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聖ハントス

3 引き上げ


 戦闘が終わった後のみなとみらいには活気が戻ってきた。

 臨海パークでは規制線の外側で現場を一目見ようとする野次馬が連なり、報道関係も重なりごった返している。

 報道各社は興奮したようにアナウンスしている。上空では報道ヘリもホバリングしている。

「今まさに戦闘型Gドロイドが引き上げられようとしています」

 大型クレーン車がアームを伸ばす。海中では三人の潜水士が戦太郎を引き上げる準備をしている。

「下がって下がって」と警棒を振り回しながらの警察官の声。

 ざわざわした中、見物人達は成り行きを見守っているのだった。

「まだ引き上げられんのかいな?」

「横浜旅行で来てこんなん見るとか、一生ないでほんま、ラッキーやわあ」

 物見客から呑気な声がする。

 しかし水中作業は困難を極めていた。


 海底では戦太郎はワイヤーネットに複雑に絡まれ横倒しになっている。

『絡まったネット、解けませんっ』

 指揮車両内のスピーカーに潜水士からのくぐもった声が出る。

「水中カメラで確認した。ネットごと戦太郎をワイヤーロープで括れるか」

 指揮官はマイクに向かって指示を出す。

『やってみます』

 潜水士三名は横倒しの戦太郎を動かそうとしたりワイヤーロープをくぐらせたり、ゆっくりとネットごと戦太郎をグルグル巻きにしてゆく。ワイヤーロープ故自由に曲げられないのだ。

「焦らずにやれ。引き上げ途中ですっぽ抜けたら元も子もない」

『了解』

 頻繁のやり取りの中、潜水士は悪戦苦闘しながら括り付けた。

『完了しました』

「よし、クレーン車アームを伸ばせ。玉掛けワイヤー降ろせ」

 指揮官は次々と命令を下す。

 ワイヤーロープが伸び先端のフックが水中に沈んでいく――。

『フック戦太郎に届きました、止めて下さい』

「ワイヤー停止――フックに付けろ」


 ザザザザザー……と水飛沫としたたり落ちゆっくりと戦太郎が釣り上げられいく。

「いま、戦太郎引き上げられていきますっ」

 アナウンサーが興奮気味に話し報道カメラがズームアップする。各報道機関のシャッター音が響く。

「おお……」見物人の驚き声が湧き上がり、スマホが一斉に直立不動の戦太郎に向けられた。


 クレーン操縦士はゆっくりと戦太郎を二十メートルくらいの高さまで引き上げた。クレーンは慎重に回転し神奈川県警が用意した大型トラックに重々しい響きを伴ってゆっくりと降ろされた。

