別人
1 山下倉庫
午前七時。
和田総括の声がぼうっと聞こえる。
誰だか分からないが天馬の自宅マンションに連れ添ってくれた人物がいる。
記憶は曖昧だ。パジャマに着替えた気はするが、定かではない。
そのまま天馬はベッドに倒れ込んでいった。
能面のような戦太郎の顔が浮かぶ……白い消化剤の臭いが染みつく……
「お休み……」と言う声が聞こえたようだったが、天馬は泥のように眠り込む……
何もかも忘れるように……
「天馬さん遅いわね」
寺家は時計を見る。出社時間だが天馬の活躍を知るよしもないスケロク商事だ。
「いんだよ、あんなやつ」
天馬と仲の悪い管弦は不機嫌そうに言う。
「瑠那さん駄目よ、その言い方。……では時間になりましたので、本日の打ち合わせです……」
打ち合わせが済み、管弦以外は外に出た。
シャッターが開くと営業車が動き出し、同時に海からの風が倉庫内に吹き込む。風を避けるため管弦はシャッターボタンを押す。
ガタガタ……キーキー……閉じるシャッターは賑やかに奏でた。
「何かあったのかしら?」
お茶を啜り一息ついた寺家は、天馬の携帯に連絡を入れるが、鳴るだけで出る気配がない。
「どうしたのかしら……」
寺家は心配するが天馬は戦闘で疲労困憊を知らない。
電話が鳴り響き管弦が取る。
「心に寄り添うスケロク商事でございます……」
管弦は保留ボタンを押す。
「大規模災害救助隊の? 和田宗次郎さんから社長を出してくれってサ。腹立つようなタカビーな言い方なんだけどサ、先生出る?」
管弦の問いかけに寺家は苦笑した。
和田宗次郎は和田総括の本名だ。和田には寺家はB計画の外科医と言う認識だけだが、そのドクターがスケロク商事の役員とは知るはずもない。
寺家は微笑むように電話を取った。
「和田総括さんね、お久しぶり、寺家です」
電話の向こうから、はっとしたように、息を呑む音がした。
寺家が丁寧に成り行きを話すが、和田は理解するまでかなりの時間がかかった。
「……と言うわけでビックリしたでしょ?」
電話の向こうでくぐもった声がした。
「参ったな、偶然とは言えドクターと天馬の繋がりもあるとはな……世間は広いようで狭いな」
「B計画の術式依頼ですか、それとも何でも屋の依頼ですか。どちらも引き受けますわよ」
快活に寺家は言うと和田が答える。
「夕べから今朝にかけての事件は分かっているだろうが、そこに補助隊員の天馬を俺は呼び寄せた」
和田の言葉に今度は寺家がビックリする番だ。
「今朝の事件に天馬が加わっていた……?」
「報道機関には、あくまでも主力は神奈川県警として大規模災害救助隊の名を出さないよう箝口令を敷いた。だが裏では救助隊が動いていたんだ」
寺家は急に声を潜めた。
社内には管弦しかいないし杉田もベッドで突っ伏している。
「そのような重要な話を私にしても良いものなの?」
「極秘事項だが納得して貰うためにドクターに話をしているんだ」と和田の声も慎重だ。
「天馬は泥のように寝ている、と付き添った神室から報告があってな、この状態だと二、三日は動けんぞ。大ごとになってはかなわんから天馬の勤務先を調べた結果がスケロク商事だったというわけだ」
「まあ、わざわざのご報告、ありがとうございます。音信不通の社員を確認するのは会社の義務だし、これで警察が動いたら、それこそ大ごとね」
「天馬の勤務先にドクターが常務としてそこにいるのは、いや、話しやすかった」
「天馬は大事な社員です。補助隊員として扱われても困りますわ……今後要請しないようにしてください」と寺家はきつく言うが、和田は断言しなかった。
「そうならないように努力する」
「努力ね――」
「ドクター、今回の件は秘密にしてくれ。他の社員連中にも決して漏らさないように頼む」
「今回、有給扱いにしておくけど、度々では困りますからね」
そう言って電話は切れたものの、今後のこともある。天馬の秘密も知り寺家は扱いをどうするか、悩み出した。
「随分話し込んでたじゃん」
口は悪いが勘が鋭い管弦だ。
「まあね……」
寺家は曖昧に答えた。
午前九時。
大規模災害庁研究室で珠伊師と横取、研究員数名が話し込んでいた。
