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6 近藤は語る

 午前三時

 暗闇の中、辺りを警戒しながらライトバンから大包みのブルーシートを五人がかりで引っ張り出した。下人衆は一言も声を発せず、命令のまま護岸から下へ押し出した。

 ゆっくり転がり落ちていく塊のブルーシート……歩行者通路で転がり落ちたのを確認した下人どもはライトバンに乗り込み民主今平党党本部に移動していった。


 走り去るのを認めた銀色のセダン・宝来警察の警察車両から男女二人がドアを開けた。

 男は神崎だ。

「弓月、いくぞ」

「はいっ」

 神崎は新しい相棒・弓月真度香ゆづきまどかに声をかけた。

 銀色のセダンは宝来警察の警察車両だ。

 懐中電灯を手にした二人の刑事は暗く湿った土手を滑り降りる。二人はブルーシートを引っ掻き回すと、強力な明かりの下、そこに近藤の顔があった。

 微動だにしない……弓月はぎょっとした顔になった。

 神崎は青白くなった近藤の顔を見て、ふと、重伝琴葉の顔が一瞬よぎった。

『まさか重伝刑事もこの様な……?』

 神崎は想像を振り払うかのように頭を振ると刑事の顔となった。

「死んでます?」

 弓月はライトで顔を照らし合わせ、神崎は口元に耳を当てる。

「……まだ、息はある。弓月、救急車の手配、頼む」

「はいっ」

 新しい相棒は土手を上り警察無線にかじりついた。

「酷え事しやがる。何かあると追跡したがやっぱりな」

 神崎は反応を見るために近藤の頬を突く。

 頬を突かれた近藤は目を開けた。しかしその目は光りを失っているかのように澱んでいる。そして微かに近藤の口が動いたのを見た神崎は咄嗟に耳を近づけた。

「何、何だって?」

 近藤の霊核は僅かに残っているようだ。その残滓が語る。

「君の名前は?」

「こん……どう……じゅさぶ……ろう……」

「近藤寿三郎だなっ? 誰にこんなことを?」

「たま……いし……あく……ま……のっとり……」

「珠伊師……悪魔?」

「た……ま……」

 神崎が聞き逃すまいと、廃人化する一歩手前の近藤の言葉を真剣に聞いた。

 近藤の澱んだ目が徐々に生気を失ってゆく。それは近藤の霊核の残滓が消えていった証拠あかしだ……。


 遠くでサイレンが響く。弓月が手配した救急車のサイレンだ。

 弓月真度香だけで上手く誘導出来るのか、と神崎は憂いたが、この場を離れるわけにもいかない。だが新人が動揺しながらも、救急隊員を手招きしているのが土手下から見上げる神崎にも分かった。


 一連の騒動がひと段落ついた二人が警察車両に乗り込むとマイクから吉川班の声が届いた。

「党本部の駐車場、ライトバン現着確認」

 神崎車両が追跡を開始したと報告を受けた吉川班が現場に張り付いたのだった。

 ふう……と弓月はため息を漏らした。

「こうやってバックアップするんですね。勉強になります」

「変死体捜査評議会という少数部隊だけど、捜査の基本だね」

 神崎は大欠伸をした。

「戻って頼近主任に報告だ」

 弓月は腕時計を見る。

「こんな時間でも?」

 夜明けの始まりを告げるように、あたりはうっすらと明るくなってきた。またいつもの日常が始まるのだ。

「僕を指導した先輩は『捜査に時間は関係ない』ってね。先輩の指導はいつも正しかったよ。どうだい、警察官っていやになったかい?」

 弓月は首を振る。

「そんなことありません」

 その言葉に神崎は重伝に鍛えられた新人の自分を思い出したのだった。



 変死体捜査評議会第六会議室

 神崎は頼近に報告していた。

「被害者がそう言ったのか?」

 神崎は言い切った。

「確かにそう言いました。珠伊師は悪魔だと」

 頼近は、うーん、と唸る。

「新人の弓月真度香も一緒だったか?」

「いえ、自分一人であります」

「そうか……君の証言だけでは証拠にはならない。いやいや、もちろん君の話は信用に値するが、これだけではなあ」

「は、自分もそう思います。しかしですが、あの珠伊師和代は確かに怪しい感じです」

 頼近は椅子を押し倒し妙案はないかと唸っていると、弓月がお茶を運んできた。

「や、悪いな」

 弓月は謙遜する。

「いいえ、あたしの出来ることはこれくらいです」

 お茶を啜りながら頼近は尋ねた。

「弓月君、何か感じることあったかな?」

 弓月はにっこりとする。

「神崎先輩の言葉を聞き逃すまいと必死です」

 弓月の言葉に少し照れたような神崎だ。

「ま、頑張ってくれ。刑事になろうという心意気は良いぞ。警察官のなり手も少ないし……まあそれより神崎、感じだけではどうにもならんな……何か決め手になるような物証……あるいは複数の証言が得られれば……切り口が欲しい。そうだ、運び込まれた近藤寿三郎、事情を聞くか?」

