尾行
8 珠伊師の策略
珠伊師は民主今平党党本部実務室で発売されたばかりの週刊日々を食い入るように見つめていた。
『珠伊師大臣、闇の顔』
怒りのあまり柳眉を逆立てた珠伊師は全身を震わせた。
ドアがノックされ新しく雇い入れた秘書が顔を出した。
「週刊誌ご覧になりましたか」
珠伊師は何故か微笑んでいる。
「お怒りになりませんか」
秘書に珠伊師は言う。
「よくこんなデタラメをかけること」
「抗議しましょう」
「そうね。至急、週刊日々に抗議文を練るから待ってなさいな。その前に抗議の電話を入れてください。こういうように話して欲しいわ……それとこんなウソ書くこの方の素性を知りたいわね」
顔では笑っている珠伊師だが心の底は煮えたぎっていた。
「承知しました」
珠伊師の心情を察すること無く、秘書は事務的に帝国日々新聞社に抗議の電話とFAXを流した。
「大規模災害庁 帝国日々新聞社御中 貴誌掲載の『珠伊師大臣、闇の顔』と題する記事につき、当庁として看過できない重大な誤りが含まれていることを確認いたしました。当庁の職務は国民の生命と財産を守るものであり、これを不当に貶める報道は、結果として国民の不安を煽るものです。記事の作成に関わった担当者名、および取材源の明示を求めます。速やかな回答が得られない場合、当庁として相応の措置を取らざるを得ません」
抗議文を手にした帝国日々新聞社は直ちに重役会議がなされた。
「やはり来ましたな社長」と専務が言う。「ここはひとつ弁護士先生を交えての協議が必要でしょう」
革張りの椅子に座っている取締役社長は言う。
「そう思ってハギワラ弁護士先生を呼んでいる。ハギワラ先生をここにお招きしてくれ」
帝国日々新聞社代表取締役社長は別室に控えているハギワラを呼ぶように命じた。
「ハギワラ弁護士先生、こちらへ」
ハギワラが入室し一段と豪華な椅子にどっかりと座った。
年齢はいっているが左の五本指にはいやらしいほどの輝きを持つ宝石の指輪をはめている。
「先生、この抗議文、如何致しましょう」
ハギワラは文面を一瞥した。
「威勢の良い、また官庁独特な言い回しじゃの。さらに珠伊師庁官の怒りを表しておる」
ハギワラは一瞥しただけで大規模災害庁の真意を読み解いた。
「この様な諸官庁には、媚びへつらうこと無く丁寧な説明分が良い。但しここにある担当者氏名と取材源は決して出してはならん。個人のプライバシー及び尊厳に当たるとすれば、いくら大災庁でも頑なにはならん。両者痛み分けじゃ」
「さすが弁護士先生、承りました。そのように返答します」
「それで良い」とハギワラは椅子から立ち上がった。「いつでも相談に乗るぞ」
そう言い残すと部下と共に部屋を出ていった。
常務取締は苦虫をかみつぶしたようは表情を見せた。
「あれだけで何十万と請求するんだからな」
代表取締は言う。
「まあ、これで我が社の面目が立つと思えば安いものだ。さて、次だ。記事にした佐野記者と許可した編集長を呼んでくれ」
一方記事を読んだ野党各党首は、ここぞとばかり、臨時国会の開催を強く与党自由金満党に申し入れた。
だが連立を組む民主今平党が連立解消となると国会で過半数を割ることになる。尾川はなんとしても引き留めねばならない立場にあった。
「それは単なる憶測記事と珠伊師党首は言っている」
「いいや尾川総理、憶測と呼べる記事と言うには信憑性は高いぞ。臨時国会を開き、珠伊師党首の陳述を聞きたい。少数野党でも結束すれば、尾川総理、むげには出来ないじゃろうが。それに国民は真実を知りたがっておるのですぞ」
「国民は真実をしりたいと、野党側は総理に攻勢をかけているようです。珠伊師党首、どのように対応しますか」
秘書の声に珠伊師は軽く頷く。
「国民? ……しりたがってるのは野党のほうじゃないかしら。ねつ造と申し開くかな」
「追い込まれれば連立離脱も視野に入れなければなりません、如何致しましょう」
「それは尾川総理の出方次第だわ……想定問答集作成しておいて欲しいわ」
「承知しました」
しかし珠伊師は別のことを考えていた。
『記事を書いたハエを葬る……だが氏素性がわからんぞえ。……いや待てよ……記者は取材時に名刺を渡しておるはず。これじゃ、これで記者の名が分かろうというもの』
悪の権化珠伊師は秘書に命じた。
「……申し開きは考えましょう。それとコバヤシ秘書官、相談がありますわ。お耳貸してくれません?」
秘書に無邪気を装うが、その裏にはどす黒い計画があった。
