第2話
──桜乃宮学園・天体観測部の部室──
放課後の部室には、紙の擦れる音と、キーボードを叩く軽い音が混ざっていた。
机の上には、印刷された資料とノートパソコンが無造作に広げられている。
「とりあえず、時系列に並べていくか」
俺は椅子を引き寄せながら、プリントの束をぱらぱらとめくった。
「ボイジャー計画のスタートは1977年。半世紀前なんだなぁ。
1号と2号、同時期に打ち上げ、と……」
「2号が先に旅立ったんですよね」
真帆がプリントを覗き込む。
確認するように、トントンと日付を指で叩いた。
プリントには、
『1977年8月20日 ボイジャー2号』
『1977年9月5日 ボイジャー1号』
と並んでいる。
「確かに……。1号、何かあったのかな? トラブルとか」
『おい弟よ、兄ちゃんちょ~っと腹の具合悪うてな……悪いけど先行っといてくれへんか』
『わかったよ、兄ちゃん。ほな先行かしてもらうわ』
「って感じかな?」
真帆がおかしなことをしゃべり出した。
なぜ大阪弁?
「ちゃうちゃう。そういう計画だったらしいで」
当初はやる気を見せなかった部員A──中嶋が、
ノートパソコンをくるりと回して画面を見せてきた。
「最初の目的地、木星まで違うルートを通って、1号が2号を追い抜いて先に到着させるって予定だったんだって」
「あー、確かに。先に木星に到達したのは1号なんだ」
「途中で追い抜いたんですねぇ」
『おーい弟ー、追いついたでー』
『兄ちゃん、遅かったなぁ。腹の具合どないや?』
『ちゃうがな。最初から順番、決まっとったんやて』
『そっか兄ちゃん、速いやん。もう行ってまうん?』
『おう、こっちのルートの方がスピード乗るさかいな。先行っとくでー』
また真帆劇場が始まった。
「真帆ちゃんのそれ、面白いじゃん。いいじゃん。そのノリでパネル作ってみようよ」
中嶋の提案もあって、真帆劇場は正式に採用されることとなった。
「そういえば、ボイジャーには『ゴールデンレコード』ってのが貼られてるんだよね?」
そうだ。それも重要なポイントだ。
部員B──山本もようやく腰を上げてきたか。
「昔は普通だった、『アナログレコード』ってヤツだね」
中嶋が画像を検索してみんなに見せてくれた。
「今の時代、それを再生できる機器なんて……どこで手に入れられるかな?」
「マニア向けにまだ製造はされてるみたいだよ? すっげー高額だけど」
「もしもだよ? 地球外知的生命体が、ボイジャーのゴールデンレコードを手にしたとして……再生なんてできると思う?」
「……さあな。賭けみたいなものなんじゃないのか?」
当時の人たちが、必死に考えた伝え方だ。
《《その時》》が来たなら、どうか伝わって欲しいと思う。
ふと真帆を見ると、また何か言い出しそうな顔をしていた。
『なあ兄ちゃん、この金ピカのレコードな、誰かに拾てもろたとしても、ちゃんと聴いてもらえるんやろか?』
『どうやろな。プレイヤーなかったら、どうにもならへんやろ』
『あれ! 兄ちゃん、金ピカのレコード付いてへんやん!?』
『まじか! どっかで落としてもうたわ』
……兄ちゃん、落としちゃったのか。
そうかそうか。
「って、んなわけないやろ!?」
「えへへ」
そんな冗談を交えつつ、資料集めは続いた。
「えーっと……1979年。地球を飛び立ってから2年後。
木星に接近した両機は、木星の重力を利用して加速して──」
「土星に向かったんですね」
「1号が1980年、2号が1981年に土星に到達して──」
「ここから、進路は分岐するんですね」
「1号はそのまま太陽系の外へ向かう軌道へ──」
「2号は、天王星へ向かった」
……真帆劇場が始まらない。
見ると、何やら考え込んでいる雰囲気。
くるか?
くるのか?
「あれ、先輩。もしかして期待してます?」
「やらないのか?」
「……しょうがないなぁ」
こほんとひとつ咳払いをして、真帆劇場が幕を開けた。
『おーい弟ー、木星さんの重力めっちゃ強いさかい、気ぃつけやー』
『兄ちゃん、速いなぁ。ちょっと待っててくれや』
『あかんあかん、めっちゃ加速してんねん。もう止まらへんわ』
「そして──」
『弟ー、土星さんの輪っか、めっちゃ綺麗やでー』
『兄ちゃーん、ボクもすぐ行くでー』
『タイタンさんもよう見たし、こっから先は別々の道やな』
『そっかー。兄ちゃんは、もう太陽系の外、目指すんやな』
『お前は天王さんと海王さんに挨拶してからやな?』
「いいね、安定の真帆ちゃん劇場」
中嶋がちゃっかり記録を取っている。
「土星を経った2号は、その後5年かけて天王星へ。
さらに3年かけて海王星に到達。
その間に、惑星の大気や磁場、衛星なんかを細かく観測して──」
「新しい衛星や、土星ほどじゃないけど輪も見つけた。
そして──」
「2号も、太陽系の外へ向けて飛び続けた」
真帆劇場の影響があってか、ボイジャーたちに対して妙な感情が芽生えていた。
別々の道を進むことになった、1号と2号。
「孤独な旅だったんだろうな──」
それまで、おちゃらけていた真帆も思うところがあるのだろう。
静かに口をつぐんだ。
「──そして、2012年。1号は、ついに太陽圏を越えて星間空間へ突入した!」
「2号が太陽圏を越えたのは、2018年ですね」
それまでに、様々なトラブルもあったそうだ。
機体がぐるぐる回転しているようなデータが届いたり、
スラスターが壊れて進行方向が少しズレてしまったり、
温度センサーがありえない温度を示したり。
「中でも、有名なのが2022年頃──」
「1号から届いた謎の信号だな!?」
山本が今日イチ、声を張り上げた。
オカルト好きの山本らしい。
「だねぇ。
地球からの指示は、ちゃんと受信してそうなのに──」
「返ってくるデータは、文字化けしたような意味不明なパターンだった」
「兄ちゃんに何が起こったのか!?」




