表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

杉田の矜持

9 ミナトストア六角橋店


 相変わらず店内にはお客さんがいない事もあって下人・峰岸は品出しをしていた。

 ストアの主人が言いつけた。

「この籠の中も出しちゃって」

「……はい……」

 覇気の無い声で峰岸は答えた。

 店主はため息をつく。

「真面目で良い子なんだけどねえ、客商売なんだし、もっとハキハキしてくれないとなあ。クビにしたら、このご時世だ、次は来ないだろうしなあ。困ったもんだ」

 その店主の嘆きをよそに峰岸の携帯がなる。

「来たか?」

 声の主は岩洞だ。

「まだ……」

 峰岸は短く答え、電話切る。すると「不二子ちゃ~ん」と佐野の声が響いた。

 峰岸は立ち上がる。

「名前で呼ばれたら困ります。峰岸、と呼んでください」

「あはは……悪い悪い。極楽天二本くれるかな?」

 カウンターに戻り後ろの棚から缶ビール二本を差し出す。

「ありがとな~」

 佐野は陽気に店を出た。

 それを見ていた店主は思った。『固定客がついたか』

 その影でカウンターに潜り込み電話を岩洞にかけた。

「来た」

 それだけ言うと直ぐさま電話を切り、品出しに取りかかっていった。

 マンション三階では連絡を受けた下人が、外階段に待機していた。

 エレベーターの扉が開き、佐野が出てきた。鍵を手にしてドアを開けると、室内からの照明が佐野を照らした。

「パパーお帰りー」

 小さい子供が裸足で飛び出し佐野の足に飛びつくのを、下人ははっきり見た。

「今日幼稚園でねー」

 それだけで良かったのだ。下人は外階段からゆっくりと降りていった――


 民主今平党党本部珠伊師の執務室

 珠伊師の前に岩洞が腰を落とし傅いている。

「子供は心遥といい五歳児です」

「可愛い盛りじゃな。幼稚園児なら美代子も一緒じゃろ。マンションから出たところを母子共に誘拐する」

 珠伊師の言葉に岩洞はぎょっとした顔になった。

「わ、私が……ですか?」

 狼狽える岩洞。珠伊師は笑う。

「誰がそなたに命ずるか。そなた、聖ハントスかえ? そなたは屈強な下人、集めるんじゃ」

「ははっ直ちに」

 逃げるように岩洞は執務室を出て行った。

『所詮、あやつも器じゃの……』


 岩洞催眠法師でも、珠伊師にかかっては『ヒト』では無く『器』でしかない。器ならいつでも破棄出来るのだ。


 明くる日の夜、地下会議場では珠伊師を前に岩洞と五人の下人が相対している。

「おまえら美代子と心遥の顔、しっかりと覚えたな?」

 へぇ……と声がした。

「今までの調査より、幼稚園へは行きはバスに乗り、帰りは父兄が連れて帰る、と言うのが分かった。おまえらは帰りがけの美代子と心遥を引っさらえ。しかして平塚の党事務所に監禁せえ、あそこには狭い地下室がある。食事も水も不要。排泄も許すな。二日後、霊核を抜きにいく。その後、衣服を剥ぎ取りて馬入川の河川敷にうち捨てるのじゃ」