 神崎は横に首を振る。

「恐らく無理かと」

「何故だよ?」

「救急車に乗り込んだ時にはすでに話せる状態ではありませんでした」

「事切れたというのか?」

「いやなんて言うか……生きてはいますが……心は屍というか……」

 神崎のその言葉に頼近は重伝琴葉を想起し、身震いを感じた。

『まさか重伝と同じことが起きたか……?』

 呆然と宙を見る頼近に神崎は間接的に、やはり重伝は……と感じ取っていた。


7 追い詰める

 

 帝国日々新聞社報道部署

「来週の週刊日々に載せるゲラ刷りできましたよ」と佐野が編集長に声をかけた。

「なになに」

 編集長は眼鏡をずり上げた。

「『闇の女帝 珠伊師和代』か。足で稼いだことはありそうだな。だが、佐野君。この刺激的な題名では、クレームが珠伊師庁官からくるぞ。それなら『珠伊師大臣、闇の顔』ぐらいが良いんじゃないかな。それにいきなり別人疑惑をここで出すのか。これは別人とする確実な証拠がないとマズいぞ。ここは省け。まあせいぜいそれらしいニュアンスにしておくんだな。裏が取れたら『珠伊師、別人疑惑』として華々しく第二弾をぶち上げる。ただ来週は止そう」

 佐野は言う。

「記者魂が乗り移った名文だと自負してるんっすよ」

 編集長は不満を言う佐野をなだめた。

「いやまあ、そう興奮するなよ。これは闇を切り裂く名文だ。が、長年の経験からするとだな、直に載せたら面倒になるぞ」

「面倒なことっすか」

「こう見えても報道の修羅場をくぐってきたんだ。大蔵相時代だったが俺もスクープを連発したんだぜ。『大蔵大臣、妻子を捨て妾に走る』てな。俺りゃあ鼻高々にぶち上げた。そしたらその時の編集長からこっぴどく怒鳴られた」

