第1話
──2031年・夏──
【速報】
米航空宇宙局(NASA)は本日未明、深宇宙探査機「ボイジャー2号」からの通信に異常が確認されたと発表した。
送信されたデータは大部分がノイズで占められており、内容の解読は困難な状態だという。
また、この通信を最後に、ボイジャー2号との交信は途絶えている。
同機は1977年に打ち上げられ、現在は太陽圏外を航行中。運用終了は時間の問題と見られていたが、今回の異常との関連性は不明である。
送信パターンの一部に説明のつかない点があるとの指摘もあり、
専門家の間では機器の老朽化による故障とする見方が大勢を占めている。
「──これにしよう!」
俺──天野ヒロシは、スマートフォンを掲げた。
桜乃宮学園高等部、天体観測部の部室。
窓際に置かれた古びた望遠鏡は埃をかぶったまま、夏の日差しを鈍く反射させている。
「俺たちの、最後の文化祭。出し物はこれにしよう!」
「は? それをどうするんだよ」
「ボイジャーってなんだっけ?」
同級生の男子部員二人が、興味なさそうに相槌を返す。
一人は椅子にだらしなくもたれ、もう一人は机の上でペンを回している。
俺たちの天体観測部は、今年度で廃部の予定だ。
三年生が三人と、二年生が一人。
秋の文化祭が終われば、俺たち三年生は引退する。
これからの時期、新入部員も見込めない。
──まあ、無理もないだろう。
部室の隅でノートを抱えていた、二年生の女子生徒――白石真帆は、目を輝かせた。
「ボイジャーって、大昔に地球を飛び立って、太陽系の外へと飛び続けている探査機ですよね!」
そう言って真帆は、つかつかとこちらに歩み寄ってきた。
「そ、そう! それ!」
俺はスマートフォンを差し出して、真帆に画面を見せた。
「ボイジャー2号、最後の通信がノイズで終わった。で、そのまま沈黙したんだって」
「……だから、それをどうするんだよ?」
スマートフォンの画面を食い入るように見る真帆とは対照的に、男子部員二人はやる気なさげに言葉だけを投げつけてくる。
「レポートだよ! 『ボイジャーの軌跡レポート』。
パネル作って、データ並べて、軌道とかまとめてさ!」
数秒の沈黙のあと。
「……まあ、面白そうではある」
「宇宙ネタならウチにピッタリだしね」
軽い調子で男子二人は頷いたが、
『代案を考えるのが面倒くさい』って顔に書いてある。
真帆は、ぶんぶんと大げさに頷いた。
「凄く良いと思います! きっと、わたしもお役に立てると思います!」
この素直な後輩の笑顔に、何度救われたことか──。
「よっし! 決まりだな」
こうして、俺たちにとって最後の文化祭の出し物が、衝動的に決定した。
ちょっと調べれば、いくらでも情報は手に入る。
あとは情報を体裁よくまとめれば完成だ。
大した手間もかけずに、それっぽいレポートが出来上がる。
それで、天体観測部は有終の美を飾れるってわけだ。
──このときの俺は、その程度の浅い考えでいた。
☆
──桜乃宮学園・サーバールーム──
「お邪魔しまーす。雨宮先生ー、いるー?」
室内では、ラックに収まったサーバーが低く唸り続けていた。
学園内は程よく冷房が効いていて快適だが、この部屋だけは寒すぎる。
部屋の奥から、カタカタとキーボードを叩く音が聞こえていた。
「先生ー?」
ラックの角から、そっと奥を覗き込む。
「……なんだ、天野か。どーしたー」
モニターに向かったまま振り向きもせずに、雨宮先生が気の抜けた声を返した。
「文化祭の出し物、決まったっす」
カタカタ、カタカタ。タタタン、タン……
「先生ってば!」
「ん? あー、聞いてるよー。出し物だろ?」
空返事。まあ、いつものことだ。
「ボイジャーの軌跡をレポートにまとめて、展示しようと思うっす」
タタタン、カタカタ、タン……
「んー、いいんじゃないか」
いつもの調子ではあるが、いや、いつも以上に上の空だ。
「先生、何をそんな夢中になってるんすか?」
タカタン。
「興味、あるのか?」
ようやく振り向いた雨宮先生は、小さなメガネを持ち上げながら、にへらと笑みを浮かべた。
薄汚れた白衣に無精髭。ボサボサの頭。
絵に描いたようなマッドサイエンティストっぷりだ。
「や、興味があるってほどじゃ……」
「そうか。そうだろうとも」
雨宮先生は、怪しげな笑みを浮かべたまま頷き続けた。
「──わたしが独自に開発し、育て上げてきた次世代型人工知能『アダム』。
従来の機械学習モデルは、与えられたデータの範囲内でしか最適化できない。
だが『アダム』は違う。
自己再帰型の認知構造を持ち、観測結果そのものを再定義する。
言い換えれば、データの“解釈”を自分で書き換えることができるんだ。
つーまーり! “未知”に対して独自の方向性を持ち、仮説を生成できるのだよ!」
ちょっと何を言っているのか分からない。
「す、すごいっすね──」
「そうだろうとも。今、最終調整の段階なのだよ。キミも立ち会うかね?」
「いえいえ、そんな重要な局面に立ち会っても、俺なんか──」
また何やら講釈が始まりそうだったので「失礼しますー」と言って部屋を出た。
学園のサーバーを私物化して、人工知能の研究に没頭する変人教師だが、雨宮先生は天体観測部の顧問だ。
報告は、一応済ませた。
文化祭まで、あとひと月足らず。
さっそく情報集めから始めることにした。