「結局、プログラムミスによって試作品が暴動を起こしたという結論で良いのね?」と珠伊師は詰問する。
「突き詰めると試作品は……」横取はあっさりと言った。「ロボット三原則に反したのですじゃ」
珠伊師は片手に顎を乗せた。
「細かいことは抜きにして、これから首相官邸で事の次第を報告しないとなりません。最悪、戦闘型Gドロイド開発中止に追い込まれるかも、ですよ。覚悟しておいてくださいな、横取博士」
横取は顔をしかめた。「それは困りますなあ……」
「最悪の事態は回避したいけどね」と珠伊師。
二人のやり取りは人命を考えるより戦闘型Gドロイドの開発が最優先なのだ。
横取にとっては大事な我が子を生産することだ。しかし珠伊師にとっては――
ドアがノックされ事務員が顔を出した。
「送迎用車到着しました」
それを聞くと珠伊師は立ち上がった。
「お迎えが来たね。首相官邸に行ってくる。横取博士も同行して」
「分かり申した。首相に説明いたそう」
白衣の下の瘤が微かに揺れた。
首相官邸では尾川総理と各大臣、自由金満党の重鎮それぞれが、だまって珠伊師の言い分を聞いている。
「……要するに偶発な事故が起因だったというわけだな」
尾川は結論づける。
「どう思うかな坂田防衛大臣」と尾川は坂田に意見を求めるように聞いた。
「今後のことを考えましてもこの少子化時代、戦闘機は重要かと」
尾川は呆れる。
「戦闘型Gドロイドのことだ、何が戦闘機だ。君の曾祖父は総理大臣まで登り詰め、父君は我が党の立て直しに狂奔した。だから君を大臣に……」
半分怒るような尾川の口ぶりだったが話題を変えた。
「いや止そう。まあ、今後のことを考えると自衛隊員の増員は難しくなる一方だ。私は戦闘型Gドロイドの開発は続けるべきと思うが皆さんどう思うかな?」
珠伊師は大臣達の反応に神経質になった。例え尾川が賛成したとしても、成り行きによっては開発が頓挫するかも知れないのだ。
「どうでしょうなあ」と自治大臣が声をあげる。
「もう一度試作品を作り上げますかな? 財務大臣どうだろう?」
そう言う自治大臣に対し財務大臣は腕を組み渋い顔をした。
「予備費で捻出するにも、財政が逼迫しておるよ」
賛成派反対派は拮抗しているようだが、賛成派の尾川は助け船を出すように言う。
「今すぐじゃなくて良いんだ。出せそうな時に出す。珠伊師大臣、これでどうだ?」
珠伊師は頭を下げた。
「それで充分です。そうなった暁には次期戦闘型Gドロイド開発、ミスの無いように完璧に作ります」
深々と頭を下げる珠伊師。しかしその口元は悪魔のように歪んでいる。
『中止させる訳にはいかぬぞえ』
首相官邸での申し開きに成功した珠伊師は、大災庁に戻り執務をはじめ退庁時間が来るとさっさと党本部に戻った。
まるで何事も無かったかのように……
2 転がる運命
帝国日々新聞社編集局長室
記者の佐野圭一が編集局長を前にして怒鳴られていた。
「島根への一泊二日の取材許可はしたが、三日間もなんの連絡もよこさず何処ほっつき歩いてたんだっ。我が社は火の車だ、一泊二日以外の経費は出せんっ」
「マアマア局長、お怒りは分かりますがね、面白いことが分かってきたんすよ」
意味ありげに佐野は言う。
「面白いこと? 記事になるんか」
「そうなんすよ局長」
大胆にも局長の机に腰を下ろす佐野は、背広の内ポケットからやや大きめのメモ帳を取り出した。
「まず珠伊師家の菩提寺を訪れたんですね。珠伊師和代の取材に来た、というと、実直な住職でね、先祖代々の珠伊師家を語ってくれましたよ。住職の話では、珠伊師家は代々男子だけを後継者と決めているんだそうで」
「今の世に逆行してやがんな」と編集局長。
「十四代目までは良かったですが、今の十五代目には娘ひとりしか出来なかった。その娘が大災庁の和代です。で、必死になった十五代目は後妻やら妾やら次々と手を出しましたが、とうとう男子は生まれなかった」
メモ帳を捲りながら語る佐野。
「だからどうした?」
「困った十五代目当主は、不本意ながら分家から男子を養子として迎え入れました。逆に跡取りが出来たから和代のことはどうでもよくなったんですねえ」
「それで?」