 ヘルメットを被った従業員がフックを外すと合図するように右腕を大きく振り回す。

 トラックはそのまま神奈川県警本部に輸送され、沿道でも大勢の人間が成り行きを見守っている。



 運び込まれたトラックから荷台が切り離され、荷台の上では絡みついた網を外そうと数名の作業員が奮闘していたが、その時――

 ギギギ……不穏な金属音と共に戦太郎がゆっくりと上体を起こしたのだ。

「わわ、動いたっ?」

「殺されるっ!」

「逃げろ~っ!」

 パニックになった作業員はトラックから飛び降りる。慌てた一人が足を引っかけ大地に激突する。


 上体を起こした戦太郎。

 だがショートしていた回路の誤作動のようだ。起き上がっただけで完全に止まった。

 しかし作業員達の恐怖は収まらない――


「本日作業、中止っ」

 指揮官の声が響く。

 救急車が転んで顔面血だらけになっている作業員を病院に運び込んでいった。

 荷台に起き上がった姿勢のまま戦太郎は大きなブルーシートで包まれた。

「原因究明を急ぎたいんじゃがな、こうなれば解体作業は明日じゃな」

 パニックでも現場を指揮していた冷静な横取はため息をついた。


4 張り込み


 みなとみらいに集客を取られ関内のザキの通りは午後八時を過ぎるとかなり閑散となっている。

 午後十時半、ベテランと若手の警察官が二人で周辺をパトロールしている。

「昔と比べ泥酔者が少なくなったよ」とベテランが若手に話しかける。

「そう言えば見かけませんね」と若手が答える。

「スリやかっぱらいも減ったし、この先には組事務所があってな、その昔ヤクザ同士十人くらいがもみ合うのも遭遇した。それに比べると今は平穏な町になったよ」

「もみ合いですか。そんなときはどうするんですか」

「無線で応援を頼んだ。相手はいきり立ってるからそんな中飛び込んでも一人二人の警察官じゃあどうにもならん。こっちも命がけだ。何かあったら無線を使え、いいな?」

「はいっ」

 人通りが絶えても大通りは防犯上、眩しいほどの光りがさしている。時折裏路地にライトを照らすだけだ。

 十字路にさしかかった二人。広いとおりの左端に黒塗りのセダンを見つけた。

「……こんな時間に車が停車しているな」

「不審車両ですかっ?」

「覚えとけ、この先に貴金属店がある」

 不審車両に二人は近づいていった。エンジンを切ったまま運転席と助手席に男が座っている。変だ、とベテランは直感した。

「人が乗ってるな、職質だ」

「はいっ」

 不審車両、と判断したベテラン警察官が助手席のガラスを叩いた。「もしもし」

 若手は身構えた。

 ベテランが叩いた助手席のガラス窓がさがると、男が顔を向けた。

「巡回、ご苦労さんです。栄警察署捜査一課強行係です」

 そう言いながら警察手帳を見せた。

「栄署ですか、ご苦労様です」

 腰をかがめ警察手帳をみたベテランが確認するように言う。車内を見回すとマイクが見える。警察車両に間違いない。

「張り込みですか」

「そう、とある容疑者を追っているんだ」

 助手席の男は貴金属店とは反対のある方向を指し示した。その先は――民主今平党党本部だった。

「容疑者がそこに?」

 振り返る警察官。

「いるかどうかわからんが、張っているんだ」

 所轄管内に別の警察官がいることは不満だが、仕方ない、と言う顔をした。

「くれぐれも」

 二人の警察官はその場を離れた。そしてその先の路地にも銀色の不審車両が止まっている。

 しかしそれは宝来警察の警察車両だ。報告を受けている二人はだまって通り過ぎる。

 ややあってベテランが呟く。

「宝来警察と栄警察のガチンコ勝負か」

 若手が答える。

「ふたつの署が睨みをきかしているって、初めてですよ。連絡くらいくれれば良いのに」

 中年のベテラン警官は言う。

「よっぽどじゃないと連絡はない。上ではどうだか知らんが横の繋がりはないよ。お互い手柄を立てたいからな。これも覚えておけ」

「はいっ」


 

 慌ただしさが残る栄警察署午前九時

 栄署の署長室に電話が鳴った。

 署長のハセガワが電話を取った。

「ハセガワ署長か、神奈川県警本部副署長のトヨサカだ」

 思わずハセガワは直立した。

「は、ハセガワであります」

「検察庁から連絡があった。阿辺圭吾殺人事件は、容疑者に至らず、犯人不明で解散せよ、とのお達しだ」

「何故でありますか」

上層部うえからの指示だ、以上」

 電話が切れた。

 受話器を見つめるハセガワ……

『誰だ、これからという時に。絶対、上層部うえに圧力をかけたヤツがいる。圧をかけたとすれば……アイツしかいない』



 その前日、首相官邸に一本の電話が鳴り、交換手が応対した。

「珠伊師です。尾川首相とお話がしたいと思いましてお電話差し上げました」

 交換手は珠伊師自らの電話に慌てた。

「し、少々お待ちください」

 交換手は秘書官に連絡した。

「珠伊師庁官から首相にお電話ですが」

 その交換手の声に首相秘書官も驚いた。

「分かった、繋いでくれ……珠伊師庁官ですか、総理にご用件とは?」

「折り入って相談したいことがございまして」と珠伊師。

「緊急の要件ですか」

「困ったことがおきまして総理に是非お目通りしたく存じます」

「時間はいつがよろしいのですか……はい、そうですか、少しお待ちください」

 秘書官はドアを叩き首相室に入った。

「失礼します尾川総理、珠伊師庁官から至急総理にお目にかかりたいと電話が入ってますが」

 書類に目を通していた尾川は顔を上げた。

「珠伊師庁官が? 直ぐにでも? 次の予定は何だったかな?」

「午後七時に自由金満党の総会が本部であります」

 尾川は壁時計を仰ぎ見た。

「少しは間があるな。じゃあ五時までなら会えると返事してくれたまえ」

「かしこまりました」

 部屋を出た政務次官は珠伊師に尾川の言づてを取り次いだ。珠伊師は、直ぐに参ります、と返事をする。

 午後三時過ぎ珠伊師は立ち並ぶ報道関係者に、にっこりとしながら、尾川の執務室に向かって行った。

「珠伊師庁官、何をしに?」

「のちほど会見内容が発表されるんじゃないか」

 報道関係者は口々に囁くのだが……。

 政務次官に勧められた椅子に腰を落とす珠伊師に尾川が尋ねる。

「珠伊師庁官、それほど急用なのかな」

「ええ……」と珠伊師は尾川に顔を向けた。

「神奈川県警に常駐する下人、いえ、あの、懇意にしているマスコミ関係者から言われましたのですが、栄警察署の職員が我が党本部を見張っておるようですの……」

 珠伊師の申し出に驚く尾川。

「見張る……? どういう事だね、一体。SPも増員しているのに見張る必要も無いだろう。その栄署ってどこだね?」

 立ち会っている政務次官は尾川に耳打ちする。

「管轄外の警察署? なんでまた他所が。政務次官、事実を洗ってくれないか」

「了解しました」


 珠伊師は感づいていた。栄警察署は容疑者としての聖ハントス・近藤の動きを見張っていることに。

『然るべき処置をしないとならんぞえ』

 