民主今平党島根支部に一本の電話が鳴った。
支部長が取るとコバヤシ秘書の声が響いた。
「今回の週刊誌報道で党首は心を痛めている」
「そうでしょうなあ、こちらもちょっとした騒動になっていおるんじゃの」
「そこで島根支部長、帝国日々新聞社の記者は名刺を渡しているはず、と珠伊師党はおっしゃっている。支部長には記者の名刺を探すようにしてほしいが、出来るかな?」
「分かり申した。記事からすると菩提寺か当主が考えられますな。早速当たってみましょう」
島根支部長は珠伊師の菩提寺に歩を進めた。
「これはこれは檀家のスズキさん、どうぞこちらへ」
和尚は社寺に招き入れお茶を勧め、一時の語らいに花を咲かせた。
「ところでご院家さん……このごろ、どこぞの新聞記者さんが来られとらんでしたかのう」
「ああ、いつぞや来られましたなあ、若い新聞記者さんが一人、取材にお見えになりましてな」
「名刺かなんか、もろとったかのう?」
「ほいほい、ちぃと待っとってごしな」
一度奥に引っ込んだが直ぐに舞い戻ってきた。
「あったあった、これがその時の名刺だわ」
スズキは眺めながら言った。
「ちぃと借りるけんねぇ。あとで返すけんわ」
届いたFAXを見つめる悪人面の珠伊師……
『佐野圭一か。次は下人、党員、支持者を使って住居の特定じゃ。とはいえ広すぎる……まずどこからしようかの。横浜川崎、大田区あたりかの……』
ドアがノックされ秘書が入ってきた。珠伊師の顔つきが急に柔和な表情になった。
「こちらが想定問答集です。お目を通してください」
「分かりましたわ、ありがとうございます」
「珠伊師党首、外ではマスコミがおります。あまり出歩かないように。裏口にも張り込んでいるマスコミがおりますが、SPの護りがきいています」
珠伊師はため息をついた。
「大災庁に登庁しなければならないのに……これでは、まるで犯罪者扱いだわ。困ったわねえ」
秘書は言う。
「さらに来週後半に臨時国会が会される模様です」
「あらまた随分急なこと……詳細が分かったら教えてくださいな」
深々と頭を下げる珠伊師。
「もちろんです」
秘書はすっかり珠伊師に魅了されている。
これは阿辺圭吾の一件から反省した珠伊師が、考えついた人心掌握のための所作だ。
秘書が立ち去ると、珠伊師は悪魔の顔に戻る。
『ウジ虫議員は蹴散らしてやるぞえ。――うむ、そうじゃ、下人どもを使って帝国日々新聞社を見張らせよう。岩洞を呼ぶぞえ』
――たかが、一人の新聞記者にこうも残忍性を高める珠伊師であった。
次の週、国会討論会が召集された。
議題は珠伊師和代の週刊誌における疑惑追及だ。
最大野党が最初に噛みついたが、珠伊師はのらりくらりとした答弁を繰り返すだけだった。野党にとっても証拠は週刊誌の記事でしかない。
「しかしですね、出身地の島根県では疑惑で持ちきりですぞ」
揺さぶられようがなにされようが、つかみ所が無い『ウナギ』の様だ。曖昧な答弁のままその日は終わった。
国会中継を眺めている編集長も頭の痛い問題を抱えている。
『別人説……これを補強せんと第二弾はぶち上げられんぞ。第一弾でこの騒ぎだからな、下手に鉄砲撃ちゃ、弾がこっちに飛んでくるぞ……』
しかし外では、下人達が目を光らせていることに、気がついていない帝国日々新聞社だった。
いきなり大きなゴミ袋をもった清掃員が部屋に入り込んできた。各所に設置してあるゴミ箱を回収してそのゴミ袋に放り込んでいく。
ご苦労さん……と編集長が声をかけても無言だ。別の階では別の清掃員が、やはり黙々と集めている。
そのゴミ袋を裏の清掃倉庫に運び込まれたが――ゴミ袋の口を開けて中味を漁る清掃員がいた。
『無い……』
呟く清掃員は次の袋を開け、中味を探っていく。――そう。彼らは清掃員に紛れ込んだ下人衆だ。岩洞によって操られている下人は、佐野圭一の動向をゴミ箱から探ろうと催眠法力をかけられているのだ。
また別の女清掃員は、水の入ったバケツを下げ、雑巾で机を拭いている。それだけ見ればタダの清掃員だが、拭きながら澱んだ目で周囲を探っている。
丁度その時、佐野が入ってきた。下人は佐野の顔は知らなかったが――
「僕の席はそのままで良いよ」
言われた作業員は無言で顔を上げる。
首から名札がぶら下がっている。
清掃員を装った下人の目が名札に止まる。
さらに顔を確認する。
名札に書かれていた名前――佐野圭一
濁っていた眼球が一瞬光を放った。
女下人はあやまるでもなく無言でその場を離れていった。