「大学生の時知り合ったジークランド人、ダマス・ホレラ・スループと結婚が決まって盛大に送り出したそうですよ。でも町では可哀想に放り出され縁が切られた、ともっぱらの噂になったそうです」
「ほう?」
「そんな因縁があるのか、帰国してもちょっと顔出ししたそうですが直ぐに都市部へ消えていったと。そして今回の大臣職。本来なら町を挙げての大臣就任歓迎会になるはずでしたが、それもうやむやになりました……次に十六代目を継ぐ人物と取材名義で接触しました。彼はまだ高校生ですがね」
「だから何なんだ、じれったいっな……もっと掻い摘まんで話せよ」
佐野は懐からタバコを取り出し火を付け、上手そうに白い煙を吐き出す。
局長は傍らの灰皿を持ってくると同じくタバコに火を付けた。
「こんな商売してると、手が離せんな。それで佐野、続きは? どうなった?」
さらに頁をめくる佐野。
「その十六代目に会って義姉の和代の話をしたんすよ。土地柄か純朴な男の子でね、取材の記事に使いたいから和代の写真かなんか無いかって聞いたところ、差し出されたのが、これ」
佐野は手帳からLサイズの写真を差し出した。
「結婚直前の写真だそうです、どうです、ふっくらした顔でしょ?」
局長は写真をじっくりと眺めた。
「ああ、そうだな、まるぽちゃと言うか、今の珠伊師大臣は顎が尖ってるよな」
「そこでピーンときたんです」
「何が?」
「……別人じゃないかと」
佐野の言葉に驚いた局長は火のついたタバコを落としそうになった。
「別人だあ? そんなことあるわけ、あんめえが。結婚してジークランドに渡ったはいいが結局そこでの心労が重なり、帰国したんだろ――わかった、佐野。憧れた結婚が破綻して夢破れた珠伊師和代は傷心して帰ってきた――それをお涙頂戴の記事にするつもりなんだな。安直だぞ」
佐野の言葉を否定する局長だった。
「さすが敏腕局長、そうきましたか」
「何がそう来たかだよ、ブン屋なら考えそうなことだ。三日もかけて別人だあ? それじゃあ何のための経費だよ。島根旅行じゃ無いんだぞっ」
佐野は言う。
「僕もそう思った。勘が狂ったんじゃないかと思ってね。そこで我が社の最新式AIに比較して貰ったんだ」
「我が社を建て直すため社長が導入したヤツか。だがありゃあ難しくてダメだ。誰一人として使いこなせる社員、いないじゃないか、ぼんくらだよ」
佐野は笑う。
「何億かけたが知らないけれど、ぼんくらなら最大の無駄使いでしょうよ。でも優秀なAIっす。僕はそのAIに質問してみたんだ。当時の写真と今の珠伊師和代の比較してくれって」
「同一だろ、決まってるじゃないか」
佐野はタバコを灰皿に押しつけた。
「AIは――九〇パーセント以上の確率で、別人、と判定した。後は血液型とかDNA鑑定で百パーセント判別出来ると豪語したが……そりゃ無理な相談だよなァ」
「何を馬鹿な判定をするんだっ。だから、ぼんくらAIなんだ。あれ? ぼんくら? なんだか分からなくなってきた……」
混乱してきた編集局長に佐野は言う。
「ぼんくらではないよ、ぼんくらなのは僕を含めて社員連中が使いこなせてないだけで、我が社のAIは優秀なんすよ」
局長は落ち着かせようと二本目のタバコに火を付けた。
「じゃあ聞くがな、佐野。AIは何を根拠に別人としたんだ?」
佐野は言う。
「骨格――」
目を丸くする編集局長。
「骨格だあ?」
佐野は自信ありげに言う。
「肉付きは変わっても骨格までは変わらない。いや変えられないさ」
驚く表情の局長の指から、火のついたタバコがポトリと落ちた……。
※本作は、執筆における誤字脱字の校正および構成の補助として、AIツール(Gemini、Copilot、ClaudeAI:全てフリー版)を利用しております。物語の核となるプロットや描写は、作者自身の手によるものです。
AIはこの様な筋立てを考えますでしょうか。それとも作者の頭が変なのでしょうか。
申し訳ありません。ストーリーの都合上第十話 エピソード厄災 で最後のほうちょっと付け足しました。後書きにて失礼しました。
別人と囁かれた珠伊師和代。予想外の展開に次話はだんだんと追い詰められていく珠伊師和代を描いていて行く予定です。さらにばれそうになった珠伊師はある行動を計画し――




