。

「捜査には協力するんですが、あいにく……その……」

 編集長は口ごもった。

「なんですか?」と神崎は念を押した。「言いたくなければ言わなくても良いんですよ」

 その声に編集長は覚悟を決めたようだ。

「該当記者は、何者かに命を脅かされているんです」

「命を? それは聞き捨てなりません。それはどういう?」

「記事を書いた記者は佐野圭一と申しますが、あの記事以来、不穏な動きがあって、幹部会議で当分身を隠すように指示されましてね。居場所は把握してますが、この二日ほど出社しておりません」

「身を隠している? 誰かが記者の命を狙っているんですか」

 編集長は首を横に振った。

「正体は分かりません。ただ、あの記事が引き金になっているのは確か、でしょう。それに彼だけでなく妻子が襲われそうになってましてね」

「襲われそうに? 警察には話してないのですか」

「そうです」

「そんな事案をなんでほっとくんです? 通報すべきでしょう」

 神崎は強く申し出たが、編集長は頭を下げるばかりだ。

「会社の沽券に関わるとでも言うのですか」

「いや……まあ……そんな……」

 埒が開かないと思った神崎は言う。

「それならなおさら事情を聞きたい。その記者は今どこです?」

 はなすべきか迷った編集長だったが……「山下埠頭にある倉庫です」

 この時、初めて弓月が発言した。

「倉庫に隠れているんですね?」

「そうです」

「無人倉庫ですか」と再度、弓月は確認する。

「いや、無人ではありませんよ、そこは、何でも屋と称する会社があるようで……以前、佐野のスクープを手伝ったとかで……好意に甘えてるんです」

「何でも屋? 社名は分かりますか」

 編集長は言う。

「はい……スケロク商事という会社です」

「え?」

 その言葉に神崎の心がざわついた。『――あの放火されたスケロク商事?』


 上から潰された放火事件がここで生き返るのか?


 神崎は、再度席を立った。

「よし、そのスケロク事務所に行くぞ」

「はいっ」

 弓月も勢いよく立ち上がった。


 大型トラックや巨大貨物車が頻繁に行き交う中、神崎の乗った警察車両はその間を縫うように進む。埠頭内の信号待ちで大型車両に取り囲まれると、警察車両といえどかなりの圧迫感がある。

「こうしてみると、僕ら、ちっぽけなもんだ」

「潰されてしまいそうですね」

 二人は口々に話す。

「あの倉庫がそうだろう」

「やっとつきますね」

 プラスチック製の安物の看板には「スケロク商事」と書かれている。誰が書いたのかかなり不器用な字だ。

 車をおりた二人はインターホンを鳴らす。

「はい?」

 管弦の声がした。

「警察です」

 シャッター横の鉄扉が開き、ビックリしたような顔つきで管弦が顔を出した。

「警察の方? 誰か、何か悪いこと、したんですか」

 管弦の目の前に警察手帳を出す神崎。

「佐野圭一氏がここにいると聞いた」


 もっと、ていねいに……神崎の頭に重伝の声が聞こえたような気がした。


 神崎は一つ咳払いをして心を落ち着かせた。

「不安がらせて申し訳ありません。事件捜査ではありません。じつはこちらに帝国日々新聞社の佐野圭一さんがいらっしゃると伺ったものですから、少しお話を聞きたくお邪魔した次第です」

「少々お待ちください」

 神崎の背中を見た弓月は思った。『さすが先輩、堂々としてる。見習わなければ』

 昼下がりのけだるい午後。天空の太陽が、立ち尽くしている二人にじりじりと照りつける……

 暫くしてドアを開ける音がした。

「どうぞ……」

 神崎と弓月は、がらんとした巨大倉庫を見回した。

 外の汗ばむような陽気がうそのように、ひんやりとした倉庫だ。ただ二人には、油の臭いと埃臭さが漂っているようにも思え、大型トラックが通過する度倉庫が微かに揺らぐ……

 倉庫内部を観察した二人は、異様な光景に目を奪われる。

 左右に緊急避難テントが数個、それを仕切るように、真ん中にビニールハウスが置かれている。

 緊急避難に見えるテントは、スケロク商事の個室であり、ビニールハウスは杉田の病室だ。倉庫奥には長い机があり、横並びに管弦と黒川、天馬が電話の受付や書類を整理している。