「なんだか気味の悪い清掃員だなあ」と佐野はぼやいた。
交通量が激しくなる夕方。
路肩に白いライトバンが止まっている。後部座席から帝国日々新聞社の玄関をじっと見つめ、人の流れを確認している一人の女。
それは唯一佐野を確認したあの清掃作業員だ。
午後五時二七分
女はドアを開けた。運転手が残りあとの三人がライトバンから降りた。
運転手はライトバンのエンジンをかけ、一人走り去る。
「あれ……」と女は指さす。
『分かった』と言うように無言で頷く三人。
あれ……と指をさされた人物。
佐野だ。
通行人が行き交う通りを四人は微妙な位置で、つかず離れず佐野を尾行する。
振り向く事無く佐野は、都営地下鉄三田線・三田駅に入る。目黒まで出ると東急目黒線に乗り換え目黒駅へ。武蔵小杉で東急線に乗り換え白楽でおりた。
四人は都度当たりを付け切符を買いながら執拗に追いかける。
ごった返す駅のコンコース。人の波。息苦しい車内。
見失ってしまうと激しい仕打ちが待っているのだ。しかし四人は無言だ。
四人は六角橋商店街にあるちいさなコンビニに入っていくのを見た。コンビニ名は「ミナトストア六角橋店」。
やはり人影がない店内だ。佐野は不二子を見つけ、にやついた。
「ふ~じこちゃ~ん」
「ですので下の名前で呼ばないでください」
不満そうに不二子は言う。
「極楽天二本頂戴」
「こちらです。温めますか」
「何言ってんだよう、暖かいビール飲んでどうすんだい」
「すみませんいつもの癖で」
相変わらず目は笑っていない。
店の外では物陰に隠れ、佐野を見張る八つの目が光る。皆無言だ。
ひとときの馬鹿話を終え、店を出た佐野の後をゆっくりと四人は後を付ける。そして佐野は住居のマンションに入っていく。
自動扉も無く、誰でも自由に出入り出来る、今どき珍しい古びたマンションだった。女ともう一人がポストを探る。残りは降りる階を見ている。
「三階」
呟く声が聞こえ、三階のポストを探すと「三百六」が――
珠伊師の執務室
ドアがノックされ、岩洞が顔を出した。
珠伊師は見上げる。
「どうしました?」
かしずく岩洞。
「帝国日々新聞社の佐野圭一の所在が分かり申しました」
「おおっ」
思わず珠伊師は椅子から立ち上がり岩洞に駆け寄った。
「さすがじゃのう、礼を申すぞ。面をあげいっ」
「はは」
「して、場所は?」
「横浜の神奈川区六角橋付近でございます」
「おお、随分と近いぞえ、そんな近くに隠れておったのか」
「さらに下人を忍ばせているコンビニに足繁く通っておるようでございます」
「そうかそうか祝着至極。しかして独身か? 妻子持ちか?」
「表示されているポストからしますと妻一人娘一人のようでございます」
珠伊師は呆れるように言った。
「岩洞や……」
「は」
「妻は一人であろうや。二人も三人もおったら、おかしかろ?」
「ははっ、失言でございました」
ホホホ……毒を含んだような不気味な笑いの珠伊師だった。
岩洞は言う。
「早速、下人ども集め一家皆殺しに」
進言する岩洞に珠伊師は急に真面目な顔つきになった。
「口封じは佐野圭一だけでよい」
「は?」
「今回のはらわたが煮えくり返るわらわの心根じゃ。たかだかハエ一家を叩き潰しても腹の虫が収まらん」
「……とおっしゃいますと?」
「娘はいくつじゃ?」
問われても返答出来ない岩洞。
「それみい。この一日二日で行動を探るのじゃ」
「は」
「聞きたいか、わらわの考え」
「はっ是非」
「ハエ二匹をとっ捕まえ、わらわの秘術で廃人にするのじゃ」
「な……なんと!」
目を開く岩洞。
「生きる屍となったハエどもを見て泣き狂うであろう。身悶えするじゃろう。うはは……。わらわにたてつくウジ虫どもに、当然の報いを与えるのじゃ。うはっ、うはっ、うははは……」
珠伊師の残忍な笑い声に岩洞の顔から血の気が引いた。
そして『霊核脱魂』の呪いの呪文が岩洞の頭の中を渦巻いていった――
第11話その5へ続く
※本作は、執筆における誤字脱字の校正および構成の補助として、AIツール(Gemini、Copilot、ClaudeAI:全てフリー版)を利用しております。
抗議文と島根弁はCopilotとGeminiを使用しましたが物語の核となるプロットや描写は、作者自身の手によるものです。
一家惨殺という手を使わず、じりじりと佐野を追い込む女な悪魔珠伊師。このまま美代子と心遥は生きる屍となって佐野記者を苦しめるのか