5 処遇

 民主今平党党本部地下集会所

 珠伊師を前に聖ハントス・近藤と岩洞法師がかしずいている。その後ろには岩洞の催眠法力で支配され胡座をかいている下人が十人控えている。

 全員が珠伊師の言葉を待っているように無言である。

 おもむろに近藤を見下すかのように珠伊師が口を開けた。

「のう、ハントス」

「は」

「そなたの数々の所業、わらわの窮地を幾たびか、すくい上げてくれたのう」

「は、有り難きお言葉」

「そなたの活躍にわらわは本国に準聖人として推挙しようと思ったぞえ」

「ははっ」

「面をあげい、ハントス」

 近藤は頭を上げ、珠伊師を見上げた。

 にこやかに笑みを浮かべる珠伊師を想像していたが、逆に冷ややかな目をしている。

「じゃが、今回の所業はなんじゃ?」

「は?」

 訳がわからないという顔つきの近藤だが、明らかに珠伊師は怒っている。

「胸に手を当ててよーく考えてみよ」

 近藤には珠伊師の言動に思い当たることが無かった。

「分からぬか?」

「はっ……」

 みるみるうちに目がつり上がり口元が大きく裂けていった――蒼白になったその顔は般若そのものだ。

「ひぇっ」

 あまりの変わりように近藤は仰け反った。みるみる脂汗が滲む。

「わらわは鬼のように見えると申すかの。それはお前のやましい心がそうさせているのじゃっ」

 仰け反ったまま近藤は珠伊師から目を離すことが出来なくなった。

 岩洞も頭を上げ珠伊師を見るが、般若には見えない。――それは近藤の心を射貫く心象風景だ。近藤の目は鬼を見ているのだ。

 鬼と化した珠伊師は言う。

「お前、阿辺圭吾を踏み殺したの?」

「い……いや、あれは……組織を裏切った……」

 珠伊師は一喝した。

「たわけ者ッ」

「ひ」

「おまえの身勝手な義憤で栄警察のウジ虫どもがこの今平党の周りを這いずり回っておるのじゃっ、このうつけ者めがっ」

 激怒する理由わけ――近藤のせいで珠伊師が描いている計画が潰されようとしていたことが、気に入らなかったのだ。

「わらわの描いた大計画がおまえの独断で瓦解しかけたのだぞよ」

「も……申し訳……」

 般若は牙をむくように微笑んだ。

「わらわの機転で事なきを得たのじゃがの」

 微笑むと言うより食らいつこうという気迫が現れている。

「泣いて馬謖を斬る、と言うことわざを知っておるかの? わらわはそんな気持ちじゃ。じゃがな、ハントス、おまえの失態は万死に値するのじゃ」



 珠伊師は軽く目を閉じ両手を組む。

 そして――呪文を吐く。


「人は死ぬと霊核は天に昇り魄は地に潜む……」


 近藤は目を背けることが出来ない。近藤の口がこれ以上広がらないと思えるほど大きく開く。

 最早、あらがう事は出来なかった。

 珠伊師の両目が開いた。


「霊核脱魂っ!」


 大きく開かれた口から、あの()()()()のように、青白い霊核が抜け落ちる。同時に近藤の巨体が、どうっ……と音を立て仰向けに崩れ落ちた。

 珠伊師はその霊核を誘うように右掌を開き……


 岩洞も腰を抜かし、恐怖で目を見開き脂汗を流しながらその一部始終を見ていた。


 信頼を寄せていたはずの近藤をいとも簡単に廃人化させる非道の珠伊師。腹心の部下であっても珠伊師にとっては単なる『器』なのだ。


 珠伊師は恐れ戦く岩洞を見る。

「よいか、そなたも粗相をすればこうなるのじゃ。よく覚えておくがよい」

「……」岩洞は声にならない。だまって頷くばかりだ。

 珠伊師は下人に命令を下した。

「こやつの衣服を剥ぎ取り大岡川沿いにうち捨てて参れ」

 へい……と言う声が漏れ近藤を囲い込んだ。


 巨体が故に下人も汗だくだ。

 少しでも発見が遅れるよう、一糸まとわぬ巨体をブルーシートでグルグル巻きにした。

 さらに裏口より運び出すにも一苦労だったが、時刻は午前二時。人気ひとけは無い。

 通行する車など注意深く確認しながら、ライトバンの荷台にハントスを落とし込む下人ども。命じられるままライトバンが動き出した。

 しかし――下人どもは向かい側にひっそりと停車している銀色のセダンには誰も気がついていない。


 ライトバンが動き出すとシルバーのセダンもあとを追うように動き出した。


 第十一話その三に続く



※本作は、執筆における誤字脱字の校正および構成の補助として、AIツール(Gemini、Copilot、ClaudeAI:全てフリー版)を利用しております。物語の核となるプロットや描写は、作者自身の手によるものです。


 うち捨てられた近藤の運命は? さらに帝国日々新聞社の佐野圭一に魔の手が――


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