 神崎達の前に寺家がやってくる。

「常務取締役の寺家優子と申します。佐野圭一さんに会われたいとおっしゃるのですね?」

「そうです」

 その響き渡る声を聞いて、二階事務所に身を隠している佐野が姿を現した。事務所には美代子と心遥が微かに震えている。

「大丈夫だよ、本物の刑事さんだよ。もしも追っ手だとしても、スケロク商事が何とかしてくれるよ、安心しな」

 二人にそう言い残すと、佐野は足早に降りていった。

「記事の信憑性と身を隠す理由を、うかがいたいと思いまして」

 佐野は記事の経緯とスケロクとの関係を一気に話し出した。

「なるほど。記事を書いたことで妻子にも危機が及んだ、と言うわけですね?」

「第二弾を出すかどうかで、社内も揉めてます。それにこんな訳ですから、落ち着くまで当分の間身を隠せと、会社から命令が下されまして」

 神崎はメモを取りながら言う。

「なるほど。珠伊師別人説を公開すれば、さらに騒ぎになるという社内の判断ですか。これは、警察では保護対象になる案件ですが、警察署には施設はありませんし」

「でしょうねえ……だからここで時を待つしか無いと思ってます。ここは決して快適ではありません。はっきり言って不便です。ですが、スケロク商事さんが見守ってくれているというのが、一番の安心です」

 神崎は確信を持ったように佐野に切り出した。

「僕はスケロクビル放火事件を担当してました。突然の命令で解散となりましたが、今でも非公式ながら、捜査しています。放火事件がここで繋がるのかと思うと、不思議な気分です。それに僕もそうですが、記者さんも珠伊師和代を疑っているのではありませんか?」

 佐野も思っていることを口に出した。

「こんな状況ですから大っぴらには言えませんが、珠伊師和代は別人になりすましてまで、なにか陰謀を企てているのではないかと思ってるんですよ」

 神崎は言う。

「僕は事件を追い、あなたは人間を追っている……そしてスケロク商事で繋がる」

「立場は違いますが『同じ穴のむじな』て事ですかねえ」と佐野。

 語る刑事と記者は微笑むようだ。

 弓月真度香にも『同士』と言う言葉が浮かんだ。

「刑事さん……」と佐野。

「なんですか」

「僕は思ったんですよ、ここのスケロク商事さん、頼りがいがあるッて」

「はあ……?」

 色気のない返事をする神崎だが――重伝の心の声が響く――『よく聞いたほうがいいよ』

「頼りがいがある?」

 佐野は胸を張った。

「間違いなく、警察にも役に立ちますよ。僕はそう思ってます。真ん中にサングラスの男の人、いますでしょ。あの人、目が見えないんです。その代わり聴覚や嗅覚、記憶力が異常に鋭いですよ」

「そんなに? 普通に見えますけど」と弓月は言う。

「ウチの娘がなついている女性もおりますし、明日から護衛をかねた送迎をしてくれます。それも無償で、と言うんですから、有り難いことです。……まあ本社からなにがしらが、あるかも知れませんがね」


「そうですか。警察でも民間協力も必要です」

「いずれ落ち着いたら、スケロク商事を記事にしますよ。必ず」



 大災庁での執務が終わり、送迎車両を降りた珠伊師は、警戒するSPににっこりと会釈すると、党本部に入り込んだ。

「お帰りなさいませ」

 受付のあいさつに、珠伊師は言う。

「岩洞さんに、執務室に来るよう呼んでくださいな」

 受付は言う。

「岩洞さん、只今外出中です。戻り次第、伝えます」

「そうですか、分かりました。ワタクシは執務室に籠もっていますので」

 愛想良く執務室に入り着座すると……みるみるうちに顔つきが険しくなっていった。

『岩洞、誰が美代子と心遥を横取りしたか分かったのか? じゃがヤツのことだ。分かりませんでした、と、おめおめ帰ってくるに違いなかろう……さすれば……』

 珠伊師は机の引き出しを開ける――そこにはあの黒光りしたムチが。



 しかし、岩洞は宝来警察署の玄関脇に佇んでいたのであった――


 第11話その6・後編に続く



※本作は、執筆における誤字脱字の校正および構成の補助として、AIツール(Gemini、Copilot、ClaudeAI:全てフリー版)を利用しております。物語の核となるプロットや描写は、作者自身の手によるものです。


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