 計画を話す珠伊師の顔はすでに悪鬼のようだ。恐ろしい計画を聞いている岩洞は、震えた。

 下人は感情も無く「へぇ……」と答えるだけだ。

「党首様……一つ疑念がございます……何故、衣服を剥ぎ取るのでございましょうや?」

 珠伊師は邪悪な目つきで岩洞を睨みつける。その眼力に岩洞は縮み上がった。

「お……お許しくだされっ党首様っ……今のは……今のは無かったことにっ」

 岩洞は冷たいコンクリートの床にへばり付いた。今にも霊核を抜かされそうな恐怖を感じた。

「お許しくだされっ、お許しくだされっ」

 珠伊師は冷ややかに岩洞を見る。

「しりたいか、岩洞――」

「いや滅相もありませんッ」

 恐れ戦く岩洞。

「これはな――」

「私が悪うございますっお止めくだされっ」

 しかし珠伊師は無視するように続けた。

「霊核は直ぐには抜けない。完全に抜けるまで時間が必要ぞ。剥ぎ取ることにより、その時間を縮めるのじゃ。――これを聞いたからにはそなたにも――」

「や――やめてくだせぇ~」

 涙と鼻水が溢れる岩洞。しかし珠伊師はにやりと笑う。

「まだ、そなたはわらわにとって必要不可欠。無下にはせん。さて下人ども、明日の午後三時、実行じゃ。よいな?」

 この騒動の中にも、へぇ……、と覇気の無い声が地下室に響いた――



 明くる日のけだるい午後三時

 スケロク二号車のワゴンを運転している願成寺の助手席で、祖父江の鼻歌がする。


 ♪今日の~仕事は辛かった~♪


「何、その唄」

 ハンドルを握りながら願成寺が咎める。

「かなり古い歌でがす、岡林ナントカでがすな」

 スライドドア近くに座っている的場が、思い出すかのように言う。

 後ろの席では一升瓶を抱えちびちびやっている伊東がいる。

 バックミラー越しに願成寺は喉を鳴らす。

「銀ちゃん、残しといてよ」

「んだな」と伊東は返事をする。


 不渡土木から、古びたアパートの解体現場を手伝え、と言う依頼があった。

 最近の解体作業はリサイクルもあり、一気に壊すことはしない。ガラス窓、サッシ、アルミ枠、鉄の扉などリサイクル出来そうなものを分別をする。機械には出来ないので、人手が必要となる。そこで人足としての依頼だった。