「へ? そうなんすか」

 編集長は思い出したように腕を組んだ。

「訴えられたら我が社は潰れるってな。もっと確実に調べろってな。それから先は裁判沙汰になって、そりゃあモウモウ大変な騒ぎだったんだ。君だって社歴、見てるんだろ?」

「あ……そう言われると……」

 佐野は帝国日々新聞社の社歴を思い出した。

「その時の敏腕記者が編集長だったんですね。分かりましたっす。さ来週の週刊日々に間に合うよう、手を加えますんで。それとは別にですね経費の件、お願いしますよ」

 編集長は途端に仏頂面になった。

「水増しは出来ん相談だ。一泊二日分だけだよっ」

 佐野はがっかりした顔になった。

「ちぇ、やっぱ持ち出しかあ……家内になんて言うかな」

「何ぶつぶつ言っておるんだ君は、内容が内容だけに慎重に扱わないと訴訟問題に発展しかねないぞ」

 佐野は言う。

「内容がないよう、なんて」

 机を叩く編集長。

「戯けるな、バカヤロ。退社時間は過ぎてんだ、さっさと帰れっ」


『仕方ねえな……』

 退社した佐野は帰りがてら行きつけの自宅近くのコンビニ、ミナトストア六角橋店に缶ビールを買い立ち寄った。

 照明だけはやたら煌々と光っているだけで店内には客がおらず、閑散としている。さらに地域密着型零細コンビニだけに雑貨店の様な雰囲気だ。

 顔なじみなった女性店員は佐野を見かけるとにこりとした。

「いらっしゃいませ」

 頭を軽く下げる店員。しかし、目は笑っていない。 

「よう、不二子ちゃんげんきだね~」

 不二子と呼ばれた女は不機嫌そうな顔になった。

「佐野さん、気安く呼ばないでください」

 あはは、と笑いながら缶ビール『昇天』を二本手にしてカウンターにいく。

「佐野さん、新商品が出ましたよ」

「へえ?」

 女は後ろの棚から缶ビールを取り上げ佐野に見せる。

「昇天ならぬ極楽天?」

「きっと佐野さんのお口に合うと思います」


 商品を勧める不二子の目はやはり笑っていない。


「ふ~ん……不二子ちゃんが勧めるなら極楽天も一緒にも貰おうか」

「ありがとうございます――温めますか」

 不二子の言葉に佐野はビックリする。

「おいおい温めってなんだよ、缶ビール温めてどうすんだ?」

「失礼しました。いつも弁当を買っていらっしゃいますので、つい……」

 悪びれも無く不二子は言う。言い方はどこか機械的だが佐野は気にも留めないでいた。

 勘定を済ませ缶ビールを一口二口飲みながら自宅マンションに着く。

「美代子、ビール買ってきた」

 キッチンで食事の支度をしている美代子は振り返った。

「またなの? いい加減したら、この酔っ払いが」

 美代子の軽口に圭一は口を尖らした。

「そう言うなよ~、仕事の憂さを晴らすにはこれが一番だよ~」

「もう酔ってるのね」

 呆れるように包丁の手を止める美代子だった。

 娘の心遥こはるが圭一に抱きつく。

「パパお帰り~」

「良い子にしてたかぁ」

 そう言いながら圭一は心遥の頭を撫でた。

「うん、年長さんだから」

 幼稚園児の年長の心遥は張り切った様に答えた。

「パパも帰ってきたから食事にしましょうね」


 何処にでもあるような一家団欒風景だが――



 その一方で八王子市長選の収賄容疑で八王子署も密かに動いていた。

「市長の取り調べ、どのようにしますか」

 刑事の問いかけに責任者は言う。

「相手は現役市長だ。ぐうの音も出ないように証拠固めで雁字搦めにしないとならん」

「了解です」と刑事は答えた。



 その空気を感じ取っている秘書が耳打ちする。

「誰が漏らしたのでしょうか。そんなやましいこと存じ上げませんわ」

「大方、敵対陣営でしょうよ」

「困ったものねえ。岩洞を呼んで頂戴」

「かしこまりました」

 法衣を纏った岩洞が執務室に姿を現した。

「お呼びでございますか」

 かしずく岩洞だが岩洞の所作はどこかぎこちなさを物語っている。それは近藤寿三郎の凄まじい姿を思い出す度、珠伊師和代の所作に畏敬の念を抱きはじめたのだった。

 二人しかいない室内にはただならぬ緊張感が漂いはじめ、岩洞は俯いたまま、指示を待つかのように無言だ。

『まさかあの秘術をワシにも……』

 そう考えると岩洞は微かに震えた。

「あら、なにか震えてますの?」

 珠伊師は陽気に岩洞に言う。

「いや、なにも……」と岩洞はこわごわ話した。

 珠伊師の口調が変わった。

「そなたにやって貰いたいことがあるぞえ」

『来た……!』

 震え上がる岩洞。

「なにを怖がっておるのじゃ? そなたは催眠法師二人とともに八王子支部に行くのじゃ」

「は……」

「そこで党員、支持者らにさらなる催眠効果を与えよ」

「はっ」

「同時に敵対勢力の様子を探って参れ。近藤亡き後頼れるのはそなただけじゃ。期待しておるぞえ。良いかな、岩洞」

「ははっ」

「顔をあげいっ」

 言われるまま岩洞は恐る恐る顔を上げる。

『鬼か蛇か……はたまた……』

 口調は古いが普通の珠伊師である。内心、岩洞はホッとした。

「わらわは、指示を出すのにわざわざ呼び寄せるに何故か、と思わんかえ?」

「いや、分かりかねます」

「電話のほうが簡単だと思うじゃろう?」

「いえ、そのようなこと微塵にも感じたことはございませぬ」

 ほほほ……と珠伊師は笑った。

「有線電話も極力使わん。ましてや携帯端末なんぞ相手に位置を知らせるものじゃ。ゆえに使わんのじゃ、だからわざわざ呼ぶのじゃ。分かるかの?」

「さすが我らの党首様。そのお知恵には感服する所存でございます」


 何処までも悪知恵が働く珠伊師であった。



 第11話その4に続く



※本作は、執筆における誤字脱字の校正および構成の補助として、AIツール(Gemini、Copilot、ClaudeAI:全てフリー版)を利用しております。物語の核となるプロットや描写は、作者自身の手によるものです。


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