 四人の力で現場は早く終わったのであった。


「天馬の姉御、まだでて来れないんですかい?」

 的場は誰とも無く言う。

「さあね」と祖父江。「寺家先生は分かっているみたいだがな」

「なんで言わないんだろうねえ」と願成寺は呟いた。

「先生には、何かあるんだろうよ」

 皆が口々に話し合っているこの時――「あ」と短く叫んだ願成寺が急ブレーキを踏んだ。

 全員がつんのめる。

 荷室の道具箱が派手に音を立てる。

「何だよサヤカっ、危ねえだろッ」

 祖父江の怒鳴り声を無視するように、願成寺は耳を澄ませた。

「なんかあ、悲鳴みたいのを、聞いたようなんだけどさ……」

 しかしそれは願成寺の錯覚では無かった。


 助けてっ……


 子供を抱えた女が必死の形相でワゴン車の前に躍り出てきたのだ。

「変な人たちがっ、ああッ」

 幼子を抱きかかえた女――それは美代子だ。彼女は半狂乱だった。

 後方から男が五人、美代子目掛け迫っている。

 何が起きたか見当がつかないが、助手席から祖父江が躍り出た。

「なんだこいつらッ、暴力は止せっ」

 そう言いいながら祖父江は暴力を振るう。

 祖父江の右腕が飛ぶ。顔面を捕らえられ仰け反る一人目の下人。

「コンチクショー」と喚きながら願成寺が、咄嗟に車載用スパナをぶんぶん、と振り回し加勢する。

 二人目の下人の額にスパナが当たり、もんどり打った。

「やめてっ」

 女の首筋に三人目の下人の手がかかり、ブラウスがビリビリと音を立てた。

「怖いーっ」

 泣き叫ぶ幼児・心遥を、必死になって守ろうと抱きしめる美代子。

「食らえッ」

 三人目の下人に祖父江の手刀がクビに当たりショックで崩れ落ちた。

「姉御、乗んなせえっ」

 的場がスライドアを開ける。すかさず飛び込む親子。

 四人目の下人は祖父江の強烈な回し蹴りでブロック塀に叩きつけられる。

 引きずり出そうとした五人目。身を乗り出した伊東は、勢いよく一升瓶を突き出した。

 下人の顔面に当たり、一升瓶の栓がはじけ跳んだ。

 どぼどぼと音を立て、酒が盛大にこぼれる。

 伊東は呟く。

「……もったいねえ」

「ケンジ、乗てっ」と叫ぶ願成寺。

 助手席に乗り込んだ祖父江を確認すると目一杯アクセルを踏み込む。

 おんぼろワゴン車がタイヤから白煙を吐きだしながら、走り去った。

 男どもにより、美代子のブラウスが無残にも引き裂かれ、下着が見える。

 それに気がついた伊東は、無言で後方の荷室から真新しい作業服をつかみ的場に渡すと、阿吽の呼吸で作業服の上着を美代子に被せる。

「あ……ありがとうございます……」

 恐怖に怯える美代子と泣き叫ぶ心遥。

「何があったか知らねえけどよ、警察に行く前に事務所だ」と祖父江。

「あいよ」

 願成寺はバックミラーを見やりながら山下倉庫へ車を走らせる。


 グロッキーになりながらも下人達はライトバンに乗り込み、執念を見せるように追いかけようとしたが、蛇行を繰り返したあげく、ミナトストア六角橋店に派手に突っ込んでいった。

 ガラスが飛び散り、自動ドアは奥に吹き飛んだ。あまりの衝撃に店主は腰を抜かしたが、カウンターでは峰岸不二子が、何事も無いように無表情で突っ立っていた――


 山下倉庫


 管弦が美代子に温かいお茶を出すと、やっと落ち着きを取り戻していった。

 願成寺は心遥をあやすように遊んでいる。

 さっきまで恐怖に泣き叫んでいた心遥はすっかり願成寺になついていた。願成寺は穂乃香を思い出しながらあやしている。

「遭遇した社員から聞きましたが、襲われて大変な思いをしたでしょう?」

 心配そうな顔つきで、寺家は美代子に尋ねた。

 安心したか美代子は話し出した。

「佐野美代子と言います。この子は娘で心遥と言います」

「なにか心当たりはあります?」

 美代子は薄々感じていた。

「週刊日々に主人の記事が載りました……それが原因かも」

 事情が呑み込めない寺家は訳が分からないという顔をした。

「ご主人様のお名前は?」

「佐野圭一です」

 美代子の言葉に、ちりりーん、という清らかなガラス玉の音が響いた。

「ちょっとお待ちになってね」

 なんの音だろうと美代子は怪訝そうな顔をしたが、それは杉田が寺家を呼ぶための音だ。


 火傷や骨折は徐々に治りかけているが、目はくぼみ、頬は痩け、自力では立ち上がることが出来ないほど衰弱している杉田だが、耳は達者で頭脳はクリアだ。声も掠れるが出せるようになっていた。

「どうした耕一」

 尋ねる優子。

「聞こえた……」

「今の話、聞いてたの?」

「筒抜け……」

「参るわね」

「ここは……声や音が……反響する」

 そして杉田は、次に意外なことを口走った。

「かくまえ」

 寺家は意味が分からない顔をした。

「かくまえ? ここじゃ無理よ。清潔じゃ無いし。そうよ、DV被害とかあると駆け込み寺みたいな場所あるじゃない。警察に相談すれば、警察が一時的に保護してもらえるとか」

「警察には……保護施設はない……」

 喋りすぎたか杉田は咳き込んだ。

「大丈夫? 落ち着いて。でもこんな倉庫じゃ、ねえ。どうしよう?」

「君のマンション……」

「どういう事?」


 杉田が言うには、寺家のマンションでボデイガードとして願成寺と共に一晩明かせ、と言うのである。

「仕事の段取りは?」

 普段は弱々しい声だが、この時ははっきりした口調だ。

「困っている人を助けるのは……スケロク商事の矜持だ……」


 美代子と話を交えている最中、事務所に電話が響き管弦が取る。

「いつもお世話になります。黒川の姉で佐々木夏帆と申します。折り入ってお話が……」

 管弦は保留ボタンを押し、話し込んでいる寺家にいつもの口調で話した。

「黒川さんのお姉さんから話があるッてサ、先生どうする?」

 席を離れる寺家。

「美代子さんちょっと失礼するわね……お電話変わりました……常務の寺家です」

 佐々木夏帆の声は暗かった。

「ヒロシは退院して我が家で引き取ったのですが、こちらにも家庭の事情がありまして……」

 いろいろ言い訳がましく話をする夏帆だが、要するに佐々木家では面倒見切れないので、スケロク商事にお願いしたい、という内容であった。

「大学受験の息子もおりまして……」

 寺家はため息をついた。

「分かりました、明日そちらに伺いましょう。場所はどちらになりますか?」

 夏帆は言う。

「それはあまりにも……桜木町駅まで連れて行きます」

「であれば関内駅東口で待ち合わせでは?」

「分かりました。明日十時に」

 寺家は杉田に報告すると杉田は返答した。

「……黒川を……疎んじてる……な」

「話の端々でもそう思ったけど、姉弟きょうだいでもそんな諍いがあるのねえ」

「目が見えないだけだが……面倒を見るのも……スケロク商事の矜持……」

 改めて寺家は言う。

「そんなところも好きよ、耕一……」

 見えないところで頬を寄せる二人であった。


 その間をぬって、美代子はスケロク商事の電話を借り、圭一の携帯に襲われたことを話した。

 息を呑むような佐野の声がする。

「そうなのか。僕の書いた記事で社内も揉めてるんだ。こっちもこっちでミナトストアに暴走車が突っ込んだって、報道してる。規制線が張られて中に入れないみたいだ。何があったんだろう?」

 圭一を心配する美代子。

「マンション危ないとおもうよ。あなた、こっちにきてくれる?」

「良いよ何処だ。……スケロク商事の事務所? 山下埠頭? スケロク商事にはスクープ提供してくれた恩義があるけどさ……なんでまたそんなところに……退社したらそっちに行くよ」

「あなた前後に注意して」

「分かった分かった」

 そう言って切れるが、下人どもは執拗に佐野の行方も追いかけている。


 そして山下倉庫を突き止めることになるが――



 明くる朝の寺家のマンション。

「今日、心遥、熱が出たことにして幼稚園にいかないようにします。今日もこれからなにが起きるか、分からないし、心遥があんなに願成寺さんになついているので……あんなに嬉しそうな心遥、久しぶりに見ました」

 朝からきゃっきゃっと騒いでいる心遥を横目で見る美代子だった。

 時間になると美代子は、幼稚園に欠席の連絡を入れた。寺家はスケロク商事に電話入れ、祖父江に佐野のマンションに異変がないかを見張るように伝えた。

『今日は仕事にならないけど、耕一の矜持に答えないと』と寺家は思った。

 十時ちょっと前寺家は関内駅に到着した。佐々木夏帆の姿は分からないので、黒川を探した。程なくして二人が出てきたのを見つけた。

「初めまして。ヒロシの姉です」

 生活に窮しているとは思えないほど身ぎれいな細面の女である。

「事情は分かりました」

 寺家の声に、濃いサングラスに白杖を持った黒川が言う。

「寺家先生、お久しぶりです」

「すっかり良くなったの?」

「はい。まだ腰には違和感はありますが」

「ではよろしくお願い致します」

 深々と頭を下げる佐々木夏帆だが、その顔には『厄介払いが出来た』と書かれている。

「さあ乗って」

 寺家に導かれ黒川が乗る。寺家のマンションに立ち寄り、美代子と心遥、願成寺を乗せ、山下倉庫に戻った。事務所には天馬楓も出社していた。

「ご迷惑お掛けしました」と寺家に頭を下げる天馬だった。

「先生、無断欠席だよ、コイツ。何聞いても話さないんだヨ」

 相変わらず管弦は不満そうに寺家に言う。

 杉田は言う。

「……あとは……直美……和道だけ……」

 祖父江からも連絡が入った。

「当分無理だぜ。変なヤツが彷徨いてる」

 山下倉庫で一晩明かした佐野は、美代子と心遥の顔を見たあと、願成寺がスケロク二号車で白楽駅まで送った。

 途中でミナトストア六角橋店の前を通ると佐野は呟いた。

『不二子ちゃん大丈夫かなあ』

 佐野の呟きに、願成寺は思った。

『奥さんいるのに、何、このすけべ』

 


 スケロク商事の主だった面々が揃いつつあるなか、珠伊師は追い詰められていくのである。

 

その6・前編へ


※本作は、執筆における誤字脱字の校正および構成の補助として、AIツール(Gemini、Copilot、ClaudeAI:全てフリー版)を利用しております。物語の核となるプロットや描写は、作者自身の手によるものです。


 次の展開は追い詰められていく珠伊師を描く予定です。悪女の末路はなにが待ち受けているのか?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